第九十八話:彼岸舟 第九十九話:取引 第百話:百物語
- C_N_nyanko
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母さんが死んでしまったとき、心にぽっかりと穴があいた気がした。 はじめは、母さんがひょっこり帰ってくるような気がしていた。一週間経ってようやく、母さんは死んだのだと理解できた。 途端、後悔の嵐に苛まれた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:40:32夕飯、ちゃんと美味しいって伝えればよかった。買い物ぐらい手伝えばよかった。たまには母さんと話してみればよかった。 ありがとう、そんな言葉も、僕はちゃんと伝えられていただろうか。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:40:47「いらっしゃい、いらっしゃい」 得体の知れないものが、客寄せの声を上げる。 「鳥屋かい、それとも花屋かい」 僕はそれに声をかけた。 「籠屋さ」 それは僕を見て、おや、と、目のところを丸く広げる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:41:29「この界隈に人間なんて珍しい」 「客になれない道理はないだろ?」 その籠、と、僕は指さした。 「彼岸花の籠を譲ってくれないか。大切な人なんだ」 そいつは初め渋ったが、数枚の紙幣を見せると簡単に譲ってくれた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:42:30僕は籠を持って、ゆっくり岸辺まで歩いて行った。 「ほら、お帰り」 停泊している僕の舟に、籠から彼岸花を取り出して乗せる。舟はたちまち真っ赤になり、彼岸花はやがて、赤い着物を着た君に戻った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:42:49君は小さくうめいて目を開けた。 そして、僕を見て不思議そうな顔をした。 「どうしてここに?」 「夢で会ったし、何より、君が呼んだんだろ。会いたいって。……だから来たんだ」 君は、えっ、と、小さく声を上げた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:44:11「……死んだの?」 「今だけね」 君はくしゃ、と顔を歪ませたと思うと、わんわん泣き出した。 「なんで、あんたが死んじゃうこと、なかったのに」 「大丈夫、今だけだよ」 僕は君をなだめに入る。 君は首を振った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:48:10「私、あんたには、生きてて欲しかったの。たまに思い出してくれれば、それで、それだけでよかったのに」 「それでも」 僕は、まるで駄々をこねるように語調を強めた。 「君が一人でどこかに行くのは、悲しいんだよ……」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:51:02君は応えようと口を開いた。僕は先手を打った。 「カヌーは出来るって言ってたね。あれと同じ要領で、向こう岸まで行くんだ」 そして、君の乗った舟を押した。 舟はゆっくりと、岸を離れる。君はじっと、僕を見ていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:53:21やがて君は、少しずつ櫂を漕ぎ出した。 そうして、そのうち、霧の向こうに見えなくなった。 「――好きだったんだ、君が」 僕は、小さく呟いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:53:51『以前、用意ができたら僕と取引をするといったね』 「担保じゃありませんでしたかね?」 顔の覚えられない男は、そう言ってニヤリと笑った。 『担保はいらないよ。アシの出る取引をするつもりはないしね』 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:57:14「それは残念」 男はまた笑う。そいつに、卵を差し出した。 『ただの卵じゃない。兄さんがくれた特別なものなんだ。――これを舟に変えてもらいたい。向こう岸から呼び戻したい人間がいてね』 男は乗り気で相槌を打った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 11:58:29「ふんふん、それで?」 『卵の舟を、彼岸へ渡して欲しい。そういう取引を、僕としないか』 「いいでしょう」 男は快諾した。 「では契約書にサインを」 言われるままサインする。契約書の文字は、滲んで読めなかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 12:01:11「確かに」 男は契約書を受け取って、こちらに向き直った。 「さて、では私からも条件です」 男の口から牙が覗いた。男はニヤリと、悪魔のように笑う。 「貴方、死んでください」 時間が止まったような沈黙が流れた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 12:02:03男に向かって、にたりと笑ってみせる。 『いいよ』 男はようやく訝しむような表情を見せた。 「あなた妙ですね。死が怖くないんですか」 「どうかしら」 と、『私』は言った。 「それは、死んだ彼に聞いてみないと」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 12:04:12途端、ぐにぐにと体が変形して、私は元の姿に戻る。 男はあんぐりと口を開けた。 そう。 今までの言葉は、全て電話から得た彼のもの。 彼岸から私に伝えた、長い「伝言」だった。 「ま、待て!」 男は慌てた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 12:06:06私はさっさと踵を返す。 「身勝手だ! お前、叶えて欲しければ、命を、命をよこせ!」 私は振り向かない。 「あなたと彼の契約でしょう、私は関係ないわ。それにあなたの提示した条件は、もう満たされているでしょう」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 12:06:55彼は、死んでいるのだから。 それにしても、死の順序を誤魔化して取引するとは。 私の存在が前提ではあるが、まったく、なんて手法だろう。 悪魔も、可哀想に。 「あなたは彼のために、舟を運ぶしかないのよ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 12:11:50男はギリギリと歯噛みした。けれど、契約書を破ることはできない。 契約書は、この男の、悪魔の命にも匹敵するのだから。 「伝言は、果たしたわ」 私は、姿の見えないあなたに向かって告げた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-16 12:12:15きぃ、と、書斎の扉が開く。 「なにやってるの」 君はちょこんと首をかしげて、僕のそばに駆け寄ってきた。 「仕事してたんだよ」 そう言って、僕はペンを置いた。 ふわりと、ごちそうの匂いがした。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
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