f_zebraさんの、想定津波高から始まるリスクとコストについての話

いつも勉強させていただいてます。
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Flying Zebra @f_zebra

福島第一原子力発電所と同じく東日本大震災による津波に襲われながら過酷事故を免れた東北電力女川原子力発電所。9世紀の貞観地震による大津波を参考に、津波高さを高めに想定していたことが明暗を分けた。

2013-07-17 23:04:02
Flying Zebra @f_zebra

このため、東北電力の先見性を賞賛し、対して東京電力の津波対策に消極的な姿勢を批判する意見は多い。東電に対する世間の「憎悪」を助長する要因の一つだろう。原子力を推進したい人にとっても、原子力が悪いのではなく、東電だけが悪いのだというストーリーは都合がよい。

2013-07-17 23:04:47
Flying Zebra @f_zebra

私はこの、地震・津波対策について東北電力が優れていて、東京電力が劣っていた、あるいは間違っていたという意見にはずっと違和感を持っている。もっと正直に言えば、反感を持っている。多くの人を敵に回してしまいそうだが、説明を試みたい。

2013-07-17 23:06:26
Flying Zebra @f_zebra

私は元々土木技術者で、以前は建設会社で土木構造物の設計や施工をしていた。自然現象を相手にする土木の設計では、想定する「外力」にはどうしても不確実性が排除できない。高めの安全率を掛けて対応するが、「絶対に安全」というのは最初から目指せない。

2013-07-17 23:07:39
Flying Zebra @f_zebra

ランダムに発生する自然現象は長い期間で統計処理すればある確率変数で表すことができる。自然現象に限らず、交通事故や感染症など、世の中のたいていのリスク要因は確率事象だ。確率事象というのは、慣れていないとなかなか直感で捉えるのは難しい。

2013-07-17 23:08:26
Flying Zebra @f_zebra

大きな自然災害が身近で起きると、しばらくは防災意識が高まり、防災グッズの売上げが伸びたりする。しかし数年経つと次第にモチベーションが下がり、対策もおざなりになってくる。「忘れた頃にやってくる」というのはそれに対する戒めだ。

2013-07-17 23:10:04
Flying Zebra @f_zebra

確率事象は、規模が大きなものほど発生頻度は低くなる。巨大な災害になるほど、その発生頻度は人の記憶や伝承のタイムスケールを大きく越えたものになる。1000年前ならまだ「記録」があるが、私たちが1万年前のことを知る術は非常に限られている。

2013-07-17 23:10:43
Flying Zebra @f_zebra

あまり発散してもいけないので津波の高さに絞って話を進める。過去に起きた巨大津波が記録に残っているのは数千年前程度まで、津波堆積物の調査で推測できるのもせいぜい更新世までだ。私たちが知らないだけで、記録に残る最大の津波を遙かに凌駕する巨大津波は確実に起きている。

2013-07-17 23:11:47
Flying Zebra @f_zebra

確率事象である限り、どこまで大きな津波を想定しても、発生確率は限りなく小さくはなるが決してゼロになることはない。「将来」という無限のタイムスケールの中では、数百メートルを超えるような超巨大津波も陸と海が存在する限りいつかは「必ず」発生するのだ。

2013-07-17 23:13:07
Flying Zebra @f_zebra

だから、研究成果などで「○○mの津波が発生する可能性があることが分かった」というのは、それだけでは何も言っていないのと同じだ。確率事象では、規模と発生頻度が組み合わされて初めて意味のあるデータとなる。報道などでも規模ばかりが取り上げられがちだが、より重要なのは発生頻度なのだ。

2013-07-17 23:14:11
Flying Zebra @f_zebra

東京電力が高さ15mの津波を想定した研究をしていたことに対して、「分かっていたのに対策を取らなかった」という批判も同じ理由で完全に的外れだ。15mどころか、150mの津波だって可能性がゼロでないことは「分かって」いる。対策をするかどうかは、発生頻度(確率)で決まることなのだ。

2013-07-17 23:15:13
Flying Zebra @f_zebra

自然災害に対しては、完全な対策はできない。どこまで対策するのか、具体的には何年に1度の規模まで対策するのかを社会が決めて合意しなければ、対策の立てようがない。例えば、河川堤防は通常100年に1度の大雨で決壊しないように設計されている。

2013-07-17 23:16:38
Flying Zebra @f_zebra

国民の生命と財産をある程度保障するため、自然災害のリスクに対して対処すべき最低ラインは国の基準や規則で定められている。その基準を超えてより高い安全性を目指すのは、設計者のこだわりだ。

2013-07-17 23:17:48
Flying Zebra @f_zebra

女川原子力発電所建設当時、東北電力の副社長だった平井弥之助氏はそうしたこだわりを持った土木技術者だった。当時の知見では3m程度と推定された津波の波高に対し、5倍近い14.8mの高台への建設を強引に主張した。結果的に、そのこだわりが発電所と女川町を救った。

2013-07-17 23:18:37
Flying Zebra @f_zebra

平井氏の土木技術者としての信念、電気事業者としての責任感には私自身も賞賛を惜しまない。彼は技術者には法令を超えた結果責任が問われるという事を常に言っていたらしい。その意味で、彼は間違いなく卓越した技術者であった。

2013-07-17 23:20:05
Flying Zebra @f_zebra

それでも、敢えて言わせてもらうが、私は彼のこだわりが当時において合理的だったとは思わない。女川発電所の供用期間中に、法令で定められた想定波高を超え、しかも平井氏がこだわった14.8mは超えない津波が発生したのは、非常に確率の低い偶然に過ぎない。

2013-07-17 23:21:53
Flying Zebra @f_zebra

津波がもう少し大きかったら結局福島第一発電所と同じ運命を辿ったかもしれない。何十年か運転し、役目を終えて廃止措置が完了するまで一度も想定波高を超える津波が起きなかったかもしれない。確率的には、それが一番蓋然性の高い結果なのだ。

2013-07-17 23:23:28
Flying Zebra @f_zebra

原子力プラントのような複雑なシステムでは、過酷事故に至るリスク要因は多岐にわたり、多くの場合複数の要因が重なって起きる。津波は数あるリスク要因の一つに過ぎないのだ。もう一つ極めて重要なのは、対策に使える人的・物質的リソースは無限ではないということだ。

2013-07-17 23:24:20
Flying Zebra @f_zebra

リソースが有限であるということは、何かに必要以上のリソースを注ぎ込めば、他のところで何かが犠牲になるということである。別のシナリオによる事故リスクが高まるかもしれないし、あるいは単にコストが上昇するだけかもしれない。

2013-07-17 23:25:33
Flying Zebra @f_zebra

安全性とコストを同列に語ることに抵抗を感じる人は多いだろう。しかしこれは絶対に必要な視点なのだ。事業者の収益悪化は様々な安全活動の低下に繋がるし、利用者への料金転嫁は利用者の生活、あるいは社会全体のリスクを高めることになる。

2013-07-17 23:26:08
Flying Zebra @f_zebra

人も社会も、豊かであるほどリスクは低くなる。逆に言えば、豊かさが損なわれるということはそれだけで様々なリスクを上昇させるのだ。良質な食事や高度な医療へのアクセスが制限されるのが健康リスクの上昇に直結するのはわかりやすい例だろう。

2013-07-17 23:27:05
Flying Zebra @f_zebra

設計者は、限られたリソースをできる限り有効に配分し、全体のリスクを極小化するよう工夫を凝らす。コストを低く抑えるのも、社会全体のリスクを抑えるためには必要な要素だ。その中で、何かにこだわるというのは別の何かを犠牲にすることなので、設計者自身も大きなリスクを負うことになる。

2013-07-17 23:28:49
Flying Zebra @f_zebra

こだわった結果が吉と出るか凶と出るかはずっと先まで分からない。そしてその結果には、「結果責任」が問われるのだ。多くの人の生活に直接関わるインフラの設計においては、その責任は極めて大きなものとなる。正解は、最後まで分からない。

2013-07-17 23:29:30
Flying Zebra @f_zebra

震災前の、電力会社の経営がまともな状態では、原子力発電所の安全性向上には毎年少なくない予算が計上されて継続的に努力が続けられていた。福島第一を含む、東京電力の原子力発電所でも常に何かの工事が動いていた。

2013-07-17 23:30:35
Flying Zebra @f_zebra

津波については、数年前からボーリングによる津波堆積物の調査などから、設計で想定すべき発生頻度の津波が従来の想定より大きくなりそうだという指摘が出され、想定の見直しに着手しようとしていたところだった。それでも、それが緊急性のある課題だとは誰も思っていなかった。

2013-07-17 23:31:16