渡邊芳之先生ynabe39の「差別の問題について「自分が差別していないものだけが石を投げよ」にしてしまったら誰も何もいえなくなると思う。」

そもそもなにかの差別に反対するためには「自分は差別していないこと」が前提となる,という考えが間違いなんだと思うよ。 by 渡邊芳之
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渡邊芳之 @ynabe39

千の風になって。

北海道帯広市 · twilog.org/ynabe39

渡邊 芳之(わたなべ よしゆき、1962年4月22日 - )は日本の心理学者。帯広畜産大学人間科学研究部門(人文社会・体育学分野)教授。博士(心理学・東京国際大学)。 佐藤達哉、尾見康博との共同研究を中心に心理学論、心理学史、人格心理学や血液型性格分類の批判的検討などの分野に論文・著作を持つ。趣味はレコード蒐集。
http://ja.wikipedia.org/wiki/渡邊芳之

渡邊 芳之 -帯広畜産大学-
http://www.obihiro.ac.jp/ichiran/watanabe_yoshiyuki.html

 

渡邊芳之 @ynabe39

われわれはなんとなく「自然な気持ちは善である」と信じているから、自然な気持ちの善性を疑うようなことを言われるとものすごく不快になる。

2013-07-06 06:35:47
渡邊芳之 @ynabe39

「賛成するかどうか」と「事実かどうか」を区別しないのはごく普通。事実と認めたら賛成と思われるし、反対するなら「事実でない」と言わないといけない。

2013-07-06 06:38:44
渡邊芳之 @ynabe39

俺は「金で買えないものはない」のは事実だと思うが、そのことに賛成はしないね。

2013-07-06 06:39:38
渡邊芳之 @ynabe39

これも「金で買えないものはないなんて嘘だ」と言わないと「渡邊は金で買えないものはないのがいいと思っている」と読み取られる。

2013-07-06 06:44:06
渡邊芳之 @ynabe39

だから「現状がそうだと認めてしまうとそれを批判できない」というおかしなことになる。

2013-07-06 06:45:10
渡邊芳之 @ynabe39

そういう「よい差別」は差別と呼ばないことになってるんですよ。 RT @sankakutyuu: 全く違う。そもそも差別が存在しない社会は全く住み良い社会ではないし望ましい社会でもない。

2013-07-06 06:47:18
渡邊芳之 @ynabe39

「悪いことだが現にそうなっている」とか「よいことだが現にそうなっていない」という認識は認知的不協和だから「現にそうなっていることはよいこと」「現にそうなっていないことは悪いこと」というふうに不協和低減してしまうことはあると思う。

2013-07-06 06:55:43
渡邊芳之 @ynabe39

もちろん「現状のほうを変える」という不協和低減方法もあるわけだが,それは(認知的にだけでなく現実的にも)負荷が大きすぎるのだろう。

2013-07-06 06:56:22
渡邊芳之 @ynabe39

「論者」とか「主義者」という言葉はもともと「誰かの思想を単純化する目的で使われる言葉」なので。 RT @RawheaD: 俺は「差別撲滅論者」じゃないので、俺の思想を単純化しているのはどちらでしょう、としか言いようがない。

2013-07-06 06:57:03
渡邊芳之 @ynabe39

ただ行動遺伝学などで「知能その他の能力の遺伝規定性の大きさ」がはっきりしてくると「メリトクラシーは差別ではない」とも言いにくくなるのではないかと想像している。

2013-07-06 07:08:47
渡邊芳之 @ynabe39

行動遺伝学は知能や性格の遺伝規定性を明らかにすると同時に「知能については初期の家庭環境や社会資源の影響が大きい」「性格については家庭環境より学校など外部の社会的環境の影響が大きい」ということも明らかにしている。

2013-07-06 07:12:36
渡邊芳之 @ynabe39

「生まれつきと生まれた家で大きく決まってしまうもの」による序列化が社会の基礎になっている,ということをどのように「倫理的」に肯定できるのか。

2013-07-06 07:13:28
渡邊芳之 @ynabe39

まあ「現状に合わせて倫理が決まる」ということになるのか。

2013-07-06 07:13:52
渡邊芳之 @ynabe39

「倫理的には正しくないが,それを廃止すると世の中がいまのようには動かなくなってしまうようなものについて,それを倫理的に批判するということがどこまで可能か」ということはたとえば動物の権利の問題などでも常に問われることだ。

2013-07-06 07:15:55
渡邊芳之 @ynabe39

多くの人は「容姿は生まれつき決まってしまうけど,学力は努力で変えられるから」というわけですが,行動遺伝学によってそれが否定されたら。 RT @daihiko: 学力で序列化することと容姿で序列化することに何の違いがあるのだろう。

2013-07-06 07:16:52
渡邊芳之 @ynabe39

そもそもなにかの差別に反対するためには「自分は差別していないこと」が前提となる,という考えが間違いなんだと思うよ。「自分も差別してるけどその差別はダメ」というなら島本さんにも文句はないと思うんだ。

2013-07-06 07:19:42
渡邊芳之 @ynabe39

「健常者に集中的に…」 RT @daihiko: 「学力の高い人に集中的に知的資産を投資することで、学力の低いひとの福利も向上する」というのはどのくらい正当化できるかなあ。

2013-07-06 07:20:13
渡邊芳之 @ynabe39

比喩に過ぎないことを同じことのように言ったり,比喩ではないことを比喩だという人が多いところを見ると「比喩」という言葉にもさまざまな意味があることがわかる。

2013-07-06 07:23:15
渡邊芳之 @ynabe39

私が「よい暴力が暴力と言われないのは,よいいじめがいじめと言われないのと同じだ」というとき,これは「じっさいに同じ構造である」と言っているのであって「比喩」ではない。しかしこれに「暴力をいじめに喩えるのはおかしい」と言ってくる人がいる。

2013-07-06 07:24:48
渡邊芳之 @ynabe39

「センター試験対策的思考」ですw。 RT @sintach: @ynabe39 「〜なものはない」と言われたら、何としてもいちゃもんを付けたくなります。

2013-07-06 07:25:14
渡邊芳之 @ynabe39

差別の問題について「自分が差別していないものだけが石を投げよ」にしてしまったら誰も何もいえなくなると思う。

2013-07-06 07:27:30
渡邊芳之 @ynabe39

「誰が言っているかではなく何を言っているかで判断すべき」みたいな理念は大好きなくせに実際には「お前が言うなw」みたいなことばかり言っている,というのがデフォルト。

2013-07-06 07:33:32
流人光宏 見習い竹剣士 @lightningmitchy

○×は正義、とか、イケメソに限る、とか肯定句も日本語には用意されていますね。 RT @ynabe39: 「誰が言っているかではなく何を言っているかで判断すべき」みたいな理念は大好きなくせに実際には「お前が言うなw」みたいなことばかり言っている,というのがデフォルト。

2013-07-06 07:35:03