単純所持規制物語

八重代かりす＠「形見の衣」発売中。 @yaesiro

　主人公A子は14歳。女子バスケ部のエースで、運動大好きっ娘。学校の成績は今一つだけど、高校へはスポーツ推薦を狙っています。

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　ある日、A子は同じクラスのB君から、屋上に呼び出されました。 　A子はB君と別に親しくもなかったのでなんだろうと思っていると…… B君「A子さん！　ずっと前から君の事が好きでした！　僕と付き合って下さい！」 A子「ごめんね。気持ちは嬉しいけど、わたし、まだ恋愛とか興味なくって」

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　A子にとっては意外な経験でしたが、これでこの話は終わったと思っていました。しかし… B君『くそう。A子め。僕をバカにしやがって…！』 　その時、ニュースが入ります。 テレビ「児童ポルノ禁止法改正案が可決され、単純所持が…」 B君『そうだ。A子はパソコンやネットには疎い。なら…』

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　数日後、A子は見覚えのないUSBメモリを見つけます。 A子「あれ？これなんだっけ？この前の試合のビデオかな？　…これじゃ、なくしちゃうよ。中身を確認してから、整理しておこう」 　ところが、パソコンに繋ぐとそこには見た事のない画像や動画が… A子「何これ、男の子の裸がいっぱい！」

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A子「気持ち悪い！」 　A子は反射的にそのUSBメモリの中身を消去します。 A子「な、なんだったの？　これ…」 　ピンポーン。

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警官「すみません。○×署のものですが…」 A子の母「はーい」 警官「実はこちらの娘さんが児童ポルノを保有しているという通報がありまして…」 A子「ま、まさか…！」

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　こうして、A子は逮捕されました。 A子「違います！　これはわたしとは関係ありません！」 警官「しかし、君の部屋にこのUSBメモリがあった以上、我々は君がこの児童ポルノを所持していたと見做せるよねえ」 A子「でもこれは…！」

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警官「何か誤解があるようだが、改正児童ポルノ禁止法は、児童ポルノの『単純所持』を禁止している。君がどういう目的や経路でこのデータを持っていたかではなく、持っていること自体が罪なんだよ」 A子「だからこれはわたしの所持品ではありません！」

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　A子は大勢の警官に私室を探し回られ、恥ずかしさと恐れで一杯でした。 　そんなA子が勇気を振り絞った反論でしたが… 警官「でも、これ、君のパソコンで削除した形跡があるよ。痕跡も残っている。我々としては証拠隠滅を疑わざるを得ないなあ」 A子「それは…！」 警官「続きは裁判でね」

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　勿論、A子は裁判で無実を主張するつもりでした。 　当然、家族もA子を信じます。しかし、そこには大きな壁があったのです。 　A子の父は弁護士から、とんでもない請求を突き付けられたのです。

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弁護士「裁判費用はこれ程に…」 父「こ、こんなに…！うちは只のサラリーマンですよ！こんなお金は！」 弁護士「申し訳ありません。しかし、お父さんも男性ですから、痴漢冤罪で無罪を勝ち取るのに何百万もかかるという話はご存じでしょう？」 父「ええ、俗にいう『悪魔の証明』を要求されると…」

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弁護士「はい。やった事を証明するのと、やっていない事を証明するのでは、後者の方が極めて難しい。だから、論理的に立証責任は検察側にあるはず……にも関わらず、現実の裁判では、何故か被疑者に無実の証明が要求され、困難な証明作業が莫大な経済的負担になる事がある」

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父「児童ポルノの単純所持もそれに該当すると？」 弁護士「はい。それも痴漢冤罪に比べ、無実の証明ははるかに困難です。故に経費が増大するのです」 弁護士「列車における痴漢冤罪を回避するには、極端な話、その時間、その場所にいなかった事を証明すればいい。通常のアリバイ証明と同じです」

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弁護士「仮に乗っていたとしても、それは限定された時間と空間です。痴漢した可能性を一つ一つ潰していけば、無罪を勝ち取るのは困難ですが無理ではない。鉄道会社も馬鹿ではありませんから、最近は監視カメラなどで無実の証明も援護してくれます。しかし、児童ポルノの単純所持は違います」

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弁護士「何しろデータの所持自体を否定せねばならないのです。つまり、娘さんの十四年の人生をすべて検証し、そのデータに接触する機会がないか、あっても入手しなかった事を証明せねばならない」 父「そんな事できるわけがない！」

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弁護士「はい。ですから、経費が天文学的に増加しかねないのです」 父「なんて事だ……。他の冤罪被害者の方はどうされているのです？」 弁護士「海外ではこの手の先行例は多いのですが…、冤罪被害者が自殺に追い込まれるケースは多いようです…」 父「そ、それだけは……！！」

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弁護士「御安心下さい。今回の事例はまだましです。『犯人』に大した技術がなかったようなので。PC側に恒常的な閲覧履歴を偽造するウイルスなどは仕組まれてはいません。娘さんのPC側に何かデータを入れられた訳でもありません。検察は偽装を主張するでしょうが、突き崩す事は可能です」

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父「…わかりました」 弁護士「ありがとうございます」 父「…でもやっぱりおかしいですよね？　『犯人』が他にいるとわかっているのに、何故、娘がこんな目に遭わなければいけないのですか？　それにもし『犯人』がそれらの技術を持っていれば、娘は泣き寝入りするしかないということでしょう？」

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父「仮にこれで娘の無罪が確定しても、私たちの社会的経済的な損失は免れません。それに娘の負った心の傷はどうなるのです？　消しゴムで消してくれるとでも言うのですか？」 弁護士「それは…児童ポルノの単純所持規制自体に問題があるとしか…。諸外国のように規制見直しがされれば、あるいは…」

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　こうして、A子の十代と家族の生活は『児童ポルノの単純所持規制』によって滅茶苦茶になりました。

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　娘の裁判に集中するため、父は仕事を辞める羽目になりました。また、裁判費用と当面の生活費を捻出するため、貯金を取り崩し、家も売りました。おかげでA子は無罪を勝ち取りましたが、スポーツ推薦の話は当然お流れ。受験勉強もできなかったため、この先一生ハンデを背負って生きていく事になります

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B君「ふひ。うまくいった。何せ、麻薬や拳銃と違って、簡単にいくらでも複製できるからな。単純所持の疑いを持たせるのは簡単だぜ」 B君「ん？あそこで歩いているのはA子の妹だな…？」 B君「近くに見回りの警官はいないな。そりゃそっか…俺みたいに何の技術がない奴でも、他人を陥れれるんだ」

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B君「巧妙な奴らはもっとバンバン冤罪を作れるからな。警察はそれに振り回されている。予算だって、児童ポルノ対策とやらに持っていかれて、通常業務が疎かになっている」 B君「これなら、俺にでも……ふひひひ、なあに捕まっても『これは漫画やアニメのせいなんです』といえばいい」

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B君「まったく、児童ポルノ規制万々歳だぜ」 　……ちなみに児童ポルノ視聴が実在の犯罪を増やしているというデータは皆無です。逆に、このような規制がなかった頃の日本は、性犯罪が諸外国に比べとても少なかったそうです。