第六十一話:パーツ 第六十二話:『もう、いいよ』 第六十三話:縁の神
- C_N_nyanko
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これは僕が、中学生の頃の話だ。 理科室に人体模型があってね。例に漏れず不気味なやつだった。嫌な存在感があってさ。 さて。その日僕は実験の後片付けをしていた。 放課後の理科室って、妙にシンとして不気味だろ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:17:13嫌だなぁと思いながら作業していると、突然、ガタリと物音がした。 思わず身をこわばらせると、笑いながら友人がひょいと顔を覗かせたんだ。 「手伝ってやろうかと思ってきたんだ」 「なんだ、驚かせるなよ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:17:29ほっと息をつくと、そいつは闊達に笑った。それで、二人で作業を終わらせて帰ったんだ。 当然、人体模型の話になる。 「あいつ、不気味だよな」 「そう?」 そいつはにやりと笑った。 「俺は好きだよ、似てるからな」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:18:17「似てるって、何に」 「俺に」 「え?」 そいつは少し笑って、ほら、と背中を見せた。 僕は目をしばたかせる。 「なにこれ、チャック?」 「そう、俺のチャックなんだ」 そいつは、自分の背中に手をかけた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:19:00「こいつを引くとね、簡単に腹が開くんだよ。体のパーツも、簡単に取り外せる」 「やめなよ、冗談でも気色悪い」 思わず顔をしかめると、そいつは途端真顔になって言う。 「コイツで開いちゃ、いけないのかい?」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:20:28「だって、取り出せるんだ。しょうがないだろう?」 ほら、とそいつは、いつの間にか手にしていた赤いものを突き出した。 プラスチックのような光沢、だけれど、確かに脈打っている。 「心臓だって、取り出せるんだ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:21:24僕は恐怖で動けなくなった。悲鳴すら、こぼれない。 なんなんだ、これは。 恐怖のあまり意識を失いそうになった、その時。 後ろから肩を掴まれた。 はっと我に帰って振り向くと、友人が怪訝な顔で僕を見ていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:23:57「どうした、大丈夫か」 「うん……」 どっと嫌な汗が吹き出した。 「ありがとう」 言って、恐る恐るそいつの背中に手を伸ばし、撫でるのもどうかと思ったので、代わりにぽんと叩く。 チャックは、ついていなかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:25:48それから僕は、理科室では十分に用心した。一人にならない、人体模型とは目を合わせない、相手の背中のチャックを確認する、といった具合だ。 それ以来そいつに出会うことはなかった。卒業したときは随分ホッとしたものだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:28:06理科室の人体模型とおさらばできた、ってね。 だけどついこの前、ようやく、警戒する相手を間違えてたことに気がついたんだ。少しゾッとしたよ。 落ち着いて考えたら、人体模型にだって、チャックなんかついてないだろ? http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:29:37僕が遭遇したあいつは、もっと別の怖いものだったんじゃないか……って。 もちろん、あれ以来遭遇してはいないから、どうということでもないんだけれど。 そういう、チョッとした話。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:29:59「もう、いいよ」 そう言って、電話は切れた。 しとしとと雨が降り続いていた。 彼女は、赤い傘をさしてお墓の前で動かなかった。 「――あの」 声をかけると、彼女はやつれ切った顔でこちらを振り向いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:36:09「誰?」 「伝言があってきました」 そういう私の顔が、メキメキと変化した。現れた知らない女の顔は、私の意思に関わりなく、泣きながら微笑んでみせた。 「『もう、いいよ』」 それは、優しくて、悲しい声だった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:37:24伝えた途端、生気のなかった彼女の目に、はっきりとした表情が現れた。一瞬の喜び、そして、深い哀しみ。 彼女は顔を覆って泣き崩れた。 「ごめん、ごめんなさい……。……ありがとう」 私は、彼女のために傘を差した。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:39:37恨みでない電話など久方ぶりだった。それほどまでに、強く伝えたい言葉を、私は知らない。 「幸せな人」 私は元に戻って、その場から静かに立ち去った。 雨は静かに降っていて、彼女の嗚咽が、遠くにぼやけた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:40:30街をぶらぶら歩いてたんだ。そしたら、針を持った女に出くわした。ひどく不思議な女でね、ベンチで脚をブラブラさせながら、針で空を何度も突いてるんだ。 「何してるんですか?」 って、思わず聞いてしまった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:55:37女はぎょろりとした目で僕を見た。 「つないでるの」 やけに甲高い声だった。一本調子で、妙に印象に残る声でね。今でも耳に残ってる。 「えんとえんをむすぶのよ」 女はそう言って、にたりと笑った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:56:15「いととおなじだから、はりですくって、むすぶの」 女は僕を指差した。 「あなた、わたしのこのみだわ。とくべつになにかむすんであげましょうか?」 「いや結構です」 即答して、何かされる前にダッシュで逃げ出した。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:57:02ロクでもない目にあうのはゴメンだからね。 だけどその数日後、街のフリーペーパーを何気なく目にした僕は、心底驚いた。 この前の女が、随分綺麗な格好をして雑誌に掲載されていたんだ。 その名も縁結びの女神。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:57:49彼女のもとに相談に訪れた多くの女性が恋を叶えて、幸せな生活を送っているというレポートだった。驚くべきはその料金で、一度の相談で僕が二ヶ月暮らせるだけの額を要求している。 「――あぁ」 僕は思わず額を打った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-26 23:58:07