第四十話:兄、来る 第四十一話:『頂戴』 第四十二話:からっぽ
- C_N_nyanko
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兄さんの話をしようと思う。兄さんは少し変わった人だ。 と言っても、人格や対人関係に目立った問題はない。いろんな人から慕われていたし、女にもよくモテた。コミュニケーション能力の権化かと思うぐらい、顔も広い。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:38:56ただ唯一変わっているのは、五感。 僕らには見えないもの、聞こえないもの、触れられないもの、嗅げないもの、味わえないもの、兄さんは常にそれに触れて生きてきたらしい。そのせいで苦労することもあったのだという。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:39:18伝聞なのは、僕自身に兄と接した記憶があまりなく、兄をよく知らないからだ。この話も、兄さんが寺に預けられて家を出た後に父から又聞きした。 で、その兄さんが昨日、何の連絡もなしに僕の家にきた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:39:37まだ三十路にすら達していないはずなのに、既に四十手前の貫禄を纏っている。僕の知る兄さんは爽やかな高校時代から年をとっていなかったから、この変貌ぶりには驚いた。 「ビックリした」 「ああ、そんなツラしてるな」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:39:59兄さんは頭をくしゃりとかいて、ほら、と酒瓶を渡した。 「土産と宿代」 「僕下戸なんだけど」 「なんだ」 兄さんは呟いた。 「知ってりゃ別の土産にしたのに」 「気を遣わないでいいよ。兄弟なんだから」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:40:28僕は家の鍵を開けながら、ところで、と訊く。 「よく僕の家知ってたね」 「親父に聞いた」 「父さん、元気そう?」 「ありゃ当分殺しても死なんな」 兄さんはにやりと笑った。僕はドアを開け、兄さんを部屋へ案内する。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:41:32「それで、僕のところには何のように?」 兄さんは部屋の中央にどかりとあぐらをかいた。 「お袋の一件もあったんだが、別途の用事があってな」 これだ、と、兄さんは鞄の中から竹の虫かごを取り出した。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:41:43「改めて確認するが、お前、俺とは体質が違うよな?」 五感のことを言われているのだと、すぐにピンときた。 「そうだね、兄さんとは違う」 「なら良かった。こいつを頼みたいんだ。孵化するまででいい」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:41:56「孵化?」 僕は改めて虫かごを見た。だが何も見当たらない。 「ああ、見えないのか」 兄さんは渋い顔をしたが、まぁ頼むよ、と言ってそのまま床にごろりと横になった。 「夕飯は?」 「いらん」 そっけない返事だ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:42:28僕もお腹は空いていなかったからそのまま横になった。 それで、目覚めたら兄がいなかった。玄関の靴もない。 テーブルの上に竹かごだけが置いてあった。それがなければ、兄さんのことを幻で片付けていたかもしれない。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:42:52僕は竹かごをつまんで眺めた。その奥に、子供の頭が見えた。 黒髪の、おかっぱの女の子。蛇の目が、きらりとこちらを見る。ひょいと竹かごを下ろすと、その子はそこにいた。 「卵、頂戴」 その子はひょいと手を伸ばす。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:44:03その手を掴んでちょいと下ろし、代わりに飴玉を握らせた。その子は少し不満げだったが、飴を舐めておとなしく黙り込む。ときおり目を盗んで、竹かごに手を伸ばしていた。 「だめだよ」 なだめて、ところで、と訊く。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:44:42「君は、どこからここに来たの」 その問いかけに。 『君』はちょこんと首をかしげた。 そういうわけで、僕はまた、『新しい君』といる。 あんまり卵をねだるから、目玉焼きを作ってやったところ。お気に召すかな。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 01:45:33『頂戴』 そう言って、電話は切れた。 今度の発信元は少し離れた土地だった。土砂崩れで閉鎖されたトンネルの入口からだ。 けれど、現地に着いたというのに、言葉を伝える相手も、発信したものも見当たらない。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 22:59:30「『頂戴』」 呟いてみても、虚しいばかり。一体何を欲していたのかは教えてもらえなかったから、余計に無駄足を踏んだ気になった。 帰ろう。 そう考えて、ため息をこぼして立ち上がり、その場を去ろうとした。 と。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 22:59:52「頂戴」 すぐ耳元に、誰かが囁いた。振り向くと、一人の女がこちらを見下ろしてにたりと笑った。 「命、頂戴」 言われた瞬間、悟った。 電話の発信元は、この女だ。 そして、彼女が言葉を伝えたかったのは。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 23:00:39犠牲にしたかったのは、この私。不吉な場所に人を呼びつけて、命を食らう。そういうものが、居るのだ。 女は私を捕らえて、大きく裂けた口を開いた。腐臭が鼻につく。 「『頂戴』」 喰らわれる寸前、私は言った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 23:01:09途端、私の体がメキメキと変化した。巨大な顎を開いた大蛇になって、女を、女の命の残滓を丸呑みにする。 喉のあたりで女は暴れたが、やがて動かなくなった。私はごくりと嚥下して、元の姿に戻った。 「愚か者」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 23:01:31私は嗤う。自分の発した言葉で、自分の身を滅ぼすなど。 他の連中はずいぶん食らったのだろう、だが相手が悪かった。 「面白くもないわ」 呟いて、私は踵を返した。 そして、少し離れたバス停まで歩いて帰った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 23:01:39そういえば、昨日妙な男に会ったよ。 歩道橋の上に立って、空のペットボトルをぶら下げていた。それも一つや二つじゃない、二十個は軽く超えるかという量。それを、ビニールテープで括って橋から吊り下げている。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-30 23:15:49