2013年6月2日

千坂氏×齋藤氏「革命」について

ユンガー研究者・アナキストの千坂恭二氏と、アーティスト/渋家創設者・齋藤桂太氏による「革命」についてのやりとり
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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

生活に忙しい人は革命運動などやる暇が無いが、反対に革命家は普通の日常生活をやるような暇がない。だから革命家の日常は、その場しのぎのようなものとなり、日常を真面目に生きている者からすると、何を考えているのか分からない代物になる。

2013-06-02 11:23:13
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

普通の日常生活をやる暇の無い革命家は、では普段は何をやっているのか。何もやっていない。何もせずにひたすら、その時に備えているだけだw

2013-06-02 11:25:20
齋藤恵汰 @_satoketa

日常を真面目に生きることを「革命」と定義しよう。(提案) @Chisaka_Kyoji 生活に忙しい人は革命運動などやる暇が無い。革命家は普通の日常生活をやる暇がない。だから革命家の日常は、その場しのぎになり、日常を真面目に生きる者からすると何を考えているか分からない代物になる。

2013-06-02 11:31:09
齋藤恵汰 @_satoketa

渋家では、その状態に陥った革命家の方々を「革命待ち」と呼びます。そして「革命待ち」より日々の革命を尊重します。 RT @Chisaka_Kyoji 普通の日常生活をやる暇の無い革命家は、では普段は何をやっているのか。何もやっていない。何もせずにひたすら、その時に備えているだけだw

2013-06-02 11:34:49
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

@saito_ke_ta 日常生活を真面目に生きるのは、生活を良くしようとする改革の範疇でしょう。革命は、存在論的に生活の外を内実としますから、その意味からすると、日常に対してはその否定になると思いますが。

2013-06-02 11:38:07
齋藤恵汰 @_satoketa

革命待ちって大富豪で言ったら何もできずに死んでいく貧民みたいなもの。

2013-06-02 11:36:18
齋藤恵汰 @_satoketa

例えば日常生活における一つの改革がインターネットで生活の外へと波及した場合、それは革命と呼べないでしょうか。 RT @Chisaka_Kyoji 日常生活を真面目に生きるのは、生活を良くする改革の範疇。革命は、存在論的に生活の外を内実(略)日常に対してはその否定になると思いますが

2013-06-02 11:43:30
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

@saito_ke_ta 革命は日々にあるのではなく(日々にあるのは革命とは似て非なる改革です)、日々の外に、いわば無いものとしてあります(あることを実体化出来ませんから)。革命家の任務は、単に待つのではなく、日々、実体化出来ない革命の存在を、無根拠に維持することになります。

2013-06-02 11:44:07
齋藤恵汰 @_satoketa

それは何か「教養」のようなものですか? RT @Chisaka_Kyoji 革命家の任務は、単に待つのではなく、日々、実体化出来ない革命の存在を、無根拠に維持することになります。

2013-06-02 11:45:43
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

@saito_ke_ta まったく教義とは関係なく、そもそも革命なるものは、本当にあるのかということです。つまり革命とは、どういうことを言うのかということです。

2013-06-02 11:52:49
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

@saito_ke_ta 革命概念にも大きく二種類あります。グラムシ風にいえば、所謂「大きな物語」としての機動戦的革命と、「大きな物語」崩壊後の陣地戦的革命です。貴氏のいわれる革命は、後者の範疇と思いますが、その「生活の外」は、資本主義批判を含まない限り革命ではないでしょう。

2013-06-02 11:51:14
齋藤恵汰 @_satoketa

資本主義に対する批判精神は、今や女子高生でさえ受け継いでおり、現代は誰もが革命家の時代と言えませんか? RT @Chisaka_Kyoji 革命概念に二種類あり、所謂「大きな物語」としての機動戦的革命「大きな物語」崩壊後の陣地戦的革命、後者は資本主義批判を含まない限り革命ではない

2013-06-02 12:00:51
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

@saito_ke_ta 資本主義に対する批判は、「批評」(悪口、嫌悪)ではなくて、資本主義の存在に関するものでないと、その批判は、資本主義を構造的に前提としていることになります。現代は、誰もが改革者の時代ですが、革命家はいませんし、革命もまた隠れています。

2013-06-02 12:05:33
齋藤恵汰 @_satoketa

教養や理念を大切にするために生きるのが革命家なら、それと日常生活の共存は可能であると思います。そして私が支持するのは日常生活の内側にある改革が外側の革命へと、インターネットによるパブリックとプライベートの混同により接続する、という無根拠な空想です。 @Chisaka_Kyoji

2013-06-02 11:51:21
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

@saito_ke_ta 誰しも日常を生きているという意味では、日常との共存は可能ですが、その可能であることの内容です。改革は革命には接続しません。革命は、改革を切断するところの、つまり生に対する死の跳躍が不可欠だと思います。

2013-06-02 11:57:49
齋藤恵汰 @_satoketa

僕の革命に対するイメージは、とても自己中心的なものなのですが、一般的に革命とは、どういうことを言うのですか? RT @Chisaka_Kyoji まったく教義とは関係なく、そもそも革命なるものは、本当にあるのかということです。つまり革命とは、どういうことを言うのかということです。

2013-06-02 12:03:33
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

@saito_ke_ta 革命とは簡単にいえば、現実の外へでることでしょう。現実は具体的には資本主義的現実としてあるわけですから、資本主義の外(それがどのようなものかは分かりませんし、在るのかどうかも分かりませんが)へ出ることでしょう。

2013-06-02 12:09:28
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

革命は、改革を含む、現実や日常と切断することによってしかそのものとはならない。この日常や現実との切断が、資本主義批判であり、資本主義の存在論的な批判を含まないものは、いかにラデイカルな表情をしていようと革命ではなく、資本主義内の変革に終始することになる。

2013-06-02 12:02:22
齋藤恵汰 @_satoketa

なるほど、これはわかりやすい。 RT @Chisaka_Kyoji 革命は現実や日常と切断することによってしかそのものとはならない。この日常や現実との切断が資本主義批判であり、資本主義の存在論的な批判を含まないものは、いかにラデイカルな表情をしていようと資本主義内の変革に終始する

2013-06-02 12:05:21
齋藤恵汰 @_satoketa

ということは革命家は存在論的なものなので、種を絶滅させないよう、保護する必要があるということですか?そして保護する政策を国ないしはコミュニティが行うことによって、その国やコミュニティが革命という装置を存在論的に維持することができるということですか? @Chisaka_Kyoji

2013-06-02 12:08:39
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

@saito_ke_ta 革命家が存在論的なのではありません。革命が存在論的なのです。分かりやすい喩えをすれば、革命は人間には、悲劇的な災い(生を切断するという意味で)をもたらす、事件や災害のようなものかもしれません。

2013-06-02 12:13:54
齋藤恵汰 @_satoketa

ではそういう革命のイメージを心の内に持っていれば、その人は革命家ですか? RT @Chisaka_Kyoji 革命家が存在論的なのではなく革命が存在論的。分かりやすい喩えをすれば、革命は人間に悲劇的な災い(生を切断するという意味で)をもたらす事件や災害のようなものかもしれません。

2013-06-02 12:18:19
齋藤恵汰 @_satoketa

そうなってくると、どこかの山奥で生きているらしいヒッピー集団、というイメージこそが、革命という話になってくるので、オカルトや都市伝説と革命みたいなものが、どんどん接近していくような感じがある。

2013-06-02 12:21:34
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

@saito_ke_ta イメージではないです。日常的には人間には肯定出来ない、悲劇や悲惨なことをもたらす事態を、普遍的に肯定する思想を理論として持つ必要があります。

2013-06-02 12:20:27
千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』 @Chisaka_Kyoji

@dazaist69 @saito_ke_ta オカルトは、革命を実体化しようとする精神の産物です。つまり、現実の外はあるのだと。現実の外は、無いものとしてしかありえず、実体化された外は、内部の別名にすぎません。オカルトが反革命である所以です。

2013-06-02 12:51:49
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