「インディーズ」とは、表現し続ける生き方を示す言葉かもしれない。

生きることそのものが表現し続ける行為かもしれない。 インディーズという言葉を、表現し続けて生きるという生き方を示す言葉と捉えればばよいのかもしれない。などと、あれやこれやとまとまらない話を書き連ねました。
雑談
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岩崎敏之 @SKYtamagoro
「表現することは生きることそのものである。」と最近よく感じることがあるので、そのことについて、少し書き連ねます。
岩崎敏之 @SKYtamagoro
表現(1) 少し前に、みゅうじっくぼうる・めい 小林朱美先生が指揮・指導をされる演奏会に立ち会わせていただきました。メロディーに合わせてさまざまな打楽器を鳴らすという演奏会です。参加されている皆さんが、表現することをそのもので生きる実感を得ていらっしゃることが伝わってきました。
岩崎敏之 @SKYtamagoro
表現(2) 先週末、あつぎ青春劇場、青春のパフォーマンスin湘北短期大学の企画で、湘北短大のダンスサークル、軽音サークル、松陰大学の軽音部のダンスや演奏が披露されました。持てるエネルギーを発現していることが伝わってきました。
岩崎敏之 @SKYtamagoro
表現(3) コミュニケーションリテラシーという授業の特別講師をお願いしている渡辺克己さんがご出演のノーティボーイズとブルースタクシーの劇団コラボ公演「GO For BROKE」を拝見しました。コメディータッチの役柄を演じられている姿からは、講師の時とは異なる熱が伝わってきました。
岩崎敏之 @SKYtamagoro
表現(4) レオ・レオ二の個展を見ました。予想外の人出にびっくりました。イラストレーターであったレオ二が、一冊目の絵本、あおくんときいろちゃんを描いたのが52歳であることを改めて知って、年齢とは関わらない情熱に触れることができました。
岩崎敏之 @SKYtamagoro
表現(5) 音楽であろうが、演劇であろうが、絵画であろうが、彫刻であろうが、表現するということは、人生の中のオプションではなく、生きることそのものなのだと、いろいろな芸術活動や芸術表現に触れると、強く感じます。文化や芸術というものは、実生活につけ足されるものではありません。
岩崎敏之 @SKYtamagoro
表現(6) 数週間前にある人たちと話をしているときに、こうとらえればよいと思ったことがあります。それは「インディーズ」という言葉についてです。「インディーズ」というのは、マイナーかメジャーかという指標とは無関係な言葉としてとらえればよいと考えます。
岩崎敏之 @SKYtamagoro
表現(7) 「インディーズ」というのは、「表現し続けて生きていく」ことを指す言葉としてとらえればよいと考えます。「表現し続けて生きていく」ためには、生活の糧を何で得るかということについては、多様です。何かを作り続けたい、何かを表現し続けたいと思えば、プロかアマか無関係です。
岩崎敏之 @SKYtamagoro
表現(8) 表現行為を続けていく、その「続けていく」ということこそが、生きることそもののなのです。そう考えると、日常で向き合うさまざまなことがらが、すべて表現行為につながっているように見えてきます。
岩崎敏之 @SKYtamagoro
表現(9) 就職活動で、履歴書の文章を考えたり、面接の準備をしたり、苦労を重ねる学生が多くいます。その就職活動においても、実は、自分自身の表現行為です。創造的な活動は、芸術家、アーティストと呼ばれる人が行うだけのものではなく、日々生きている中で誰しもが行っていくものです。
岩崎敏之 @SKYtamagoro
表現(10) 苦労であると感じることがらも含めて、日々生きている活動そのものが、創造的な行為の連続で、その創造的な行為を続けていくことにエネルギーを注ぎ続ければ、悔いのない充実した人生となっていくのだと思います。うまくまとまりのないまま、表現することについて書き連ねました。

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