第六十四話:目薬 第六十五話:スイカ 第六十六話:マジシャン
- C_N_nyanko
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小学校高学年の頃のこと。 学校で一時期、目薬がブームになったことがある。夜遅くまで勉強してる子が、授業での眠気覚ましに目薬をさしていたんだ。それがなんだか大人っぽくて、憧れた子が大勢真似してね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-28 23:50:51僕も例に漏れず、目薬が欲しいと母さんに頼んだ。当然答えはノーだ。目が悪くもないのに薬なんてさしたら毒になるわよ、とやんわりと否定されてね。 だけど僕は、それじゃ納得できなかった。それで家中探してみたんだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-28 23:51:47そして、戸棚から青い目薬を見つけた。早速翌日学校で使ってみたんだ。小瓶も洒落てて素敵でね。 で、ついに使ってみることにした。授業中、おっかなびっくり一滴だけ目に落としたんだ。 次の瞬間、僕は空に浮いていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-28 23:54:33と思ったら一気に落下して、深い海の底へ沈んだ。溺れてもがく僕の耳元で、誰かが囁いてね。 「――来て、くれたの?」 振り向こうとすると、突然首根っこを掴まれた。 それで我に返ると、先生に見下ろされていたんだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-28 23:56:43目薬をさすなり、ばったり倒れて動かなくなったらしい。教室は少し騒然としていた。 その夜、僕は母さんに正直に謝った。母さんはお見通しだったらしく、もうしちゃダメよと僕に釘を刺して、青い目薬を受け取った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-28 23:57:35母さんは優しく瓶を撫でて、言った。 「大体、これは目薬じゃなくて涙なのよ」 「え?」 「溺れたでしょう?」 驚いていると、母さんは少し笑った。 「これはね、母さんの古い友達が、恋に溺れて流した涙なの」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-28 23:58:40こんなこと言ってもわからないかしら、と微笑んだ母さんは、どこか寂しそうだった。 あの中の涙はもう枯れてしまっただろうか。それとも、今でもまだどこかで、青い涙を、悲しみを湛えているのだろうか。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-28 23:59:11少し季節には早いけど、スイカをひと玉買ったんだ。ちょっといいことがあったから、自分へのご褒美のつもりでね。 少し小さかったからちゃんと熟れてるか心配ではあったんだけど、惹かれるようにして購入してしまった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 00:11:47で、今夜のうちによく冷やして、明日の夜にでもまるごと食べようと思って、その日は寝ることにした。 だけど夜中に寝苦しくて目を覚ましてね。水でも飲もうと起き上がると、冷蔵庫から煌々と光が漏れていたんだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 00:12:30何事だと身を起こすと、「あ」と小さな声が上がった。見ると、冷蔵庫に入れていたはずのスイカが、ちょこんと冷蔵庫の前に居直っていた。 「……あの、はじめまして、スイカです。この度は、ご購入、ありがとうございました」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 00:14:28「……どういたしまして」 思わずこちらも頭を下げる。 「あ、じゃあ、あの、失礼します。あの、明日までには美味しくなっておきますので、その、心配なさらないで、ごゆっくりお休みなさってください」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 00:15:24「あ、ども……」 答えると、スイカはバカ丁寧にまた頭を下げて、冷蔵庫の中へ戻っていった。 「――疲れてんのか、僕」 頭を振って、水を飲んで、さて寝なおすかと布団へ足を向ける。と、何かが足に当たった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 00:15:41取り上げてみてみると、かき氷のイチゴ蜜だ。買ってはいたが、開封した覚えは無い。 なんでここに転がってるんだ、と元の位置に戻しておいて、もう一度寝直した。 それで夕べ、そのスイカを食べたんだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 00:16:51とても真っ赤でよく熟れていて、十分に美味しかったよ。 ――ただ端の方に行くに連れて何故だかイチゴ蜜の味がしたこと、なにより、冷蔵庫のスイカの隣に空っぽになったいちご蜜が転がってたことが気にかかってね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 00:17:14「着色料なんかで赤くならないでも良かったのに」 そう言うと、心なしか、手の中で半分にしたスイカが、まるで恥ずかしがるように、もそもそ動いたような気がした。 そんな、チョッとした話。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 00:17:49通りを君と歩いていると、奇妙な男に声をかけられた。 「はじめまして、私はマジシャンだ」 男は大仰に頭を下げ、ところで、と申し出る。 「いまから手品をするんだ。君たち、助手をやってくれないか?」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 22:53:53どうする? と君に聞くと、年甲斐もなくワクワクした表情で返事をされた。 「手伝おう、楽しそうだ」 別に急ぎの用もなかったし、僕は君の意見に従った。男の指示に従って動いて、道具を動かしたり絨毯を敷いたりしてね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 22:54:42セッティングが終わると、男は僕らを見回していった。 「さて……もしよければ、どちちか舞台での助手をしてくれないかい?」 君は僕の方をちらと見た。僕は肩をすくめる。 「僕はいいよ。君が、やりたいならやるといい」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 22:55:50「いいの、ありがとう」 君は嬉しそうに笑った。反面で僕は、少し嫌な予感がしていた。打ち合わせもない通りすがりの他人に助手を頼むなんて、どうかしている。 「恥に巻き込まれる前に、降りたほうがいいんじゃないかな」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 22:57:17けれど君はろくに取り合わなかった。 やがてギャラリーが集まったので、男はショーを始めた。 見事だったよ。神がかった腕前だった。何で立派なステージじゃなくてこんな街角で演じてるんだって、不思議になるぐらいだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-06-29 22:58:29