ライヒの性格分析

ライヒの性格分析
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ピュアリー @purely1939

ライヒの「性格分析」第1章を読了した。基礎理論を用いながらも、目の前の患者をどのように理解し、解釈し、分析していくのかについてライヒの志が書かれている。このあたりも、フロイト流の古典的な精神分析から現代的な精神分析への橋渡しをライヒがしている、ということを表しているのだろう。

2013-05-14 19:31:29
ピュアリー @purely1939

また精神分析において、抵抗は除去するものであるとする考え方から、抵抗そのものにその人らしさがあり、そこに発達的・生来的な意味があるとする考え方への移行も垣間見られた。しかし、未だに現代でも抵抗は治療を妨げるものであると理解している臨床家・カウンセラーも多いように思う。

2013-05-14 19:35:08
ピュアリー @purely1939

さらに、個々の症状を解釈するような部分的な分析ではなく、その人全体を扱うような分析に転換させたのもライヒのようだ。これは「全体状況」を扱うようなクラインやジョセフの精神分析に通じるものではないかとも思える。

2013-05-14 19:39:40
ピュアリー @purely1939

ライヒは「性格分析」第2章において、性欲についてフロイト以上に強調している。精神分析が治療効果を上げるか否かは日常生活で性欲が満たされているかどうかだと。ということは、精神分析をしなくても性欲を満たすような何かをした方が神経症は治るんじゃないか?と言ってしまいそうになる。

2013-05-14 20:07:06
ピュアリー @purely1939

もしかしたらこのあたりが、ライヒがフリーセックス推進主義者と言われる所以なのかもしれない。

2013-05-14 20:08:27
ピュアリー @purely1939

さらにライヒは陽性転移を信用して精神分析をするべきではないとしている。そこには陰性転移が必ず存在し、それを扱っていくことが必要としている。フロイトは基本的な信頼関係・作業同盟としての陽性転移を想定していたが、ライヒはそれを否定し、クライン派に近いことを言っている。

2013-05-14 20:14:51
ピュアリー @purely1939

ライヒの「性格分析」第3章に突入。これまでもそうだが本書ではtransferenceを「感情転移」と訳している。しかし、転移は感情だけではなく、振る舞い、行動、夢、空想、関係などなど様々なところに表れるので、単に「転移」とするだけの方が良い。なぜ昔はわざわざ感情をつけていたのか?

2013-05-15 18:44:26
ピュアリー @purely1939

ライヒの「性格分析」第3章。ライヒは精神分析において、抵抗分析を象徴解釈より先行させねばならないと言っている。つまり、解釈は表層から深層へ、という順番が想定されており、これは自我心理学につながる考え方と言える。

2013-05-15 19:03:57
ピュアリー @purely1939

ライヒ「性格分析」の第3章に有名な「ふるまい分析」について書かれている。ふるまい分析とは表情・話し方・顔つき・服装・握手などを分析的に取り上げること。ゲシュタルト療法でもふるまいを扱うようで、その意味では似ているのかもしれない。

2013-05-15 21:42:19
ピュアリー @purely1939

ただゲシュタルト療法ではそうしたふるまいの扱いは、今ここでの感情に対する気付きに焦点が当てられるが、ライヒの精神分析ではそれは抵抗や無意識との関連で解釈として扱われる。そこに大きな違いがあるのかもしれない。

2013-05-15 21:43:33
ピュアリー @purely1939

また、ライヒの精神分析は表層から深層への解釈手順に従っていると前のツイートで書いたが、ふるまい分析では、ふるまいという表層と無意識という深層を当時に取り扱うので、表層から深層へという単純な道筋ではないと言っている。その意味に限ってフロイトをやんわりと否定している。

2013-05-15 21:45:11
ピュアリー @purely1939

ライヒの「性格分析」第3章より。患者が分析家に向ける批評は実際にその通りであることが多い。それを転移と取り違えてはならない。実際に分析家は分析の隠れ身ではなく、色々持ち込んでいる、とライヒは言う。この時代に既に隠れ身を否定している。だが、未だに分析の隠れ身を非難する人もいる。

2013-05-16 09:28:00
ピュアリー @purely1939

ライヒの「性格分析」の第4章「性格分析の技法について」に突入。いよいよメインテーマである。性格そのものが固定した防衛として機能し、それは症状とは違い自我親和的なものである。後のパーソナリティ障害論に通じるものと言えるかもしれない。

2013-05-16 17:12:08
ピュアリー @purely1939

しかし、ライヒの「性格分析」をここまで読んで、フロイトの精神分析を超えて、様々な着想が展開し、精神分析をライヒが進化させていることがよく分かる。それにも関わらず、後期ライヒはオルゴンエネルギーに関心を向け、オカルトに行ってしまったのはなぜなのだろう。発症もいうのもあるのだろうが。

2013-05-16 17:14:35
ピュアリー @purely1939

ライヒの「性格分析」の第4章「性格分析の技法について」を読了した。象徴解釈だけではなく、性格防衛を扱うことにより、よりトータルに患者を見て行くやり方に変わっていった。それにより、これまで精神分析は短期で終わるものだったのが長期に渡るものに変わっていった。

2013-05-18 20:43:47
ピュアリー @purely1939

ライヒの「性格分析」の第5章に入る。この章は「性格分析の適応とその危険」というタイトル。これまでの精神分析では結構、分析家が権威的に患者に対して指示や命令をして、患者を分析に従わせていたのかもしれない。しかし、ライヒは従わせるよりも、患者の行動を解釈で扱っていった。

2013-05-19 08:50:28
ピュアリー @purely1939

【ライヒ:性格分析】の第8章「性格形成の理論」を読了した。発達段階上の固着がどういう性格を形作るのかについて網羅している。そして、特に性器性愛が健全に機能することに一段価値を置いている。しかし、こうしたメタサイコロジーは臨床感覚から離れたところで議論しているので少し分かりにくい。

2013-05-22 18:37:47
ピュアリー @purely1939

ライヒの「性格分析」の第10章を読了した。ここでは、ヒステリー性格、強迫性格、自己愛性格のそれぞれの表れについて記述されていた。

2013-05-25 12:01:55
ピュアリー @purely1939

ライヒの「性格分析」第11章「被虐的性格」を読んでいる。フロイトはマゾヒズムを死の本能との関連で論じたが、ライフィはそれを認めつつも、個人史、特に母親・父親との幼少期における関係との関連から論じている。

2013-05-27 19:24:52
ピュアリー @purely1939

ライヒの「性格分析」。ライヒの翻訳のところは全て読了。後半は訳者である小此木先生がライヒについての講演をしたさいの講演録が収録されている。ここでライヒの精神分析技法について批判的検討をしている。が、各所でA.フロイト以降の自我心理学を「正統精神分析」と称して、ライヒと比較してる。

2013-05-28 18:31:57
ピュアリー @purely1939

当時(昭和34年)では、自我心理学が精神分析の正統派であり、他は異端だ、という発想だったのかもしれない。しかし、正統か異端かは立場や臨床によって変わるし、もっというと意味のない分類だろう。まあ、そういうと何を持って精神分析とするのかしないのかも微妙な話になってくるのだろうが。

2013-05-28 18:34:08
ピュアリー @purely1939

小此木先生のいう正統精神分析では、自主的な自我と同盟を結び、それを基盤にして分析を進めるというのが正統であり、ライヒのように自我を重視せず、抵抗・性格を分析することに疑問を呈している。だが、最も深刻な不安を最初から解釈していくクラインとライヒは意外と似ているようにも思う。

2013-05-28 18:37:54
ピュアリー @purely1939

ウィルヘルム・ライヒ(著) 小此木啓吾(訳)「性格分析-その技法と理論」 岩崎学術出版社 1966年 読了。

2013-05-28 19:23:49