第七十話:幸運の話 第七十一話:巣 第七十二話:痣
- C_N_nyanko
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小さな幸運がある。 自動販売機の下に落ちている五十円玉を見つけた。 バスにギリギリで飛び乗ることができた。 人気メニューをラスイチで食べられた。 試験前にざっと見返しただけのところがテストで出た。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-03 01:41:54そんな小さな幸運が、断続的に続いていた。 頻度は、大体三時間に一度。 途切れることなく、小さな幸せたちが連綿と続いていく。少し、不気味になるほどに。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-03 01:43:20幸運に不慣れなわけではない。だけどこうもいいことばかりが続くと、そのうち帳尻を合わせるために大きな不幸が落ちてくるのではないかと不安になる。 「――僕の器も小さいな」 思わず自分で笑ってしまった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-03 01:43:50それで、教科書を探すためにカバンの奥を探っていると、一枚のコインを見つけた。 道で拾った外国の硬貨、幸運の一セント。 「こいつのせい?」 ピン、と指でコインを弾いてみると、乾いた音がする。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-03 01:44:11その後友人に会う機会があったから、これあげるよ、と言って彼にコインを手渡した。 僕の器は、こんな幸せを受け入れ続けられるほど大きくない。 一滴ずつ溜まっていった幸せは、いつか僕からこぼれてしまうだろう。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-03 01:44:43そうして、僕は幸せに慣れすぎて、そのありがたみを忘れてしまうだろう。 そうなる前に、調整が必要だ。僕はそう考えている。 「――ほんと、小心者」 自嘲した反面で、そんなイカサマな度量は欲しくないとも思った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-03 01:45:58「さて」 呟いて、ベンチから立ち上がり、ポケットに手を突っ込む。ふと、指に、冷たい何かが触れる。 それは、古びた一セントコインだった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-03 01:46:23学校の帰りがけに、これまで見たことのない家を見かけたんだ。 気がつかなかっただけかもしれない。風が強く吹いて林の木を揺らして、それで、遠くに見つけたんだ。 それは、古ぼけた小屋だった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 01:40:21軒先に赤い靴がちょんと揃えあって、妙に目についてね。日も高かったし、寄ってみたんだ。 半分ぐらい獣道のような小道をガサガサ進むと、家の正面に来た。立っててもしょうがないから、庭の方へぐるりと回ってみた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 01:41:18そしたら、ザク、ザク、と、誰かが砂利を踏みつける音がした。途端、ぞわりと総毛立ってね。やっぱりマズイところだったらしい。 引き返そうとドアのところまで戻ると、向こうに影が見えた。慌てて身を隠したよ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 01:41:38さっき歩いてきた小道が、やたら遠くに見えてね。生きた心地がしないまま、息を殺して、いなくなるのを待った。 やがて、ガチャりと戸が開く音がした。 小屋の中に入ったと思ったんだ。 しめた、チャンスだ! http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 01:41:50一気に壁から離れて駆け出した。 途端、ドアから出てきた奴らと目があった。僕は察した。 ――さっきのは、家に入ろうとしたんじゃない、家から出ていこうとしていたところだったんだ。 体が恐怖に萎縮した。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 01:42:55けれど、次の瞬間には命懸けで猛ダッシュしていた。 草をかき分けて、必死で逃げてさ。すぐ後ろで、追っ手の荒い息遣いが聞こえたよ。 歩いてきた小道を走り抜けて林を出たところで、ようやく気配が消えた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 01:43:17一体あれは、なんだったんだろう。 奴らの形状については詳しく語らないよ。本当にゾッとしたんだ。 獣と人間の間の子のような……いうなれば、人面犬のようなシュールさ、不気味さだった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 01:43:27目だけは確かに人間で、それが一層恐ろしかったんだ。 あれはなんだったんだろう。そして、あの靴は。 君がもし遠くに小屋を見つけても、決して近づいちゃいけない。 捕まったら最期、どうなるかわからないから。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 01:43:56「幸せのアザって知ってる?」 授業で隣に座った女の子が、唐突に訪ねてきた。 湿っぽく蒸し暑い中なのに随分大きなマスクをつけていたから、変わった子だなとは思っていたのだ。 「ほら、これがそう」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 22:26:43彼女は口元をちらりと覗かせた。まるで口裂け女のような痣が、唇の端から耳まで届いている。 「どんな幸運が訪れるの?」 「詳しいことは秘密。だけどこの痣がついた女の子は、とても幸せな恋をできることになってるの」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 22:27:09女の子が言い終えると同時に、終礼が鳴った。女の子は席を立って、さっさといなくなった。 そのあと、カフェでキスをしているカップルを見かけてしまった。思わず目をそらしたんだけれど、つい二度見してしまってね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 22:27:49女の子の方は、さっきの授業で隣にいた女の子だった。 自分の方を見ている僕に気がついたらしい。彼女はにこりと幸せそうな笑みを投げて、また彼氏に向き直ったよ。 不思議なことに、痣が、消えてなくなっていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 22:28:19それ以来、マスクをしている女の子を見かけると、口元にあの痣があるんじゃないかと思えて仕方ない。 そして、幸せになれますようにと、思わず祈ってしまうのだ。 あの子の幸せそうな顔が忘れられなくてね、つい、ね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-06 22:29:33