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つぼちゃん @77a_ht
気になったのはDD云々の話ではなく、「1stの印象では自分の推し学校と一緒にミュをフェードアウトされる方少なくない」というところ。これを受けて考えると、1stの観客も私が先般話していた『ミュージカル「テニスの王子様」』の観客ではなかったのではないか?と思いました。
つぼちゃん @77a_ht
先般のツイートはこれ RT @i_2ve: だいぶ前にも話したけど、1stはミュージカル「テニスの王子様」で、2ndは「ミュージカルテニスの王子様」なんよ。伝わるかなこれ。
つぼちゃん @77a_ht
んで、私の中でしっくりきたのは、旧約聖書と新約聖書の違い。
つぼちゃん @77a_ht
ちょっと聖書かじったことある人ならまあ知ってる話だと思うんですけど、聖書と一口に言っても旧約と新約には大きな違いがあって、まあざっくり言うと「キリスト以前か以後か」ってことなんですね。旧約聖書というのは「旧い約束が書かれた聖なる書」という意味です。
つぼちゃん @77a_ht
イエス・キリストという人はもともとユダヤ教徒で、旧約聖書を元とした律法社会に生きていた人が、旧来の宗教勢力に対峙して新たな信仰を立ち上げたのがキリスト教ってことなんですね。キリストがまるっきり新しい宗教概念を作り上げたわけではなく、彼の中にその土壌となる信仰があったわけです。
つぼちゃん @77a_ht
そして「新約聖書」というのは旧約と同じように解すれば「新しい約束が記された聖書」というわけで、つまり新約聖書というのはキリストを通じて人々が神と新たな契約を結んだことを記す聖典なわけです。
つぼちゃん @77a_ht
で、こっからは私のイメージの話になるんですけど、旧約聖書って内容が散逸的というか、いろんな物語や詩を集めてきてるみたいな性格があるんですな。それに対して、新約聖書っていうのはイエスの信仰を伝えるために編纂されてるので、「イエスキリスト」という太い軸を中心として→
つぼちゃん @77a_ht
話だの手紙だのが集められて一つの本になっているわけです。
つぼちゃん @77a_ht
散逸的な内容を集めて一つの本にした旧約聖書と、イエスキリストという存在を軸として編纂された新約聖書。私にはこれがそのまま、テニミュ1st seasonと2nd seasonに見えてしょうがないんですね。
つぼちゃん @77a_ht
私の中で、『ミュージカル「テニスの王子様」』の観客というのは、いうなればテニプリの物語を最前線に見ながら背後にキャストの物語を楽しみながら、最終的には「テニスの王子様」という物語を娯楽として消費する人たちっていうイメージだったのね。漫画とかアニメのかけ橋があった1stの観客って→
つぼちゃん @77a_ht
こういう人が多いのかな―って思ってたの。でもそこに「自分の推し学校と一緒にミュをフェードアウト」する観客の姿というのがどかんとぶちこまれてきた。これって私が考えていた『ミュージカル「テニスの王子様」』の観客像と相容れない。じゃあこの人たちは何を見にテニミュに来てたんだろう?
つぼちゃん @77a_ht
そこでふと考えた時に、じゃあそもそも1stって本当に『ミュージカル「テニスの王子様」』だったんだろうか?っていう疑問が浮かんだんですね。
つぼちゃん @77a_ht
そこで気になるのは代替わりの多さなんですな。1stは青学が5代も入れ替わってそのことから発生するDDがどうだこうだって話をちょいちょいさっきからしてたわけなんですが、ネックなのは5代いれば5代それぞれの物語が生まれてしまうことなんですよ。
つぼちゃん @77a_ht
もちろん5代それぞれが断絶しているわけじゃないし、合間合間に代と代と結ぶ人がいたりするわけで、べつにその5代がそれぞれ全く別の物語を紡いでるなんてことは思ってないんですけど、1stが完結に7年かけたってこともあって、それぞれの物語が語られる時にどうしても散逸的になるなぁという→
つぼちゃん @77a_ht
印象が捨てきれないんですな。他校も同様で、一番持続した物語として捉えやすい氷帝立海にしても関東から全国にいたるまで三年、立海は全ての試合が完結するまで足掛け五年。その間に青学も変わるし客も変わるし。
つぼちゃん @77a_ht
年月がかかればその中に生まれるドラマも膨大なもので、間にキャストは俳優として別の仕事もするし、そこで新たにその俳優を中心として物語が生まれてテニミュに組み込まれていく。派生する物語の数が膨大すぎるんです1stって。
つぼちゃん @77a_ht
だから後から振り返った時に、話を聞く人によって全然印象が変わるので全体像が非常に捉えにくい。これは私は1stの話の多くを人から聞く立場でいるから抱く印象だと思う。ので、1stからの人がこれと同じ印象を抱くとは全く思ってません。一意見として聞いていただければ。(という逃げ道)
つぼちゃん @77a_ht
だから1stって、『ミュージカル「テニスの王子様」』なんてはっきりとした輪郭があるものではなく、「テニミュ」っていうもっと曖昧模糊とした捉えどころのない巨体だったんじゃないかな、と思ったのです。そこにはもちろんテニプリの物語も含まれている。けれど、それ以上にキャストの物語や→
つぼちゃん @77a_ht
テニミュそのもののあれやこれやが膨大に含まれていて、なんというかすごく大きなものに感じられるなぁと。
つぼちゃん @77a_ht
で、2ndへ突入して行くと様相がガラッと変わる。まず超スピードでの立て続けの公演によって体感的にテニミュの物語はぎゅうっと濃縮された。一つの代が担当する期間は1stとそんなに変わらないけれど、その期間に詰め込まれるものは何十倍にもなったと思う。
つぼちゃん @77a_ht
六代目のキャストがよく言ってたけれど、本当に、テニミュ以外ないような日々。キャストがそうだった以上にファンもそうだったと思う。
つぼちゃん @77a_ht
もちろん2ndにもいろいろあった。「テニスの王子様」という言葉では内包出来ない裏側のドラマが沢山ある。ただ、1stと圧倒的に2ndが違うのは、1stで捉えどころのない巨体となってしまった要素を全てひっくるめて「ミュージカルテニスの王子様」本に綴じるために必要な言葉が備わっている。
つぼちゃん @77a_ht
それが「小越勇輝」なのだ。
つぼちゃん @77a_ht
「小越勇輝」という言葉によって、2ndの外から引っ張り込まれてきたドラマもなにもかも、2ndは全て「ミュージカルテニスの王子様」という新約聖書に綴じ込めてしまうことが出来る。更に軸があるというのは大事なことで、語る時に、軸にそった取捨選択をすればスムーズに物語の大枠が掴みやすい。
つぼちゃん @77a_ht
つまり「小越勇輝」というたったひとつの共通言語があるだけで、「ミュージカルテニスの王子様」という物語は膨大な要素を含むことも、軸とかけ離れた場所を捨象することも容易にしてしまう。
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