「ふしぎなキリスト教」への【非信者による】批判
- suzutuki1980
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経済学会にて、ある重大な定理について、多くの質問があった。イギリス人「その定理は経験によって裏付けられているだろうか?」ドイツ人「その定理はいかなる基本定理から演繹されたものであるか?」フランス人「その定理をフランス語で言ってください」日本人「あなたの先生は有名ですか?」
2013-06-17 13:54:07何度も言うけどさ、ふしキリの間違いって凡ミスじゃなくて、「仏教はガンジーがメッカで生み出したビジネスです」とかくらいのレベルなんだが。
2013-11-02 17:49:59反捕鯨問題であらわになったのは、日本における欧米人の言動をなんでもキリスト教に結びつける一般的傾向と、事実に基づかないキリスト教に対する偏見。あれ、これってまんま『ふしぎなキリスト教』じゃん。
2014-01-22 10:08:52『ふしぎなキリスト教』でも同じ傾向が見受けられましたが「考察対象の信仰・文化を論じるのに、その当事者は客観的に考えることができない」という意見があります。しかしそれは間違い。問題はその信仰・文化の実態を、どれだけ史料等を用いて論じられるか?が核心かと思います【続】
2014-08-17 12:37:57目次
- 「信者対非信者」の図式ではありません
- 大体、橋爪大三郎氏はルーテル教会の信者です
- ヴェーバー
- 「社会学の常識」というハッタリ
- ヴェーバー2
- まだまだ話題の迷著
- 「詳しく無いけど、橋爪サンや島田サンの言っている事は正しいのです!」…なにかの啓示?
- 一種の陰謀論
- 橋爪氏はキリスト教徒ではない立場から良い本を書いたと誤解されていますが、橋爪氏はルーテル教会のクリスチャンで、ルーテル教会と深い結び付きがあります。
- 「社会に与えた影響を知るのにはふしキリは良い本」?いえいえ…
- 「入門書じゃないから入門書として批判するのは不適切」?いや、「入門書」として売られて居ますが…
- ふしキリは本当に「社会学の本」なのか
- 橋爪氏の専攻は何なのか?複数の本で「学」の字を細く…
- 参照文献が「聖書物語」…聖書読んだのか
- 学会では相手にされていない大澤、橋爪、島田
- 推奨本
- 批判者は一枚岩ではありません、様々な人が居ます。「これ(ふしキリ)はひどい」以外には共通点はありません
- 佐藤優
- ふしキリを批判する行為を批判することについて
- 岩波キリスト教辞典もかなり酷い。「部分的にしか評価できない」辞典は、辞典としては失格
- 別の推奨本
- 専門家の仕事の在り方
- ふしキリは正教会については間違いしか書いていません
- 「橋爪大三郎先生によるただならぬ洞察」?
- 「間違いだらけでもいーじゃんか」という人達には
- ふしキリではない、ちゃんとした良書
- まっとうなマイノリティの主張を主張自体の態様を批判する人々、そしてそれに含まれる「支援者」
- 「啓発された」大貫隆氏
- 佐藤優2
- 批判の理由
- 批判したら「キリスト教徒だから反発しているのだろうw」で終了にさせられる日本
- 批判批判について野球の譬え
- 法学だったらどうなっていたか
- 本当に「社会学」の本なのか?
- 来住神父の著作
- 研究者が放置している間に手が付けられないほどはびこった
- 「批判」「反論」とは何か。「批判批判」側の誤り
- 学者がステレオタイプなレッテル貼りして「批判批判」
- 「批判はみな不毛」?
- 仏教にも香ばしい本はある
- 仏教の本でもキリスト教の本でも、出鱈目な本にはもっとこまめに全員で言うべき
- 「キリスト教の圧力に抵抗すべき」といった、キリスト教をdisる意見について
- 大澤真幸、イエスを騙る(語るではなく)
- 森岡正博先生、今回の騒動を「他山の石」とされる
- 「興味もたせる」本だったら「功績」にカウント?
- 「批判者は敵味方を分けたがる」?
- 仏教「のぞき書」と、本当の「入門書」の在り方
- 神道におけるトンチンカンはミスターサタンです
- 「目の敵にされたら名著」?
- 踊りましょう?
- 神道学者さんからの指摘。「神様は友達みたいなもん」?ほか
- 「信者なら客観的なことは書けない」のは本当か
- ふしぎなキリスト教著者である橋爪大三郎はクリスチャンで、批判者の中心人物の一人は非クリスチャン
「信者対非信者」の図式ではありません
宗教に関する捕捉第53条:『ふしぎなキリスト教』のような奇怪な宗教本はたびたび出版されるが、このような本は近代文明の理科教育を妨害するだけの反社会的なものにすぎない。
2013-06-01 11:52:56橋爪さんがルーテル会の信者だからということで同会が教義上問題がある本を推薦しているのか…信者である飛鳥昭雄先生の本でもスルーし続けている末日聖徒イエス・キリスト教会の方が厳格だなあ。
2013-06-01 12:54:04ふしキリ批判者はふしキリを「社会学的な本」として批判しているわけではない。だから、社会学云々を持ち出して反論するのはすべて無効。ふしキリ批判者がなぜふしキリを批判するかは、『ふしぎな「ふしぎなキリスト教」』所収のクリメントさんや植田真理子さんの文章で詳しく述べられている。
2013-06-01 12:54:07『ふしぎなキリスト教』は非信者の立場で書かれており…とか言う人に「いえ、著者の1人、橋爪氏はルーテル派クリスチャンですよ」と教えると、99%は無視。要は、とにかく「信者」VS「非信者」という図式におとしこみたいだけなのね。ファクトなんかどうでもいいんだ。
2013-06-01 18:11:26ふしキリ問題は信者か非信者か関係ない、というのが批判者の共通了解だと思う。「関係がある」というならそれを証明すべき。そして証明すべきなのは批判批判をする側である。
2013-06-01 18:13:58何度も言うが「なぜふしキリを批判するのか」についてはふしふしキリに詳細に書いているのだから、その部分を批判するなら、まずそれを踏まえてから言え。
2013-06-01 18:17:42.@tkstpauli ふしキリ批判者の有志で『ふしぎな「ふしぎなキリスト教」』という批判本を出したんですが、基本的にはそこで「終わった」という気持ちです。実際、みなまたばらばらに散開してますし、ふしキリまとめも、100で締めましたしね。しつこいのはむしろ批判批判者の方でして。
2013-06-01 19:47:41大体、橋爪大三郎氏はルーテル教会の信者です
橋爪大三郎がルーテル派クリスチャンだということは、一見取るに足りない情報に思える。しかし、実は重要なことかも知れないのだ。というのも、『ふしぎなキリスト教』は14刷から、それまでなかった「主の祈り」と「使徒信条」を巻末に付しているのだが、それが「ルーテル式」のものだからである。
2013-06-01 20:14:19もちろんこの過程で実際にルーテル教会が教会として、意志決定プロセスに参与したかどうかはまったく不明であるが、わざわざ「ルーテル式」を選んだことに対して、党派性を疑われても仕方がなかろう。この件も、『ふしぎな「ふしぎなキリスト教」』に書かれている。
2013-06-01 20:18:33そもそも論としては、ふしキリがなぜ急に「主の祈り」と「使徒信条」を入れたのかも問題で、一つの推論としては、「教会で使うために「より」キリスト教入門書らしく見せるため」というのがある。
2013-06-01 20:20:54レモンが目印。 ふしぎな「ふしぎなキリスト教」 (ジャーラム新書) ふツー連(ふしぎなキリスト教問題を考えるツイッター市民連合) http://t.co/Zpsl9beQ9j @AmazonJPさんから
2013-06-01 20:23:32ヴェーバー
.@assisi_akita プロ倫の評価については僕は判断保留してますが、そもそも橋爪や大澤が「ヴェーバー自身の論」を正確に把握しているかどうか疑ってます。そのへんこそ、社会学畑の人が追求すべきことでしょう。
2013-06-01 20:49:54これもふしふしキリに書いているが(というか僕だが)、ふしキリはヴェーバーを重要な典拠しているにもかかわらず、ページ数などをつけた具体的な引用は一切ない。だから、ふしキリがヴェーバーを踏まえていようがいまいが、ふしキリ批判する際に、ヴェーバーにまでさかのぼって調べる必要は全然ない。
2013-06-01 20:56:06