第四十三話:蛇 第四十四話:バレンタイン 第四十五話:だるま
- C_N_nyanko
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「卵、頂戴」 君はいつもの調子でねだった。 「ダメ」 僕はきっぱり答える。 「もう朝に食べただろ?」 「あの卵じゃない、かごの卵、頂戴」 「それはもっとだめ」 僕は君の口にめっ、と指を当てた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:22:00「あれは預かりものだ。食べ物じゃないんだよ」 君は頬をふくらませた。 「だけどあれ、あたしの」 「え?」 「男に取られた、それで、取り返しに来た」 君はまっすぐにこちらを見ていた。どうやら嘘ではないらしい。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:22:36「兄さんが君から奪ったっていうのか」 「そう」 それにしたって何かしら事情はありそうだ。 「でも、渡せないよ。ごめん」 僕は詫びて君の頭に手を乗せた。途端、君の目がつり上がった。口元が大きく割れて、牙を剥く。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:23:15「返せ!!」 君は真っ赤な涙を流して叫んだ。 全身鳥肌が立った。考えるより先に足が動いて、僕は君から逃げ出す。 背後で嫌な音がしたと思ったら、少女だった君の体が大蛇に化けて、僕を追ってきていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:23:32信号のない方を選んでひたすら逃げた。街の人たちには大蛇が見えていないらしく、誰も騒がない。僕は必死で逃げ惑いながら、考えた。 君と卵の関係は? なぜ兄さんは君から奪った? あの卵からは、一体何が孵るんだ? http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:24:43考え事に真剣になりすぎたらしい、気がつくと袋小路だった。引き返そうと振り向くと、既に大蛇が僕を待ち構えている。 「返せ!」 大きく顎を開けて、大蛇がすぐそこまで迫った。 食われる、と思って身構える。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:24:52次の瞬間、蛇の牙が一気に遠のいた。ずるずる引きずられ、そのまま蛇が曲がり角の向こうに消える。 何事だと思って恐る恐る蛇のあとを追った。飛びかかられるんじゃないかと警戒もしながら、ひょいと角の先を覗く。 と。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:26:35「よぉ兄さん、ご無沙汰してるな」 派手な格好をした青年がちょいと手を挙げた。悋気を食らっていた男だった。その隣に、少女に戻った君が立っている。 「てっきり悋気かと思って追ってみたんだが、どうも違ったらしい」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:27:02男は闊達に笑って、ぽんぽんと少女の君の頭を叩いた。 「それより兄さん、ちょうど良かった。ひとつ聞きたいことがあってあんたを探してたんだ。時間はあるか?」 「うん、構わないよ」 それより、と僕は訊いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:27:34「君の方こそ、その子に何をしたの?」 その問いかけに。 『君』はニヤリと笑ってみせた。 そういう訳で、僕は今、『新しい君』といる。 僕の気に入りの喫茶店で、君を膝に乗せた君と向かい合っているところ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:27:42日本にはたくさんの年中行事があるのは周知の通りだと思う。 中でも、僕が最も嫌なバレンタインについて話そう。 ここで誤解の無いように断っておくが、原因は女の子でも、チョコでも、横恋慕でも、失恋でもない。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:50:17大学入学後初めて迎える、バレンタイン前夜のことだった。 特定の恋人がいるわけでもない僕は、さほどバレンタインを意識しない。街のセールスは目に付くし恋人も普段よりは気になるが、一分足らずでどうでも良くなる程度。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:51:43世間の浮かれたムードなんてお構いなしに、喫茶店で気に入りのラテを飲んで、ぶらりと帰宅した。深夜テレビを見て、日付を少しまたいだ頃に就寝する。 明りを消して布団に入り、ふー、とため息をついた、その時。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:52:00突然目の前が光って、やたら歯の白いさわやかな男が登場した。 「やぁ」 男はにこやかに手を振る。 「驚く必要はないよ。僕は、恋のエンジェルだ」 そして、自己陶酔した様子で髪をさらりとかきあげた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:52:10確かに天然物の羽は着いているし、登場の様子からも彼が人でないことは明白だ。だがこいつは、はっきり言って僕が一番嫌悪するタイプの男だった。 「帰れ」 奴が二の句を次ぐ前に命じた。 「今すぐ、僕の部屋から出てけ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:53:05奴は欧米人じみた仕草で肩を竦めた。 「やれやれ、気の強いレディだ」 ここで僕は、早くも奴の勘違いに気がついた。 「何誤解してるんだ。僕は男だぞ」 すると奴は大きく目を見開いた。目玉が溢れ落ちそうなほどだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:53:38「えっ……」 そう言ったきり、ピクリともしない。あまりに不気味だったから、つい声をかける。 「……わかったらさっさと出てけ」 途端、男は頭を抱え込んで悲痛な叫びを上げ始めた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:54:16なんてこった、だとか、こんなのひどい、だとか。とにかく支離滅裂なんだが現実逃避を試みているらしいのはわかった。 「おい、わかったから。わかったから、出てけ」 もう一度繰り返すと、奴はがしりと僕の腕を掴んだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 00:54:42「君、誰か男にチョコレート手渡してくれないか。でないと僕が降りてきた意味がない」 僕は目を瞬かせた。だが言葉を理解した途端、猛反発する。 「ふざけんな! お前の勘違いのためにどうして僕が男なんかにチョコを!」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 10:51:59「なんて信心の無いやつなんだ! 僕は恋のエンジェルなんだぞ!?」 何を言われても痛くも痒くもない。 「生憎とんと縁がないな! いいから出てけ!」 そう怒鳴って、僕は、羽を散らして暴れるそいつをつまみだした。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 10:52:42「あんまりだ……」 扉の向こうで、奴がしくしく泣いているのが伝わってきた。 「僕はただ、女の子の幸せのために降臨しただけなのに……」 あんまりしくしく泣くもんだから、こっちがすっかり悪者のような気がしてくる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-01 10:53:24やっぱり手を貸してやるか、と考え直して、僕は家の戸を開けようとした。 そのとき、エレベーターが到着して隣人が帰ってきた。未婚の美人だ。 彼女が現れたとたん、腹立たしいことに、天使の奴が泣き止むのがわかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
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