【十三からリスボンまで】福間健二 2factory36
市長の悪口、知事の悪口、もうひとりの知事の悪口、そして首相の悪口。おっさんがずっとしゃべってる。それより大きな声で「わたし、彼氏いるよ。不倫やけど」と三十代後半くらいの女性。大阪、十三の居酒屋。まだ昼すぎ。酎ハイと紅しょうが天から。(十三からリスボンまで1)#2factory36
2013-06-06 08:03:22日曜日、電車に一時間乗って昼前にこの店に来るというおっさん。飲んだあと、この街で何をするのか。それは聞かない。ずっと昔に「地獄」はさまよった。一九八〇年代半ば、ぼくは大阪で生き返った。天下茶屋の井村先生に出会い、血を入れかえたのだ。(十三からリスボンまで2)#2factory36
2013-06-07 08:55:48英文学とか詩をやっているからえらいと一ミリでも思ったらだめ。井村先生はまず心の驕りにトンカチをふるった。自分はズタズタになって。あの日の、アジアを超えたいアジアの旋律。きょう、環状線で大正区の話をした大阪のおばちゃん。すてきでした。(十三からリスボンまで3)#2factory36
2013-06-08 08:29:41生き返って、西九条駅で下車。安治川の川底トンネルをとおって「作戦ねるのは、腹ごしらえしてからや」。小林さんの映画で知った吉林菜館の水餃子とXO丼。「なにしろまだこの地上には、悪魔がウジャウジャおるよってな」。だれが失踪中なのだろう。(十三からリスボンまで4)#2factory36
2013-06-09 09:57:07十三ではダーティ工藤が美保さんを縛りながら遠い二十世紀の恐怖映画を語っていたが、二十一世紀は礼儀を知らない。平気で人の蝋燭を消すノスタルジーの悪魔、何度も生き返って、ぼくの部品を勝手に失踪させる。苦しいね。でも、もうすぐリスボンだ。(十三からリスボンまで5)#2factory36
2013-06-10 08:00:51ヒースローで待たされた。使いたくないポンドをおろして高いビターを二杯。そのあと、リンゴを買った店で、たぶんインド人の店員に「日本は大変だね」と同情される。災いから立ち直れていない。そういう国から遊びにきて詐欺のカモになるやつもいる。(十三からリスボンまで6)#2factory36
2013-06-11 09:04:37深夜、フィゲイラ広場に面した安ホテル、ベイラ・ミーニョに。ワインとバガッソを飲んだが、眠れない。日本人が引っかかる詐欺のパターンを思い出していると背骨が笑った。スケボー。毛布の犬と男。後退した部品が「後退してないよ!」と躍りだして。(十三からリスボンまで7)#2factory36
2013-06-12 08:21:02明け方、いろんな方向に人の声が飛ぶ。明日からはひとつ上の階に移ろうと思いながら、映画に欲しいのは広場のこの音だと確信する。やっとウトウトして、詐欺師の娘に会う。五ユーロ出しなさい。うちの父さんが五十ユーロに変える方法教えてくれるよ。(十三からリスボンまで8)#2factory36
2013-06-13 08:02:36サラザール時代、カーネーション革命、そしてユーロ経済のいま。どんな詐欺が大手をふって歩いてきたのか。コムニスタのパウロがそれを語り、不倫相手のアマリアがあくびして、棄てられた部品たちが泣いている。ニコの店。空豆と肉の煮込みがうまい。(十三からリスボンまで9)#2factory36
2013-06-14 09:48:11ヨーロッパとアフリカの間にあるのがアジアなら、リスボンにもアジアとアジアを超えたい夢がある。今夜も、黒人たちが集まる広場から狭い坂道をのぼって、ニコの店。タチウオとイカを食べ、ワインとバガッソで酔って、詐欺師失格の、失踪中のきみ!(十三からリスボンまで10)#2factory36
2013-06-15 08:03:54