オレの妹がカリフなわけがない!#8-9
あれから妹とその話をすることはなかった。もっとも女子寮住まいの愛紗と話をすることなどもともとほとんどなかったのだけれど。 だから忘れているものだと思っていた。彼女が生徒会長に立候補するまでは。1
2013-05-21 22:39:06入学以来学年トップの成績を維持していたが、衣織を除いて友達らしい友達もいない愛紗が生徒会長に立候補するとは誰も思っていなかった。愛紗と衣織は同じ武術部だった。武術部とはいっても、二天一流も達人衣織と違って体力のない愛紗はもっぱら手裏剣術の練習に励んでいたのだが。2
2013-05-21 23:22:12化粧っ気は全くなかったけれど、アラブの血を引く彫りの深い顔立ち、栗色がかった髪がどことなくエキゾチックな雰囲気を醸し出しており、美人と言えなくもなかった。無愛想、というよりも喜怒哀楽を一切表さない妹に近付く男子生徒はいなかったが、一部の女子の間では密かにアイドル視されていた。 3
2013-05-21 23:45:47一部の女子の間に隠れたファンがいたとはいえ、友達もおらず選挙活動らしい選挙活動もしなかった妹が生徒会長に当選するとは誰も予想していなかった。というのも、君府学院の理事長の息子でテニス部のエース、絵に描いたようなスクールカースト最上位の石造無碍という大本命がいたからだ。4
2013-05-21 23:57:53全校生のを前にして演壇に立った愛紗は淡々と述べた。 「私たちは、神の代理人、カリフ、として地上に正義を行うようにと、自由な人間として創造されました。 私は、創立者の掲げた理念に則り、この学院を自由と正義に基づく地球の解放の前衛とするために生徒会長に立候補します」5
2013-05-22 02:49:31「なにあれっw」 「あの人、学年トップの秀才じゃなかったっけ?」 「厨二病?リアルにいるの?初めて見た~w」 オワッタ … 6
2013-05-23 01:05:46応援演説に衣織が立った時には、もう誰も彼女の話を聞いてはいなかった。 「私たちは、この身体と命を生徒会に捧げます」 ただ一言、言い放つと衣織は腰の刀を抜きはなった。 「えっ!?」思わずオレは小さく声をあげた。 その衣織の許に愛紗が静かに歩み寄るとすっと左手を差し出した。7
2013-05-23 01:06:23次の瞬間、白刃が閃き、愛紗の左腕がゴトリと床に落ちた。 一瞬、選挙演説会場が凍りついた。衣織が静かにその腕を拾い上げた。それから後、何が起こったのかは、よく覚えていない。「救急車!」先生たちの叫び声をよそにオレは妹に駆け寄った。8
2013-05-23 01:08:01何か言おうとして声がでないオレに妹は少し青ざめた顔で言った。 「なんでもありません。救急車は事前に呼んでおきました。剣の達人に名刀で切られた者は切られたことに気づかないと言います。筋肉繊維も神経も骨組織も壊さず切り落とした腕は直ぐに縫合すれば元通りにくっつく… はずです。」9
2013-05-23 01:09:15その後は大混乱になり、選挙演説会は中止になった。 しかし生徒も先生も誰もが理解した。彼女が生きている限り誰も彼女を止められないことを。 そして思ったんだ。まぁ、彼女に任せてみよう、と。10
2013-05-23 01:09:59でもその時は、まさか彼女が自らカリフを名乗ることになるなんて、誰も考えていなかったんだ。10: (#8終わり #9に続く)
2013-05-23 01:10:55愛紗の言葉は本当だった。翌日には何事もなかったかのように左手に包帯を巻いて愛紗は登校してきた。 生徒会長として講壇に立って言った。 「皆さんの信託に基づき、私は生徒会長としての最初の仕事として、会長をカリフと改称し、まずはこの生徒会を自由と正義に基づく地球の解放の前衛とします」1
2013-05-23 03:01:26「ちょっと待て~」 思わずオレは叫んだ。 「おかしいだろう、お前がカリフって。カリフ制は1923年にトルコ共和国で廃止されているんだ!」 オレだって慈覇土伯父さんの「遺言」を聞いてから、カリフについてちゃんと調べたんだ。 「いや、その前にJKが真剣差して登校していいのか?! 」2
2013-05-23 03:02:08「衣織が腰に差しているのは本阿弥光悦が研いだ銘刀《姥捨て》と《過労死》、重要文化財に指定された美術品です。丁重に取り扱えば何の問題はありません」 「いや大問題だろ~、いきなり人の腕を切り落とすのは!」 「あれは古来より伝わる刀の切れ味の鑑定法、試し斬りです」 3
2013-05-23 03:02:39「校医のドクター和田も、さすが重要文化財、見事な切れ味、と感心していました」 「あのマッドサイエンティスト、ってか、校内で手術済ませたのか?」 「我らが君府学院の保健室は創立以来救急病院の指定を受けているのです」 「ウソだろぅ…」4
2013-05-23 03:03:24「いや、そうじゃなくて、カリフ制なんてもうない、という話だ!」 「あなたが話を逸らしたのです。というか、あなたには論理的に話を組み立てることなどできないのですから、無理に口をきくことはありません」 愛紗はピシャリと言い放った。5
2013-05-23 03:05:31「カリフ制はトルコ共和国が作ったものではありません。従ってトルコ共和国によって廃止されることもありません。世界はあなたがネットを覗いて想像しているよりもずっと複雑なのです」 「…」 「以上、とんだ道化の乱入で興を殺がれました。少し貧血気味ですので、カリフ就任挨拶はこれにて」6
2013-05-23 03:06:09衣織に付き添われて愛紗は演壇から降りた。 1923年以来空位だったカリフが復活した瞬間 … なわけがない!! 7 (#9終わり #10に続く)
2013-05-23 03:06:46題名が途中から 「オレの妹がカリフなはずがない」に変わっていました。深くお詫びいたします。なお、担当者は衣織によってケジメされました。
2013-05-24 02:40:59