第九十五話:伝言 第九十六話:あなた 第九十七話:通りゃんせ
- C_N_nyanko
- 869
- 0
- 0
- 0
「君は……」 その言葉に、君は静かにこちらを向いた。そしてそのまま、立ち去ろうとしない。 やはり僕にも、伝言があるのだろうか。そう訊ねると、彼女は少し驚いた顔をした。 「――私を知ってるの?」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:13:59僕はごくりとつばを飲み込んで答える。 知っている。君は、とんでもない化物だ。 「君が前に蛇に化けるのを見たよ」 なんとかそう伝えたが、君は腑に落ちていないらしかった。 あの時のことは、忘れているらしい。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:14:26さて、どうしたものだろうと僕は思う。 君は口寄せをして、死者の無念を晴らす化物だ。その君が僕を標的にしたということは、僕に危険が差し迫ったということだ。 「座りなよ。いい店なんだ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:15:36時間稼ぎに誘うと、君はまた驚いた顔をした。 「そんな風に誘われたのなんて初めてよ。……でもいいわ」 そういうわけで、僕は君にアイス抹茶ラテをおごった。そしてのんびりココアを飲むフリをしながら、知恵を巡らせた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:16:22出鼻は挫けた。問題はこのあとだ。 君は直接命を奪うことはしない。以前の知人は、意識を失いはしたが命に別状はなかった。だからおそらく僕も死なない。 だけど、誰が、何を、僕に。 グラスを掴んだ指が少し震えた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:17:29少し経って、君は抹茶ラテを飲み終え、ついにこちらを向いた。 「伝言は、こうよ」 僕は、ついにか、と、腹を括った。 君の顔がぐにゃりと変わった。 ――けれど、想像していた恐怖は、訪れなかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:18:16ふわふわの髪の毛、膨らんだ唇。黒目がちな、ぱっちりとした目。その目から、透明な涙がこぼれた。 僕は言葉を失った。 僕は、彼女を、知っている。ついこの前も、夢で会ったばかりだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:18:32予言を成すくだんに魅入られ、この喫茶店で宣託をしていた女の子。ケーキが好きだった彼女。夢を通じてどこかへ売られてしまった少女。 助けようとして、助けることのできなかった、あの、愛しいひと。 「君、は……」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:19:27あとは言葉にならず、ただぼろぼろと涙がこぼれた。 「『会いたい』」 あの舌っ足らずな声で、彼女は言った。そうして、彼女もまた涙をこぼした。 「僕もだ」 思わず答えた。 会いたい。 君に、会いたい。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:19:54君を、そこから助け出したい。 「どこへ行けば、会える?」 僕は訊いた。 「君は知ってるんだろ?」 その問いかけに。 元の姿に戻った『君』はこくりと頷いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:20:07「変わった人」 私は頬杖をつく。 「簡単よ。彼岸に逝けば、会えるわ」 「彼岸?」 「ここじゃない場所。――彼岸は、単に死後の世界だけを指す言葉じゃないの。あなたが会いたい人間は、死の世界よりもまだ手前にいるわ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:24:19彼は少し考え込んだ。 「どうすれば彼岸に渡れる?」 そう訊ねてくる姿に、怯えの様子はない。彼岸に渡ることを、ひどく冷静に、現実の問題として考えている。 大した奴だ、と、思わず舌を巻いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:26:29それで、奢ってもらった飲み物の分だけ、話に付き合ってやることにする。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:26:52「必要なことはふたつ。まず、彼女のための此岸の舟を得ること。あなたの舟はもう岸に着いているでしょうから必要ないけれど、彼女を連れて此岸に帰りたいのなら、もう一艘舟が必要になるわ」 「どうして」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:27:04「一人乗りなのよ。二人乗れば、重さで舟は沈むわ」 「わかった」 彼は頷いた。 「次に、死なずに彼岸へ渡ること。あくまで眠るように、体を害することなく渡し場へ行くの。体が死ねば、あなたは亡霊になって、蘇れない」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:28:00「それは大丈夫」 彼は軽く請け負った。 「楽な話じゃないわ。手馴れてでもいるの?」 「いや。けどやり方だけは知ってるんだ」 彼はあっさり答えた。それで、私は確信を強める。 彼は、ほかの人間とは世界観が違う。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:29:08私と出会った時もそう。なぜだか、あらゆる『異』に動じない。かつて蘇生に立会いでもしているのだろうか。 「最後に一つ確認したい」 と、彼は言った。 「君は、彼岸からの呼びかけにも応えられるんだね?」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:30:00「えぇ」 私は頷いた。そして、ねぇ、と訊ねる。 「あなた、本当はこっちの世界のものなんじゃないの?」 本当は、人間じゃないんじゃないの? http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:30:17その問いかけに。 『あなた』は、小さく笑ってみせた。 そういうわけで、私は今、『あなた』の声を聞いている。 電話からの声に、驚きを禁じえないところ。 なんて人間だろう。 悪魔を、死神を、騙すだなんて。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:31:06昔、父さんが通りゃんせを教えてくれたことがある。けれど、父さんは一通り教え終わったあと、僕に通りゃんせを禁止した。 「やっちゃいけない遊びなんだ」 数年後、僕は父さんが通りゃんせをしているのを見かける。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:34:30