どうするんだよ、ソクラテス!!!!【古代ギリシア文献二次創作】

※このお話は二次創作です※ ※創作物ですので学説などに一切使わないでください※ ※妄想です※ 投獄されたソクラテスにクリトンが話しかけてくるあのシーンを二次創作。 続きを読む
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去年かくらいの倫理学の授業で提出したレポートです。
またその授業ではこちらの本をテキストとして用いました:

 ギリシア哲学と言えば――――――もはや当たり前ながらに繰り返し歌い上げられるものが、「善」である。…というのも、ギリシア哲学界でセンセーショナルを起こしたギネス級無知(?)ことソクラテスが「善く」生きることを人間の倫理の目標と掲げたがためなのだが、このソクラテスは、まさにその「善く」あろうとすることを徹底した人生の人間だっ
た。己自身はさしてなにかを知っているそぶりもせず、ただ対話によって出会うことを通して、知への意識の改善を手伝い続ける。神にまで認められた精確な無知を、振りかざすことなく丁寧に確かめ、確信し、それを国家のために終生つくし続け、国家に裏切られようとも彼自身は一切報いることなく、己の善の信念に従い死刑を選ぶ。
 ハッキリ言って今マネできる行動だとは到底思えない。というのも、現代においては生きるうえで最高の価値観、といえるものが多様化ゆえに存在せず、良かれと思った行動も世間の反発を食らったり、なんてことが多々あるわけだから。…いや、人間個々に関して考えるなら、もともと多様で意見も違う中、ひとり己の善行にここまで忠実だったやつは他に類を見ないと思う。
 しかし、それにしてもどうだろう…?彼はそのようにして人生を終えたけど、しかしそれで本当によかったのか?もしかしたら死刑で死ぬよりもこちらのほうが益しだったりしないだろうか?時々そういう風に思わせる、最後の分かれ道的な議論が、プラトンの著作の中にある。それが「クリトン」である。

「クリトン」は「ソクラテスの弁明」でソクラテスの死刑が決定したあと、死刑執行の日がくるまでの牢獄での友人クリトンとの議論が記録された著作である。当時の牢獄はクリトンのように、獄舎にやってきて面会することがより自由であったらしく、それを利用してなんとかクリトンがソクラテスに脱獄を説得しようとする、のがこれの大まかな粗筋となる。
 ただ、その計画は当然ながら、失墜する。ソクラテスの拒否する意見に、逆にクリトン側が説得されてしまうわけである。かくしてこの著作は幕を閉じるわけだが、しかし、僕の中には「あれ・・・?」という疑問がわいてきた。
 そもそも、ソクラテスは神にまで認められるほどの善行だけをしてきたのだ。なのに、あのメレトスらのような悪法利用者の言うことに従って死んでしまう。「悪法も法なり」なんて言葉がクリトン関連でよく言われるが、しかし、もしかしたら脱獄したほうがよかったのではないか、といえるような議論を、クリトンはあのあと絶対できない状況だったかどうか、という妙な疑問を抱いたのである。
 そして、お風呂の中でクリトンのテクストを思い浮かべていたとき、ある閃きが過る。

「もし、クリトンにニーチェが取り付いてたらどうなるんだ?」
…まったく持って奇異な発想である(笑)。しかも、なんでよりによって近現代思想の代表者を古代哲学者の友人に憑依させようなどと考えたのか。正直言って片腹痛い話である。
しかし、この発想にはちゃんと根拠はあった。なにせニーチェは「神は死んだ」と言い放った当人である。ここでの「神」というのは、何も信仰対象としての偉大なる神だけをささず、善やら理性やら自我やら、世の中で一番とされてきた価値のことを代表した表現といわれ、それが死んだ、と言い放ったということは、「もっともな価値観が実はなく、人はそれぞれの価値観で生きている」ということを思想として確立した、ということが可能なのである。ソクラテスのような「これこそ最高の善だ」と言い張る哲学を、破壊してくれる、ひっくり返してくれるのはまさにこのような価値観転倒の達人、ニーチェ様しかいないのではないか、という心持があったわけである。
そこで、僕の想像の中で、「もしあのあとクリトンがちょっと待った、と再び議論を再開させたら、そのときニーチェが乗り移っていたらどうなるか」というのを、ここで考察してみたいと思う。

さて、原作著書の最後の一こまで、ソクラテスはクリトンにこう言った。
「だったら出ていってくれ、クリトン。これが神の思し召しなんだろうから、それに従うことにするよ。」
議論の決着が着いて、クリトンが論破され、ついぞソクラテスが死刑を待って獄舎で目をつぶろうとしたそのとき。クリトンが獄舎を去ろうとしたそのとき。ニーチェが突然(?!)クリトンの心に乗り移ってきて、クリトンはこれはいかん、と突然振り向いた。
「ちょっと待ってくれ!ソクラテス!議論はまだ終わってない!さっき論破された3つのことについて、もう一度よく調べなきゃいけない!」
ああソクラテス、せっかく落ち着いて腰下ろせると思ったところで、びっくりして起き上がってしまう。でも、まぁ友人がこれだけ驚いてくれたんだ、何か重大な理由があるに違いない。
「さきのことで君が死ぬべきと決まったかもしれないが、この議論が中途半端だったら君も納得がいかないだろう。善悪を本当によく考えるには先があると思うんだ。もし不条理だって答えが出てきてソクラテス、君が実はあくをやっていたと気づかずにしんでしまうのは、君自身が望まないでしょ?」
「…え、まだ終わってなかったか!クリトン、君は最高の友達だもの、きっと本当によく考えた上でそう訊いてくれていると思う。これはこれは、僕も気づかない善をまだ一緒に探してくれるのか、これはありがたい、こうしちゃいられないね、もう一度議論しなければ。」
かくて、クリトンはソクラテスをたたき起こすことに成功し、もう一度、議論の整理を始める。
「ソクラテス、さっき僕は、君に脱獄してほしい理由を3つ挙げた。

①君が死ぬことで、僕がとても災悪を被るんだってこと。
②君が脱獄するためなら何でもするし、そのための遠慮なんて要らない。
③君みたいな善人が死刑を選ぶなんてやっぱり間違っている。

…というふうに理由を列挙して、僕は君に、

①感情に流されるより、最も優れた議論の結果に従うべき。
②人々の意見には優劣があり、一番重視すべきは専門家の意見だ。
③ただ生きるより、「善く生きるべき」だ。
④どんな場合も、不正はよくない。で、法律に反することは不正だから、悪法でも従う。
…とまあ、こんな調子で論駁し、見事僕はその議論に論破されたわけだ。」
「そうだね、クリトン。」
「ただ、今僕はこのまま君が議論を終わり、と思ってしまうのが怖い。だって、それは君が今質問があるかないか、あえて確認したように、もしかしてまだ議論すべきところがあったら、それを僕が見逃したってことになって、君も嫌でしょう?」
「うん、そうだね、クリトン。お心遣いうれしいねぇ。」
「でね。そうしたほうが善く生きられるわけだよね。だから、今この死ぬ寸前まで、ソクラテスには善く生きてほしい。だから、まだ僕は議論をやめちゃいかんと思うんだけど、どうだろう。」
「それはもっともだ、偉大なる朋友のクリトンよ。さて、議論を始めたまえ。」
「ありがとう、ソクラテス。いまこうして議論できることで、①最も優れた議論を途中でやめなくてすむし、③よりよい生き方を探せるかもしれない、んだ。」
 

 とまぁこんな感じで、クリトンはソクラテスに問答を嗾けるわけである。さて、どんな問答、いや議論になるのか。
クリトン「いまこの議論の有効性である①、③は議論自体によって確認された。問題なのは、残った二つなんだ。②専門家の意見の優先、④不正はよくないから、法には逆らわない、の二点。この二つのソクラテスの答えについて、よく考えてみたいんだけど。」
ソクラテス「おぉ?うん、いいよ。まさかあれにまだ続きがあるなんて、忘れてたとしたら僕は相当年老いてきてるんだなぁ。まったく、老いは仕方ないやつだよねぇ」微笑を浮かべながら感心するソクラテス。
ここでクリトンはこう問いかける。
「君が言うことには、専門家の意見こそ優先すべきなんだよね。」
「そうだよ、クリトン。」
「それは僕も大賛成なんだ。人によって意見はさまざまだが、意見には質のよしあしがある。そして、その質はそれぞれのことがらについての専門家、つまりちゃんとそのことについて正しく知った人の言うことを聞いたほうがいいんだ、ってことは。」
「それは二人で確認したとおりだね、ソクラテス。」
「で、前の議論ではどんな専門家が前提だったんだっけ。」
「アテナイの大衆よりも、例えば、法律の専門家とか、そっちだったかな。」
「そうなるね。でも、こう考えてみてほしいのだ。家族や友達の思いに関する、専門家は誰だろうか。」
「思いの専門家?」
「確認するけど、体操とかで、従うべきは体操の専門家、ていう図式だよね。」
「そうだったね。」
「で、君が死ぬと、僕は君の周囲の人も悲しませる、という心配を僕の論点①でしたわけだけど、ここで、民衆の反発を食らう、っていうところに関しては君の言うとおりに論破されている。」
「そうだった。」
「でも、それでは君の身内はどうなるだろうか。君という人の人生の善し悪し、君の気持ちの善し悪し、の専門家は誰になるのだろうか。」
「君、つまりクリトンとか、かな。」
「僕をその専門家に?それはうれしいね。でも、此処で僕が取り上げたいのは、君と実際に議論をし、問答に触れてきた多くの人々だ。」
「ほぉ。」
「で、彼らの意見、は大衆の意見よりも少なく、そしてかつ、より君のやってきた活動、そして功績により詳しい、すなわち専門家、ということはできないか?」
「それ、かなり一時的な専門家じゃないか。」
「でも、大衆の意見ではなく、なおかつより正しい意見ではないのかい。多くの人々は、君の行いを邪教の布教乃至青年たちの腐敗、あるいは、最近の劇にもあったろう、『雲』に出てきたように、自然学を教えて神への信仰を損なわせる男としてのソクラテス、それが大衆の意見であったが、君と議論して君を知っている人は、君がそんな不正を行うような男ではなく、寧ろ神に使わされた虻として人々に無知という知恵を教える、という目的を持って行動をしている男であるということは。」
「そうだね。」
「そのことについて、わかっている専門家は、きっと、君が死刑になることは、一つには僕の悲しみは勿論、君と議論して無知の知恵に目覚めたすべての人々の悲しみを生むことになるだろう、と、こういうものになるだろうね。君が僕たちを、半ば捨てていく、そういうことになるんだよ。」
「あらまぁ。なんてことだい、クリトンよ!」
「これは大衆の意見に流されるわけだとは考えにくいしね。しかも、以前弁明のときだって、君が死ぬべきかどうか、国民に聞いてみたら、票数で君が死ぬほうの意見が多かったじゃないか!!つまり、大衆に従うとなるときみを死なせるべき、となるんだ。より少なく、しかもその少数のうち、専門家だったのは、僕たちや専門家たち、君を知っている、即ち『君自身についてよく知っている専門家』だ。そして、その専門家に、君は反した判断をしていることになってしまう、ていうことなんだけど、異論はあるかい?」
「おぉ~っと。これはこれは、見落としてたかもしれない。」
あらま、ソクラテスが言ってた、②人々の意見には優劣があり、一番重視すべきは専門家の意見だ。という意見が、まったく別の結果を導いてしまったではないか。

しかし、クリトンの反撃はコレだけにはとどまらない。④どんな場合も、不正はよくない。で、法律に反することは不正だから、悪法でも従う。…ここにも、同じ意見を使いながら、クリトンは反撃する。
「それと、もうひとつ。何度も僕たちが心がけ、繰り返してきた言葉…よく生きること…これは、確かだね?」
「当然だよ、クリトン。」
「だから、④どんな場合も、不正はよくないんだよね?」
「ああ、よくない。」
「で、君は悪法でも従おう、と、こう心に決めたわけだね。」
「ああ、今でも緩んでない。」
「でも、君は問答によって今まで人を更正させ続けることが、アテナイに使わされた一匹のアブとして、善な行動だったんだよね?」
「そうだ。無知を自覚させることが僕の仕事だった。」
「途中でやめて、よかったの。」
「それよりも、法律だよ。法律に従うことが、正しいから今こうしているんだよ。」
「しかし、どうだろう。ソクラテス、君は国に尽くすつもりでその活動をしてきたのに、それを裏切られるんだ。しかも、裏切っているのは実質、国法ではないよね。君が裏めったらしい、メレトスらのほうだよね。実質、君が従っているのは、国法じゃあないとおもうんだ。」
「え、そうきたか、クリトンよ。」
「君は、国法には従っている。というか、君も多分、自分を生み、かつ守ってくれたアテナイの国法ってものが、まさか悪法なんて、少しも思ってないでしょ?」
「思ってないね。」
「つまり、その法が悪法でも、というよりは、そも国法に従うのがただ正しいから、ってだけなんだよね?」
「そうだよ。」
「君がほんらいからして、アテナイのために、青年の無知を自覚させる仕事をせいぜい続けてきて、それでもってメレトスの恨みを買って、その結果弁明になり、得票数でも君が死ぬほうに軍配が上がった。」
「そう。」
「でも、法律は、もしそれで正しいほうであるはずのソクラテス、君のほうにあと数票行っていれば、話は違ったんだよね?きみは投獄されなかったかもしれない。だろう?」
「そうだった。」
「ということは、今君は、国法に従ってここにいるんじゃない。すなわち、恨んだメレトスの命令に、従ってることになると思うんだ。」
「まぁ…間接的だけどそうだろうね。」
「で、それこそ国法さ。国法が生きた人間になって現れたら、ほんとうはメレトスのほうが間違っていた、ていうことを自分で知るだろう。なのに、自分の書いた言葉がメレトスにいいように振り回されたことを知れば、がっくりくることは請け合いだろう。」
「そのとおりだね。国の気持ち、てそういうことだろうね。」
「なのに、君は国法の言葉を利用した、メレトスの言葉に従っている。違うかい?」
「その筋で行くと、そういうことになる。」
「それにね、そういうことだとすると、君が死んだほうがいい、っていう大衆のほうが多かったんだよね?これのことも踏まえると、君は法律には、実際従えてなかったことはおろか、知らず知らずのうちに大衆の言うとおりにしてしまう、って言うことにもなるんだ!そう、僕たち専門家の意見もまた無視して、ね。」
「おお、これは!!」

…なんということだろう。ソクラテスが今しがた議論で結論したことが、ちょうどまったく同じ理由で、まったく別の正解を導いてしまったではないか!!
…つまりは、そういうことなのだ。ソクラテスが立てた問いは、その見方を変えてみることで、まったく逆の答えをも安易に導けるようにできていたのだ。
では、クリトンが今伝えたとおりにすべきなのか?それは早合点というもの。
「あのね、ソクラテス」
「なんだい、クリトン」
「僕の問いは、まだ終わってない」
「おお、それはそれは。」
「最後の問いだよ。君が最初議論したように、君は、さっきも行った4つの理由から、ここにとどまることを決めた。そして、今の議論では、まったく同じ4つの理由から、ここから脱獄したほうがいい、という結論が出た」
「・・・そういえばそうだ!!なんということだ、そんなことも僕は見逃してたのか。クリトン、君が友達ってすごい幸せなことなんだろうね」
「問題は次だ。この二つのうち、どちらをとるべきだろうか?僕は、この先のことについて、僕に取り付いたダイモニオンはこう話すんだ。」

"お前が国法にわざわざ従おうとするのは、お前が従わないと嫌だと思うやつにたいする、おまえのねたみ嫉みなのだ。だから、お前はよく生きようとしているというよりかは、よく生きるという言葉のもとで、よく生きられないやつに対して嫉妬しているんだ”
…って、ね。」

「なんてことを!クリトン、そいつは多分悪霊だ、早々神殿に行って取り払ってもらったほうがいいよ。なぜかといえば、同じことは君の結論にも言えるだろう。君が法律にまで反してがんばって僕を救い出そうとするのは、メレトスたちがうらめしいから。そして、もし君が僕だとして、その判断をする理由は、今のこのぼくのような、馬鹿みたいに法律に従おうとする人間の生き方が、たまらなくうらめしいから、とこういうことになるじゃないか!!」
「そう、そここそが、僕の一番のわからないところなんだよ、ソクラテス。君は、死に間際、一番最後の、善と悪の彼岸で、僕と話をしているんだよ。ソクラテスよ、君は、どちらを選ぶの?」

・・・もし、こんな風にクリトンニーチェに話しかけられたら、ソクラテスは、迷わず死刑を受け入れられるだろうか。・・・この先は、いくつもパラレルな展開が予想されるが、ここからさきは、あえて伏せておく―――いや、結論を保留しておくこととしよう。なぜなら、それがソクラテスのこの後の人生を決め付ける学説として扱われてしまうなんてことがあったら大変だし、しかも、そもそもソクラテスは、一度も自分の本を、書いたことが、ないのだから――――――――――――――