10周年のSPコンテンツ!
13
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
【ネタバレ注意】『けいおん!!』の最終回の話題の今だからこそ『ピューと吹くジャガー』の最終回の先駆性が光るな。あれも音楽を志す若者たちのモラトリアムだったが、連載九年目にして、主人公が実はもう27になっており、メンバーの一人は35歳でハゲになっていると判明するというものでした
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
『ジャガー』の最終回はちょっと不満があって、リアリズムを導入するネタでくるなら、一番最後はあれよりも、職安に通うところを書いた方がよかったのではないか
@nanari
.@naoya_fujita ツイートの「ネタバレ注意」って、目に入った瞬間に読みはじめているので間に合わないー!
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
『ピューと吹く! ジャガー』の方が『けいおん』より先に、音楽活動をしないだらだらしたモラトリアムを描いていたじゃないか! ただ、『ジャガー』は全編に、「どうせこいつらの夢は叶わないだろうし、暗い未来が待っている」という陰鬱さがあって、そこが結構良くて。他よりも暗いオチが多くて
@nanari
.@naoya_fujita いや、その回のジャンプ手にしてなかったのがいけないのですが。でも、その最終回興味深いですね。単行本楽しみです。
@nanari
ジャガーさんの造形がもろに『星の王子さま』だったこともあって、『ピューと吹く! ジャガー』のモラトリアムの問題は、幼児性や純粋さを巻き込んでなかなか切実に感じられたな。
@nanari
思えば、『ジャガー』は童話と現代的青春の、『武士沢レシーブ』は戦隊物の、そして『マサルさん』はジャンプ的バトルマンガの、それぞれの幼児性と純粋さを賭けて、モラトリアム空間を戦略的に開いていたのだな。
@nanari
その意味で、寺山修司の『星の王子さま』がいう「美しすぎる童話を愛読したものは、大人になってから、その童話に復讐される」のかという議論と、『ジャガー』の問題を重ねて読んでいたところがあった。
@nanari
むかし、こんなこと書いたような気もするな。ジャガーとポギーのポエム勝負を読みながら、「伝わらない言葉」が開くモラトリアム空間について考えて、そこに『マサルさん』の部員たちが「クリナップクリンミセス」を挨拶に選んだ理由を認める、というような文章。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
.@nanari それ興味深いですね。僕はポギーの詩はとてもすきなんですが、というかうすた作品に出てくる詩はなかなかいいと思うんですが、あの辺は詩の人々はどう評価しているんでしょうか? ポギーの一連の詩は、うすた詩の最高傑作だと思います。
@nanari
.@naoya_fujita 詩の人々が「ジャガー」について語っているのはほとんど見たことないので、ちょっと分からないのですが、あれは詩がいいだけじゃなくて、ポギーとジャガーの対話が詩論としてもすばらしいですね。
@nanari
ジャガーはポギーに、分かりそうで分からない世間の言葉じゃなくて、分からないはずなのになぜか分かる言葉を信じろと言った。そうして、伝わらないはずの言葉から、ジャガーとポギーの小さな共同体がはじまっている。おそらくクリナップクリンミセスも、部活という共同体を開く呪文となったのだ。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
.@nanari 「ポギーとジャガーの対話が詩論としてもすばらしい」とまでの評価が。。。。 読み返して、勉強してみます。ポギーの詩は、彼のシチュエーションと相互効果で面白いので、詩単体というよりは、漫画表現と詩の相互作用という点で評価した方がいい気がしますね。
@nanari
必然的なことではあるが、ジャガーと盟約を結び、その新しい言語の秘術を追いかけはじめたポギーは、ポップスターとしての立場から転落しつづけていく。その転落していく過程を、ジャガーは非情にも笑う。そしてその笑いが、ポギーのモラトリアム空間を相対化することで辛うじて現世に繋いでもいる。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
うすた京介は、『チクサクコール』に入っている、シリアスな作品のあまりにもナイーブなところとか、微妙に滑っている作品が多いとか、その辺りの二極化した資質の辺りはずっと気になっている。
@nanari
こうして、モラトリアム空間の快楽に、相対化の笑いの視線をもちこむことで批評性を生みだしているので、うすた作品はたんなる幼児性の礼賛になっていないのだろう。
@nanari
その意味で、『武士沢レシーブ』は戦隊物に同一化しようという人物たちの欲望が優位になりすぎて、相対化の視線が失われたところが一段劣るように思う。『マサルさん』のラストは、バトルマンガの枠組みが浮上するようにみえて、その枠組み自体を笑う視線が保たれていた。
@nanari
いまネタバレを読んだところだけで判断するに、『ジャガー』のラストも、バンド少年と童話キャラのモラトリアムを肥大させるのではなく、それを現実に叩きつける残酷だが批評的な笑いの力が見られたようだ。『改蔵』よりよさそうかな。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
.@nanari 詳細は書きませんが、仰るとおり、「星の王子様」ルックスのジャガーさんの「見かけ」が実は… という内容で、意図は明瞭ですね。『マサルさん』のラストほどの暴投ではないですが、内在的論理的には必然の結末だと思います。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
当時は、マサルさんのラストとか、幕張のラストとか、衝撃的な漫画の最終回が随分あった気がするが、最近はギャグ漫画でも暴投はあまりみなくなって残念ではある。『勝手に改蔵』も確かにちょっとがっかりした覚えがある。
@nanari
いや、現代詩人ではカニエ・ナハさん(@naha_kanie)が、うすた京介作品が好きとおっしゃっていたような。ジャガーさんとポギーさんの対話について話してたのですが、どうでしょうか。などと、突然のむちゃぶりんこですみませんが。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
『ピューと吹く! ジャガー』について歩きながら考えてたんだけど、基本的に夢のあるビルドゥングス・ロマンを与えるものであった少年漫画で、「夢を追うと叶わなくて駄目になるけどやり過ごせ」っていう作品だよね。その辺りの毒が本当にひどいと同時に、同時代性を感じる。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
印象的なキャラクターが作品を象徴している。ポギーは、売れっ子スターだけど、やりたいことを追及して没落、迷走。ジョン太夫は、悲惨な現実を「悪いことがあればいいことが起きる」という幻想の世界に閉じこもって見ないようにしている。ビューティー田村は駄目な現実をアニメ的に美化してやりすごす
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
ハマーはヒップホップをやろうとしているが、実質は26の駄目人間。ハメ次郎は会社を首になって笛職人になり、実家は飢餓状態になり、毒キノコを食ってラリってやりすごす。ビリーは音楽を諦めて公務員目指して挫折、お笑いも目指して挫折。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
ギャグ抜きで登場人物を書き出していくと、社会反映論的にマジで鬱になる話だよな、これは・・・
残りを読む(1)

コメント

佐藤孝司 @koji_0228 2011年3月3日
これは興味深い考察
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする