【習作】夜行食堂「0話 ミートパイ」
- crosstaichi
- 813
- 0
- 0
- 0
ダイアロスの片隅で20時になると暖簾をかける店がある。 こだわり、ってわけではないがメニューはビールと定食が何品か。 後は客から頼まれたもんがあれば、在庫と相談して調理する。 営業時間は朝日が登るまで。 俺はそこの店長をやっているパンデモスだ。
2013-06-15 01:34:20② 朝までやってる俺の店には、普通は歓迎されない客も多い。 ひょっとしたらガードに狙われているやつが居るかもしれないし、戻る場所のない奴かもしれない。 しかし俺に出来る事は料理を作ることだけだ。 客のことを探る事はない。
2013-06-15 01:38:29③ テーブルをふきんでざっと拭き、農家から仕入れた野菜に目を通す。 ふむ。 玉ねぎの艶がかなりいい。 あの客が来たら間違い無く小躍りするだろう。
2013-06-15 01:40:14④ 氷水に漬け込んだビールを触る。 しっかりと冷えている事が指先でわかる。 簡単な仕込みをした後時計を見る。 …ふむ、19時40分だな。 まあ…たまには早めに店を開くか。 暖簾を片手に開き戸を押す。
2013-06-15 01:44:52⑤ 「お!今日は早いのね!」 そこにはうちの店の常連バイーンがいた。 確かビスカさんと言った。 旦那と一緒に警備隊に所属していたはずだ。 「ああ、仕込みが早く片付いたんでね? そういえば旦那は?」 「残業が忙しくて、後で来るって。」
2013-06-15 01:50:27⑥ さっきから店の中をチラチラ見ている。 これ以上止めても仕方が無い。 「ようこそおいでくださいました」 少し大袈裟に振舞って見る。 「うむ!くるしゅうない!」 ビスカさんが笑いを堪えきれない様子でケタケタと笑う。
2013-06-15 01:55:24⑦ 店に入ったと同時にざあっという音が表から耳にはいる。 「あー通り雨ね」 ビスカさんがうっとおしそうに言う。 「こんな時はサッパリしたのが食べたいわね… いつものちょうだい」 「はい、かしこまりました。」
2013-06-15 03:35:54⑧ ビスカさんの定番はオニオンスライスとビールだ。 しかしただのオニオンスライスとは違う。 たっぷり鰹節をのせてレモン果汁で割った酢醤油に焦がしニンニク、ニラ、唐辛子、ゴマ、炒めた挽き肉で作った肉ダレをまぶした物じゃないとダメらしい。
2013-06-15 02:31:05⑨ 「はい、おまたせ」 コトン。 浅めのサラダボウルに盛ったオニオンスライスと特製ダレを差し出す。 うわぁ!と言いながら無心にほうばるビスカさんを見てるとこっちも腹が減る。 「店長!今日の玉ねぎいつもよりおいしい!」 「新たまだから今の時期だけだけどね」
2013-06-15 02:35:4510 キィッ… 扉が開く。 旦那かと思いきや、そこには見た事のないコグ姉がいた。 雨に祟られたのかずいぶん濡れている。 服は古いデザインだが上質な布だ。 …こういう客は何か訳がある。 「お客さん。 注文の前にコレをどうぞ。」 俺は大き目のタオルを差し出す。
2013-06-15 02:39:3611 コグ姉は何も言わず差し出したタオルで顔を拭き始めた。 「マスター…すいません… 雨じゃありませんけど… ちょっと止まらないので…」 ビスカさんは何も言わず、黙々とビールを飲む。 本当の常連だと感心する?
2013-06-15 02:46:0412 まあビスカさんの場合は素なのかもしれないな、なんて取り留めのないことを考えて時間を潰す。 「ありがとうございました。」 ようやく水気が切れたコグ姉はさっぱりした顔で礼を言ってきた。 「ま、うち食堂だしなにか食べるかい?」
2013-06-15 02:48:5513 コグ姉は頷くと店の中を見渡し…不思議そうな顔になる。 ま、そうだろう。 ビールと定食が何品かしか書いてないんだから。 「ここの店は食べたい物を言えば出してくれるわよぉ?」 少し酔いのまわったビスカさんが口を挟む。 「まあ材料があれば、だけどね。」
2013-06-15 03:02:1314 「じゃあ…パイが食べたいです!」 「かしこまりました。」 まあ何か事情が有るにせよ、今俺が出来るのは料理を作る事だ。 まず鹿肉を取り出す。 少し大きめの一口サイズにカットしたら、軽く塩コショウで炒める。
2013-06-15 03:06:0715 完全に火が通る前に作り置きのミートソースとデミグラスソースを少し入れて肉と絡める。 それをパイ生地に包み、形を整えた後卵黄を全体に塗ってオーブンで10分。
2013-06-15 03:08:4116 「はい!おまたせ!」 かたん。 コグ姉の前に並んだのはミートパイ。 それも特製だ。 コグ姉はフォークとナイフを行儀良く使い、一口目を口に運ぶ。 「美味しい!」 やはりこの瞬間ホッとする。
2013-06-15 03:11:2917 「この味、なんだか昔を思い出します。 …マスター。 残りを持ち帰りたいんですけど…」 もちろん構わない。 頷くと残った分をアルミホイルで包み、手渡す。 「おいくらですか?」 「500gになります。」 彼女は財布からきっちり500g取り出して支払った。
2013-06-15 03:17:1018 「今日は胸がいっぱいで、でも次は… その時まで覚えておいてくれますか?」 「それじゃその時までミートパイは欠番にしておこう。」 「嬉しいです。 必ず出来るだけ早く来ます。 それではおやすみなさい。」
2013-06-15 03:21:1419 そういうとコグ姉は帰っていった。 外の雨は夕立だったようでからりと晴れていた。 「あれはきっと通り雨が連れて来た客だわぁ。」 わけ知り顔でビスカさんが話す。 「店長!ビールおかわり!」 …まあそんなこったろうとおもったよ
2013-06-15 03:27:1520 今度来るのは何時になるかはわからないけれど、通り雨を吹き飛ばしてくれるといいな。 そう願いながら二本目のビールについた水滴を拭き取るのだった。 おしまひ
2013-06-15 03:30:36