九龍仮文

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【導游】

S6927 @S6927

「……ういう訳で、龍津路には牙醫が多いのさ」「……そんな理由かよ」 道中、導游は〈九龍寨城〉について良く喋った。辛うじて返事をしながらも、俺は会話に集中する事に難しさを覚える。感覚全てに微細な雑音が入った様になって、現実が 「遠い」「妖類の餌になりたくなきゃ堪えなよ」 #九龍仮文

2013-06-19 21:02:04
S6927 @S6927

「導游が必要な訳だ」 〈九龍寨城〉は巨大なスラム街として知られているが、実際の所その大部分は生活不可能の廃墟である様だ。住民達が風水を無視して、有り合わせの道具で好き勝手に増改築を繰り返した結果、排氣を浄化する事もできない程氣脈を澱ませてしまっている。 #九龍仮文

2013-06-19 21:03:06
S6927 @S6927

俺を今苛んでいる離人症めいた現実感の遠さも、排氣の澱みによるものだろう。「導游図(マップ)によればもう半時間もしない内に〈入門街(フロント)〉に着くよ、〈衚衕(フートン)〉にぶつかる事なくね。まあ、四日前の導游図だから誤差はあるだろうけど」 #九龍仮文

2013-06-19 21:04:43
S6927 @S6927

つまり、安全は保証されていないって事だ。その癖、陰醫生の足取りは軽い。「慣れの問題さ。人間っていうのは殆どの人が考えるよりもずっと柔軟にできていて、大抵の事には慣れで対応できる様になる」つまり、慣れれば排氣酔いもしなくなるし、妖類に怯える事もなくなると? #九龍仮文

2013-06-19 21:05:31
S6927 @S6927

「そういう事さ。私は異界学を少し齧っているから断言するが、この世……〈顕界〉と〈異界〉の全部を合わせての〈この世〉……には、決まった有様のものなんて何一つないんだ。全てのものはいつでも移り変わっているんだからね」 #九龍仮文

2013-06-19 21:06:14
S6927 @S6927

異界学? あんた、牙醫じゃないのか。「導游さ。今はあんたの導游さ、小陸、そうだろう? まあ片耳で聞きなよ……あらゆる『うつろい』に慣れる事だよ小陸。排氣の呼吸に魂魄を慣らして、突然襲ってくる妖類の脅威に意識を慣らすんだ」……あんた、導游なんかより教師の方が向いてるよ。 #九龍仮文

2013-06-19 21:07:30
S6927 @S6927

「聞きなって。〈ここ〉に確かなものなんて何もないんだ。 だから『何でもある』って事になってる。ここでは何もかもが何にでもなり得るんだ。だから、何かになって行く自分に慣れる事だよ。自分が何であるか、自分で決められると思わない事だよ」 導游は突然語るのを止めた。 #九龍仮文

2013-06-19 21:31:13
S6927 @S6927

「導游図より氣圧が高い」いよいよ排気酔いが深まって痛み出した頭を押さえながら、俺は訊く。「つまり?」陰醫生は表示装置に指を当てながら言い訳と説明をする。「喋ってて気付かなかった、〈衚衕〉が近い」「つまり?」「……出るぞ」 5m先で建材が派手に吹き飛んだ。【導游/幕】 #九龍仮文

2013-06-19 21:45:07

【退魔業者】

S6927 @S6927

「揺れてる?」 私が手機を確認するより早く、苦々し気にライが応える。「ああ、どっかの丹炉に引き摺られたな。導游図が無駄になっちまった」 私は思わず声を荒げる。「はぁ!? 眼鏡屋に幾ら払ったと思ってんの!? あんた稼動予定確認してなかったっけ!?」 #九龍仮文

2013-07-05 18:06:32
S6927 @S6927

「勘弁しろよ元香(ユージニー)、杖のメンテをサボってたお前が悪いよ。眼鏡屋が保証すんのは12時間以内だってお前も知ってたよな?」 ライは肩を竦めながら、右頭部で露出している霊信機をチカチカさせる。導游を呼び出しているんだろう。 #九龍仮文

2013-07-05 18:07:19
S6927 @S6927

「……青蜂が八千元で十五分、グエン兄弟の悪い方が五千元で一時間だってよ。どっちか買う?」「冗・談ッ! それじゃ黒字殆どなくなるじゃない!」「そうだな、元香が端子腐らせちゃったからな」「マッピングくらい自前でやるわよ!」 #九龍仮文

2013-07-05 18:08:06
S6927 @S6927

思念入力で杖を起動、全ての感覚が少しだけずれて二重になった様な感覚になるのも一瞬の事。四時間前に端子を更新したばかりの霊媒機はとてもスムーズに魂魄と同調して、私の霊覚を強化する。視界が無色の靄で埋まるーー雑霊が濃いなあ。フィルタリングする。 #九龍仮文

2013-07-05 18:08:57
S6927 @S6927

補正機能のお陰で顕視と霊視のバランスを調えるのも一秒だ。「聴くよ」「任せた」 術式を選択、実行。私を中心に放たれた霊氣探知が絶え間なく反響して、圏内の氣圧分布を識閾上に描き始める。遠く迄は探れないけれど、氣の流れくらいは聴ける。 #九龍仮文

2013-07-05 18:09:41
S6927 @S6927

「大井路の方に流れてる。〈霊算講〉が何かやってんじゃないの? 結構強めだし、目標の〈衚衕〉も流されてるわねこれ……」「丹芯の手持ちは?」「術式維持して戦闘抜きなら四時間分くらい? ペイラインなら二時間あるかないか」 溜息。 #九龍仮文

2013-07-05 18:10:33
S6927 @S6927

「……行くか?」「……『金より信用』、退魔業者の基本だもんね」 私達は往復の距離が予定より大きく伸びそうな事に肩を落としながら薄暗い廃墟のより深くへ歩みを進める事にした。【退魔業者/幕】 #九龍仮文

2013-07-05 18:12:47

【妖物】

S6927 @S6927

〈妖物〉……排氣の澱みが凝って妖氣に変じ、それが物体(特に霊子製品)に残った微弱な霊質と交わる事で生じる妖類の一種。知識では知っていたが、目にするのは初めてだ。排氣酔いの影響でブレた現実感が更に危うい、油断すると天地が逆転してしまいそうになる。 #九龍仮文

2013-07-09 22:09:31
S6927 @S6927

ともかく、それは送霊線の束を撚り合せて作った不出来な人形という風だ。体高2m半程度、頭部に当たる部位はなく、胴体にはテレビモニタが埋まっていた。どこからどうやって受信しているのか、〈無弦法師〉のPV動画が映っているが、無音だ。 #九龍仮文

2013-07-09 22:10:11
S6927 @S6927

各部位から時折霊氣の火花が上がり、その辺りを形作っている送霊線が生物じみた膨縮を見せるせいで、肺呼吸をしている様に見えなくもない。無機物が精一杯に生物のフリをして、冒涜を試みている様なデザインだ。頭痛が酷くなる。 #九龍仮文

2013-07-09 22:10:58
S6927 @S6927

感覚器官に相当するものは見当たらないが、破壊した建材を踏んで通路に出ると、妖物はその異様を誇示する様にこちらを向いた。「中型か、余り良い状況じゃあないね」陰醫生の呟きに緊張感が籠る。これが無害な遭遇でなさそうな事は、俺にも理解できた。 #九龍仮文

2013-07-09 22:11:35
S6927 @S6927

「行くのか? 戻るのか?」 「退きたいね。でも、帰り道が行きしと同じだけ安全な保証もないよ」「この役立たず……」「返す言葉もないね。でも〈ここ〉じゃあ全てが気休めだ……気休めついでに救難信号を出してみた。近くに退魔士がいる可能性に賭ける手もある」 #九龍仮文

2013-07-09 22:12:13
S6927 @S6927

それに小陸、君は確か、湖北の山奥から出てきたのだろう? (そういう事かよ……) 頭痛と離人感で何処かに飛んで行きそうな正気を総動員して、俺は妖物に相対する。陰醫生はつまりこう言っている、『来るか来ないかも解らない助けが来る迄、お前が時間を稼げ』 #九龍仮文

2013-07-09 22:13:12
S6927 @S6927

右手を懐に差し、上着の裏に下げていた軟剣を抜く。左手は剣指を握る。排氣酔いのせいで自分の体重が半分しか感じられないが、それを精一杯体幹に収束させる。瞑目、調息。一つ、二つ。地面が揺れる、妖物が接近を開始したのが解る。未だ間合いは十二分。 #九龍仮文

2013-07-09 22:13:53
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