第四十九話:よーい、どん。 第五十話:話半分 第五十一話:吸血鬼
- C_N_nyanko
- 1011
- 0
- 0
- 0
速く走れる靴、ってあるだろ。走るのに特化した小学生用のスニーカー。 小学生の頃、僕はそれにひどく憧れていた。だけど生憎、他の子より足が少し大きくてね。 流行りの靴はサイズが合わなくて、履けずじまいだった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:21:49悔しかったね。だけど地団駄踏んでもどうしようもない。 さて。 あれは確か夏、体育の授業でだったと思う。 僕はあの頃運動があまり得意じゃなかったから、一部の子に馬鹿にされていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:22:12その日もかけっこで負けて笑われたよ。普段なら気にしないけど、その日は訳が違った。大嫌いだった子が一等になって、流行りのスニーカーを自慢してきたんだ。 本当に悔しくてね。 で、ふくれっ面のまま帰宅した。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:22:43普段と様子の違う僕を、母さんはとても心配してくれた。 それで僕は、今思えば情けない話だけど、足が速くなりたいんだって泣きながら駄々をこねた。 どうしても一等の子をぎゃふんと言わせてやりたくてね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:23:26すると母さんは家の倉庫から下駄を取り出してきた。 「これを履いてごらん。速く走れるよ」 そう言ってくれたんだけど、下駄なんて履いていけるはずない。 「やだよ」 とわがままを言って、結局履かずじまいだった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:23:50それから数日後。また体育の授業でかけっこをすることになった。心底嫌だったね。 一等の子がまたスニーカーを見せびらかしてきてさ。僕の靴は安いから勝てないって馬鹿にしてくるんだ。むかっ腹が立って仕方なかったね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:24:29それで、よーい、どんで走り出す。 あれ、と思った。不思議と、体がぐいぐい前に進むんだ。まるで風が背中を包んで押してくれているような、足に翼が生えたような、そんな感覚。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:24:38あっという間に一位になったよ。一体何があったのか、自分でもよくわからない。 馬鹿にしてきた子は真っ赤になって悔しがってた。僕は悠々とそのこの前を通り過ぎてやったよ。気分が良かったね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:24:51意気揚々と帰宅すると、母さんが訳知り顔で微笑んでいた。 「速く走れたでしょ」 「どうして?」 母さんは僕の靴から、薄い木片を取り出した。 「おまじないをかけたの」 内緒よ、と、母さんはいたずらっぽく笑った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:26:39先日倉庫を整理していたら古い下駄が出てきてね。裏の表面が少しだけ剥がれて、そこだけ新しくなっている。 「やっぱりこの下駄だったんだ」 なんとなく、そんな気はしていたのだ。 「ありがとう」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:28:11僕は、あの日の僕に誇りを持たせてくれた母と下駄とに手を合わせた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-03 23:28:39「だぁから、俺は悪くないって」 君は大仰に手を広げた。 「殺されかけてて何言ってんだか」 「何って、無実の証明、潔白の提示だ」 君は偉そうにこちらを見た。 その君を病室に残して、僕は病院をふわりと出歩いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-04 12:27:24その僕の足元に、するりと黒猫が絡みつく。 「にゃあ」 前足の白い猫は鳴いて、僕の前を歩いて行った。 それを目で追うと、ぽいとリンゴを投げられる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-04 12:27:43「食べなさいよ、おバカさん」 艶やかな少女が僕に笑いかけた。 どこかからかごめかごめが聞こえる。 「呼んじゃダメなんだ。嘘ならいいのにな」 背後の声に振り返ると、林檎の少女を背負った青年が泣いていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-04 12:33:06「それより、担保が出来たらあなたもどうです?」 となりの病室から声がして、黒ずくめの男が笑う。 「お前にしか頼めないんだ、頼むよ」 同じように黒い服を着た男が、ひょいと頭を下げた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-04 12:34:34と、不気味な黒い塊が転がってきた。肌色の化物が牙をむく。剃刀を持った青年がそれを取り上げた。 「髪喰いだ。命は助かるさ」 「だけど今見たことは、他言無用よ」 赤いヒールの女が、不機嫌そうに釘を指す。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-04 12:35:16声をあげようとすると、ぎゅ、と背中にしがみつかれた。 「卵、頂戴」 爬虫類の目をしたおかっぱの少女が強請る。その少女を、利発そうな男がつまみ上げた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-04 12:35:30「やめろ、僕の方がよっぽど優秀なんだ」 だけど、影がないと呟いて、男はふらりといなくなる。 「だって」 突然、耳元で囁かれて、ゾッとした。仄くらい影を負った女が、恍惚と微笑んでいる。 「欲しかったんだもの」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-04 12:35:53女は満足そうに笑って、ゆらりと影の中に消えた。 「ねぇ」 背後から、懐かしい声がする。 「ケーキ、もうひとつ食べたいわ」 小さく角をはやした女が、溌剌と笑いかけた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-04 12:36:11「ほら、もう夕飯の時間よ。今夜はカレーなの」 着物の女性が、柔らかく笑む。 「どこなんだ」 耐え切れなくなって、僕は声を上げた。 「君は、どこにいるんだ!」 と。 「おい、何してる」 兄に、肩を掴まれた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-04 12:36:38「兄さん……」 兄は僕に竹かごを渡していなくなる。 廊下には、もう誰もいなかった。 ぼうっとして戻ってきた僕を見て、君は笑った。 「話半分だから、妙な幻を見るんだ」 僕は頭を抑えた。 「あぁ、まったくだ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-04 12:38:44