第八十六話:のんびりぼっこ 第八十七話:悪魔の天秤 第八十八話:水面に映る
- C_N_nyanko
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「あのにぇ」 と、おかっぱの少女は言った。 「みんにゃ、急ぎすぎにゃの。にゃから、もう少しゆっくりしてもいいと思うにょ」 「……はぁ」 それは、バス停でのことだった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-14 21:56:15いつもどおりバスを待っていた僕に、いきなりその子が話しかけてきたのだ。小学年だろうか。 滑舌ひどいなぁと思いながら、僕は応じる。 「だけど、ゆっくりしてたらどんどん置いていかれるよ?」 「それが、よくにゃい」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-14 21:56:48女の子ははぷるぷると首を振った。 「みんにゃで一緒ににょんびりしたら、いーんだもん、もーまんたい」 「……はぁ」 かなり変わった子だった。 そこで僕はふと、いつもより随分とバスが遅いことに気がついた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-14 21:57:33改めて周囲を見渡すと、いつの間にか、見知らぬ大木の根元に彼女と二人で腰掛けている。 柔らかい風が吹いて、甘く果実が香って、全てが静かに、ゆっくりと流れていた。 驚いて立ち上がると、彼女はまったりと微笑んだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-14 21:57:59「もーまん、たい」 その和やかな様子に、僕は焦った。 「ここ、どこ!?」 「ゆっくりしていけばいいにょ」 「無理だよ!」 らしくもなくついカッとなって、僕は怒鳴った。 「考査があるんだ、遅れられないんだよ!」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-14 21:58:48言うと、彼女はひどく悲しそうな顔をした。 「みんにゃで、にょんびりすればいいにょに」 突然、北風が吹いて木を枯らした。雨雲が、晴天を覆っていく。 「さよにゃら」 言われた途端、僕は雷に打たれて気を失った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-14 22:00:01気がつくと、僕は発車前のバスに座っていた。試験には、まだ十分に間に合う時間だ。 ふと窓の向こうを見やると、一匹の大きな猫が、のったりと尻尾を揺らしていた。 猫は僕の方をじっと見ていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-14 22:00:20けれど、やがて退屈そうにあくびをして、どこかへぽてぽて歩き去っていった。 あれは、噂に聞く桃源郷か、それとも猫の国か。 どちらにせよ、僕には関係ないことだ。 猫の時間と人の時間は、当然ながら違うのだから。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-14 22:01:26「面白い話がある」 君は僕の前に銀の小さな秤をおいた。 「大した話じゃないが」 「ふぅん」 お決まりの相槌を打つ。気が進まないように切り出す君が、本当は僕に何か話したくて仕方がないのだとよく知っているからだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-15 23:51:19「それで、どんな話なの」 君は、秤の揺れが収まるのを待って、言った。 「魂の重みに、興味はないか」 「――へぇ」 興味をそそられた。 「面白そうだな」 「もっとも、道楽なんぞと一緒にされちゃたまらんがね」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-15 23:51:44「君にとっちゃ死活問題だもんな」 「然様、死活問題でもあり、存在意義でもあるというわけさ」 君は黒い箱を取り出した。分銅が、綺麗に並べられている。君はピンセットでそれを一つつまんで、片方においた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-15 23:52:05「その、はかり方とやらを見せてくれるの?」 「そういうことだ。……あそこの子どもなんてどうだ?」 君が指さしたのは、年端もいかない小さな女の子だ。 「あんなに幼いうちから、価値が定まるものなのかい?」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-15 23:53:15不思議がる僕に構わず、君は宙から何かをつまみ、片方の皿にのせた。 途端、秤がゆらゆら揺れる。 「仮にその魂が重かったとして、君はどうするの」 僕は尋ねた。 「手塩にかけて育て上げて、収穫するつもり?」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-15 23:54:32「それが生業さ」 君は答え、ふと目を見開いた。 「おかしい、こんなはずは」 「どうかした?」 君は首を振る。 「計測ができない。秤が、壊れたのか?」 と。 君の前に、例の小さな女の子がちょこんと立った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-15 23:55:23「三下ごときが、手出しして」 にたり、と、女の子は笑う。僕は思わず立ち上がった。 次の瞬間、女の子が高らかに指を鳴らした。 君の姿は、ふっと掻き消えた。 「さて、見ていたね?」 女の子は、僕の方を向いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-15 23:56:19ゾッとした。 この子は、悪魔なのか、それとも、それ以上の何かなのか。 「大丈夫、手出ししないよ」 女の子はこちらを見上げ、ニッコリと笑った。 「ただ……見ていたね?」 それで、僕は女の子に、逆に問うた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-15 23:58:25「だったら君、なにかマズいのか?」 その問いかけに。 『君』は、にやりと笑ってみせた。 そういう訳で、僕は今、『新しい君』といる。 君の残した秤を君に手渡したところ。 悪魔は、魂は、見かけによらない。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:00:27この前、喫茶店であった話だ。 カウンター席だったんで、隣の客のグラスが割と近くにあってね。その中に、何かが揺らめいてるのが見えてしまった。 すると、その客と目が合ってね。 「見えますか」 と、彼は聞いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:12:58「見えるよ、妹さんかな、それとも母さん?」 「いいえ、会ったことのない女です」 彼は答える。 「この席で水を飲むたび、見えるんですよ」 「ふぅん、運命の相手かもしれない」 「古から、そんな話は多くありますね」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:13:29彼は上品に微笑んだ。 「ですが、僕は既婚の身ですよ」 僕は彼の指に目をやり、少し笑う。 「女の恋には、未婚も既婚も関係ないさ」 「それは困りますね」 彼はまた微笑み、女の映った水を飲み干して席を立った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 00:13:58