山本七平botまとめ/ヘロデ王が生涯を通じて闘った相手とは/「被統治意識」が拒否される世界を統治した鋼鉄の人、ヘロデ王

山本七平著『存亡の条件――日本文化の伝統と変容――』/第二章 民族と滅亡/ヘロデの死闘の相手は実は…/77頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

①【ヘロデの死闘の相手は実は……】ヘロデの支配力とそれに基づく平和は、一にここにかかっていたといってよい。 そして、彼は、そのため息をひきとる五日前に、もう一人の息子を処刑した。 彼は、自分の死後、この国を統治できる能力がある者がいると思っていなかった。<『存亡の条件』

2013-06-01 23:27:45
山本七平bot @yamamoto7hei

②否、死病だと人びとが知った瞬間に、一切の秩序が崩壊するであろうことを知っていた。 それが彼を最後まで生かした気力になっている。 すばらしい先見性をもつ彼に、それが予想できないはずはなかった。

2013-06-01 23:57:56
山本七平bot @yamamoto7hei

③というのは、彼が遺言でその一切を託した相手はカイサルであり、その内容は、結局 「自分の子に王たりうるものは一人もいないから、ユダヤを子供たちに分配し、その小所領群をローマが統治することを承認してくれ」 と言っているに等しかったからである。

2013-06-02 00:27:38
山本七平bot @yamamoto7hei

④彼が死期を迎え自分の権力が衰えていることをはっきり知らされた事件が、死の十日前に起こっている。 それは、ファリサイ的″口伝″の権威が、息をひきとりつつある彼に投げつけた挑戦であった。 ヨセフスは次のように記している。

2013-06-02 00:57:49
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤「当時、この都に父祖の教えに関する最高の権威という名声のある知者が二人あって、全国民の尊敬を集めていた。 その二人の名は…ユダスと…マッティアスといった。 多くの若い学生が彼らの律法の講義を聞きに集まり、彼らのまわりには日毎に屈強の壮年たちの大群がひきよせられた。」

2013-06-02 01:27:37
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥「彼らは、王が身心の病苦に弱り果てていると聞いて、身近な若者たちにそれとなく示唆して、今こそ神の栄えのために復讐し、父祖の律法をないがしろにして建てられたものを打ち壊す好機だと言った。」

2013-06-02 01:57:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦「事実、神殿の中に、様々の像や胸像など、全て生身の人間を写したものを置く事は不法な事であったにもかかわらず、王は、大門の上に黄金の鷲の像を作ったのである。 賢者たちが、弟子たちにとり壊せとそそのかしたのは、この鷲の事であった。」

2013-06-02 02:27:39
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧「彼らは弟子達に、これは冒険であるかもしれないが、父祖の律法の為に死ぬのは光栄ではないか。 このようにして死んだ者の魂は不滅で永遠の喜悦を受けるに違いない。 卑屈で彼らの説く知恵を全く知らない無学な連中だけがその無知によって生にしがみつき、英雄の死ではなく病死を選ぶのだ」と。

2013-06-02 02:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦彼らがこのように語っているうちに、王が死にかかっているという噂が広がった。 そこで若者たちはいよいよ大胆になって事の実行にとりかかった。 白昼、大勢の人間が神殿の庭を歩いている最中に、彼らは丈夫な綱に身を託して屋上から降り、黄金の鷲を斧でたたき切りはじめた。

2013-06-02 03:27:37
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧王の隊長は、直ちに事件の報告を受けてかなり多くの手勢を引きつれて現場に急ぎ、四十人ほどの若者を捕えると王のところに引いて行った。 王がまず彼らに、あえて黄金の鷲を切り倒そうとしたのか否かをたずねると、彼らはそれを認めた。 そこで王はたずねた。

2013-06-02 03:58:00
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨「だれがやれと命令したのか。」 「われらの父祖の律法です。」 「お前たちはまもなく処刑されるというのに、どうしてそんなにうれしそうなのか。」 すると彼らは言った。 「死んだあと、もっと豊かな幸福を受けるからです。」

2013-06-02 04:27:40
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩王はこの言葉を聞いて烈火のごとく怒り、病気を忘れて自分の身を議会に運ばせた。 そこで彼は長広舌をふるって彼らを神を冒瀆する者どもと罵倒し、律法に対する熱心さを口実にしながら別の野心を抱いていると断じ、彼らを不敬虔の罪で処罰すべきだと要求した。

2013-06-02 04:57:54
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪民衆は彼の徹底的な断罪に不安を抱き、この行為を唆した者と実行しようとして捕えられた者だけに処罰を限定し、他の者に対しては怒りを抑えてくれるように乞うた。 王はしぶしぶ同意し、屋上から降りた者達と二人の賢者を生きながら火あぶりの刑に処し、捕えられた残りの者を刑吏に引き渡した。

2013-06-02 05:27:37
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫「誰がやれと命じたのか。」 「われらの父祖の律法です。」 この言葉は、被統治意識なるものを何より明確に示しているのである。 自分の王が目の前にいても、それを王とは認めないという事を。 だが、それを主張する者には、統治能力はないのである。 起こるものは混乱と滅亡だけ。

2013-06-02 05:57:49
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬彼が生涯戦い続けた相手は、実はこの言葉だったのである。 そして、この言葉が自分の死後に支配権を握ると彼は知り、それに対して最大の配慮をした。 そして死んだ。 同時に、ヘロデによって保たれていた秩序はヘロデの予想通りに全て消え、一切が崩壊し、全土は恐るべき大混乱に陥った。

2013-06-02 06:27:39
山本七平bot @yamamoto7hei

⑭そしてここにヘロデがその権力を死ぬまで維持しつづけた謎があったであろう。 被統治意識が拒否される世界で、これを統治する者は、結局、マイネッケの規定に合格した政治家以外にないことを、 人びとが心底では知っていたということ、 それが彼に政権を付与したはずである。

2013-06-02 06:58:06
山本七平bot @yamamoto7hei

⑮一言でいえば、彼を生み出したのはファリサイ主義であった。 だがそれは崩壊をくいとめる最後の一本の杭のようなものであったろう。

2013-06-02 07:27:52