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佐藤誠市氏によるナムコとファミコンと特許

「ボスコニアン」の企画をはじめ数々のナムコのゲーム作品に関わった佐藤誠市氏が、上村雅之、細井浩一、中村彰憲「ファミコンとその時代」をきっかけに、ナムコとファミコンについて貴重な話をツイートされています。 ファミコン30周年ということもあり、 http://togetter.com/li/530826 とは別にまとめてみました。
ゲーム ナムコ ファミコン ナムコット 裏話 ゲーム史
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佐藤誠市 @SugarSeisan
アシアナ機事故。サンフランシスコ国際空港のILSが改修中で使えなかったらしい。これが使えれば私でも着陸は簡単にできるのだが(ウソ)。でもフライトシミュレータゲームをやってきた身にとってはILSの有無は大違い。第二次大戦時のレシプロ機は速度が遅いから着陸が簡単そうだと思ったら大違い
佐藤誠市 @SugarSeisan
XBOX360用『蒼の英雄』で着陸に何度失敗したことか!なるべく速度を落とそうとエンジン出力を落とすと、揚力がなくなり滑走路の手前で着地しそうになる。そこでちょいとエンジンを吹かせてスピードをあげ機首も上げる。すると尾部が地面にあたりバウンド、よくてもコースアウト悪いと一回転。
佐藤誠市 @SugarSeisan
なんか今回の事故もこれと同じような原因の様な気がしてきたが、実際の所どうなんだろう?やっぱりフライトシミュレーションとはいえゲームだから実際の挙動とは違っているのだろうか?ましてや相手は巨大なジェット機、全然異なる原因だったのだろうか?ブラックボックスのフライトデータを見たい。
佐藤誠市 @SugarSeisan
ブラックボックスのフライトデータなんて言うものは公開されないんだろうな。公開されたらフライトシミュレータゲームにデータを喰わせて挙動を再現させるなんて遊びが流行りそうだ。どこの会社のフライトシムのエンジンが現実の挙動に近いのかなんて競争が起こるかもしれない。不謹慎か?
佐藤誠市 @SugarSeisan
さてこれからが本題。上村雅之ら著『ファミコンとその時代』読書中。資料2「サードパーティ参入年度と年度別タイトル数の推移(国内)」が興味深い。ファミコンのタイトル数ROMに限ると任天堂51本に対しナムコ82本!そりゃあ任天堂はナムコに対して腹を立てるのもむべなるかな。
佐藤誠市 @SugarSeisan
原因は86年に任天堂がDISKシステムを出してこちらに力をそそいだからだ。その後任天堂は毎年2・3本しかROMソフトを出していない。89年なんか任天堂は1本、片やナムコは16本も出している。こりゃ嫌われる。任天堂がやるべきパブリッシャーの役割をナムコがやっていたわけだ。
佐藤誠市 @SugarSeisan
で、このあたりで任天堂とナムコの喧嘩が始まり米国でも代理戦争が発生する。そのせいか米国でのNAMCOの参入はUbisoftと同じ最後発の93年しかも2タイトルのみ。私もこの喧嘩に巻き込まれ、NESのセキュリティチップの特許を無効にする資料集めなどをやっていた。
佐藤誠市 @SugarSeisan
この本ではそういった特許がらみの話しもして欲しかったのだがあまりないのが残念だ。十字キーの特許を取っていたらライセンス料でうはうはだったかも、でもその場合は誰も使わないかもしれないなどという記述があった。十字キーについては機構部の実用新案が出ていたのであるが、セガと揉めたっけ?
佐藤誠市 @SugarSeisan
実は十字キーの実用新案は考案者の横井軍平氏の名前が入っていない。これは出願の手続きが面倒くさいので他の人にやってもらい自分の名前は入れなかったのだとご本人が何かに書いていた。私はその記事をこれ幸いとばかりにスクラップにしておく。というのも発明者や考案者の名前が違うと問題なのだ。
佐藤誠市 @SugarSeisan
要するに特許や実用新案の出願時にウソの記述があったことになり登録が取り消される場合があるのである。実のところこういったことは特許法をあまり知らない会社ではよくある。発明者を会社の社長にしてしまったりするのだ。丹念に発明者を見ていくと明らかにこの人が発明者?と気付くことがよくある。
佐藤誠市 @SugarSeisan
私はファミコンのスプライト表示回路がどのように設計されていったのかを知りたかったのであるが、これも記載がなかった。GPU開発のリコーが特許対策を含めてやったのだろう。後でファミコンのスプライト表示の特許を見たときにうまいこと特許対策をしているなと感心したものだった。
佐藤誠市 @SugarSeisan
あのころのスプライトといえばナムコのラインバッファ方式(勿論源流はアタリ)の特許があった。任天堂の業務用レーダースコープにもスプライトが使われていたが、私は怪しいと思っている。でも実際に調査したわけではないので特許侵害かどうかは不明である。だからひょっとしてファミコンもと思った。
佐藤誠市 @SugarSeisan
だが、ファミコンの特許公報の回路はラインバッファ方式ではなく別物であった。うまいこと特許逃れをしているなと感心したのであるが、リコーが主導権をとって回路設計したのであれば特許侵害を起こすようなまねはしないであろう。ただあの特許明細書の回路がダミーであるという考え方もある。
佐藤誠市 @SugarSeisan
要するにファミコンで実際に使われているのはラインバッファ方式であるが、それを見破るのはチップの中身を解析しなければならない。えさとして特許公報でこんなやり方ですよ、違いますよと公開するのである。これはこれですごい高等戦術なので参りましたと言うほかありませんが。
k @pd780c
FCはラインバッファ方式ではなくTMS9918に近い構成ですね。どっちかというと特許回避というより高速なラインメモリをオンチップ化するのが難しかったとかそういう理由のような気がしますが。 RT @SugarSeisan 要するにファミコンで実際に使われているのはラインバッファ方式
佐藤誠市 @SugarSeisan
そういえば今回ナムコットについてネットで調べたのだが「ナムコの家庭用ゲームのレーベル」としてしか記述がない。「株式会社ナムコット」についての記述が見あたらないのはなぜだろう?実際「株式会社ナムコット」などという会社は無いという書き込みも見られた。いやあったのですが。
佐藤誠市 @SugarSeisan
社長はギャラクシアンの沢野さんだったと記憶しています。当然家庭用ゲームソフト(MSXが始まりかな)のレーベルが最初だったのですが、その後に会社名として使われファミコン終了と共にひっそりと消えました。任天堂との喧嘩の結果の鬼っ子という生い立ちが誰にも知られていない原因でしょうか?

※株式会社ナムコットは2002年に株式会社ミルに吸収合併されているとのことです http://www.bandainamco.co.jp/ir/result/pdf_namco/03_c.pdf


佐藤誠市 @SugarSeisan
「株式会社 ナムコット」の件。ナムコ社員でも知らない人が多いようだ。勿論会社が無くなって入社してきた人は知らないのが当たり前だが、古手の人でも知らない人がいるようだ。いわゆるペーパーカンパニーなので仕方ないか。資本金があって取締役3人いればOKというやつだ。社員もナムコからの出向
佐藤誠市 @SugarSeisan
なんでこんな会社を作ったかというと、任天堂との喧嘩の結果である。なぜ喧嘩をしたのかというと早い時期に任天堂とファミコンソフトの契約を行ったナムコはそれ以降の会社と比べて優遇されてきたのである。許諾料の低さは勿論、自社でカートリッジ(ROM)の生産を行えるのである。
佐藤誠市 @SugarSeisan
ナムコ自体は工場がないのだが、安く作れる工場を見つけてくればそれだけ利益が増えるのである。そのためのリスクも当然あるわけでカートリッジの形状を任天堂のものとは異なるようにしたのは単に差別化しただけではない。任天堂のカートリッジは意匠登録がしてあるので抵触しないようにしたのだ。
佐藤誠市 @SugarSeisan
その優遇措置のなかでも最大のものは年間の販売タイトル数を自由に出来たということである。しかし、再契約の時に他社並み年間タイトル数の上限を決められそうになった。それで裁判沙汰になったわけである。独占禁止法的にどうなのよということである。結局の所ナムコは折れて和解の道を選んでしまう。
成澤大輔 @Abingdoni_Nari
@SugarSeisan IさんがCSの課長だった時代の話ですね。懐かしいというには生々しすぎるあれこれを思い出します。
佐藤誠市 @SugarSeisan
1社での年間販売タイトル数が決まってしまったナムコはどうすればいいのか?自社開発のソフトを出すだけならそれでも良いが、パブリッシャー的な役割をしてきているのである。パブリッシャの役割も重要である。結果論になるが『クインティ』がナムコから販売されなければ『ポケモン』はどうなったろう
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