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丸山天寿さん@tenjumaruyamaの「【季節の言葉】ー「行水=ぎょうずい」-盥に水や湯を注ぎ手軽な湯浴みをして夏の汗を流すこと。」

「行水」の字は本来仏教用語で、仏に祈ったり仏事を行う際に身を洗い清めること。(ただし、日本には神代の昔から、水で身体を潔斎する習慣はあった)単に手を洗い、口をすすぐ行為をさすこともあった by 丸山天寿
tenjumaruyama 行水 丸山天寿
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丸山天寿 @tenjumaruyama

古本屋。田舎の物書き。郷土史研究者。 ほらふき爺と呼ばれています。怪しい物・伝説・言い伝え大好き。強い視力障害があり全てのツイートが読めずに、よく誤字、脱字やツイートの見逃しをやらかします。体調の関係で午前中のわずかな時間しか呟きません。ご容赦下さい。アイコンはイラストレーターのイクタケマコト ‏先生に描いて頂きました

http://t.co/0yQbMhWrhC

日本の小説家、推理作家。長崎県生まれ。

高校卒業後、陸上自衛隊勤務を経て、古書店を開業。 ライフワークである邪馬台国研究を進めるうち、自身初の小説となる『琅邪の鬼』を着想。視覚障害を抱えつつも執筆を進め、 2010年6月、『琅邪の鬼』で第44回メフィスト賞を受賞しデビュー。
http://ja.wikipedia.org/wiki/丸山天寿

丸山天寿 @tenjumaruyama
【季節の言葉】ー「行水=ぎょうずい」-盥に水や湯を注ぎ手軽な湯浴みをして夏の汗を流すこと。「行水」の字は本来仏教用語で、仏に祈ったり仏事を行う際に身を洗い清めること。(ただし、日本には神代の昔から、水で身体を潔斎する習慣はあった)単に手を洗い、口をすすぐ行為をさすこともあった→
丸山天寿 @tenjumaruyama
藤原定家公の日記「明月記=1198年」に「朝行水、念謡の後角殿に参る」などと書かれている。庶民の間に広がるのは随分後で、江戸期に宗教的な意味合いから離れた行水が行われた。生活風景として浮世絵などに多く描かれている。もちろん女性の行水姿が主で、単なる生活風景画以外の意味もあるが→
丸山天寿 @tenjumaruyama
風呂を満たすほどの湯を得難い時代、女性は少量の湯水を盥に入れて下半身を漬け、手桶で肩から水を流したり手ぬぐいで体を拭ったりした。その姿は艶っぽいものである。男性の場合は盥の外で褌一つの裸体に水をかける場合が殆どで、色気はない。吉川英治先生の「貝殻一平」に男性行水の描写がある →
丸山天寿 @tenjumaruyama
私の子供時代、内風呂のない家が殆どで、行水は田舎では普通に行われていた。隣家とは随分離れている農家だから、別に囲いもしなかった。とは言え若い女性の裸身が拝めるというので、若者がよく覗きに来た。ある家で親父が鍬を持って追い回していたが、娘はその男と結ばれた。世の中のことは分らない→
丸山天寿 @tenjumaruyama
社会の近代化とともにインフラも整備され、内風呂のある家が普通になり、銭湯も減り行水は全く見かけなくなった。幼児の水浴びは見かけるが。女性の艶っぽい姿が消えるのは哀しいことである。 「行水や戸板の上の涼しさに 推然 「行水の捨てどころなし虫の声 鬼貫

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