リボルバー・アンド・ヌンチャク #2
ウシミツ・アワー近く。乱れ雲がドクロめいた月を覆う。ネオサイタマの夜に重金属酸性雨が降りしきる。 1
2013-07-20 21:41:22ャー都会カルチの最上階に建つ家のショウジ戸には、大男に襟首を掴まれる老人のシルエットが影絵めいて映し出されていた。手入れする者も無く荒み切った庭には、朽ちかけたシュラインと青銅製のブッダ像。サツバツ!さりとて顧みる者無し!これこそは古事記に予言されしマッポーの一側面か! 2
2013-07-20 21:43:39「グワーッ!は、離してくれーッ……!」マンションオーナーのホバタ爺さんが、苦しげに大男の腕を叩く。「ドッソイ!ドッソイ!」だがスモトリ崩れの大男は、老人の襟首を掴んだその両手を、なお高く掲げるのみ。日本語を理解しているのかどうかすら怪しい。 3
2013-07-20 21:49:55「どうだい爺さん?ハンコ、ついてくれるかい?」チャブに座ってZBR煙草を吹かす、ヤクザスーツの男。その顔面は半分がサイバネ化されている。「グワーッ!駄目だ!お前みてえな奴に渡したら、何もかも滅茶苦茶にされちまう!」ホバタは必死で抵抗する。「ドッソイ!ドッソイ!」「グワーッ!」 4
2013-07-20 21:52:16「おい、その辺で離してやりな。死んだら終わりだ。ミヤモトマサシも言ってたろ。もうちょい、スマートにいこうぜ」ヤクザが立ち上がり、スモトリの背中で煙草を揉み消す。「アーッ!」スモトリは命令を理解し、老人をタタミの上に放り落とした。「ゲホッ!ゲホーッ!」ホバタ老人は咳き込む。 5
2013-07-20 21:55:31「なあ頼むぜ、爺さん。ハンコ押しゃあ、俺もあんたも楽になんだよ……」ヤクザは打って変わっての猫なで声で言った。「ふざけるな!いきなり出てきやがって!」その時、ウシミツ・アワーを告げる鐘がネオサイタマに鳴り響く。老人は何かを思い出し、ハッと息を飲んでカレンダーを見る。 7
2013-07-20 22:03:21「よ、よし解った!カネでも契約書でも、くれてやる!でも今日はダメだ!今日はダメなんだ!とっとと帰ってくれ!」血相を変えるホバタ爺さん。「スッゾコラー!時間稼ぎのつもりか、エエッ!?何がダメなのか言ってみやがれ!」「た…大変な事になるぞ!」「おい、もうちょい締め上げてやりな!」 7
2013-07-20 22:07:30「ドッソイ!」スモトリ崩れがガッツポーズを作って力こぶをアッピールした、その時!「イヤーッ!」突如フスマが開き、ニンジャが姿を現したのだ!電光石火のスピードで投げ放たれたスリケンは、スモトリの後頭部に突き刺さる!「グワーッ!」壊れたスプリンクラーめいた血飛沫!ナムアミダブツ! 8
2013-07-20 22:11:23「何だ!」振り返るヤクザ。「ウォーッ!」瀕死のスモトリも背後を振り返った。二人は己の目を疑う。そこに、ニンジャがいた。そしてアイサツした。「ドーモ、アックスソードです」右手にはニンジャソード、左手にはファイアアックス。恐るべき殺人の意気込みを感じさせる武器の組み合わせだった。 9
2013-07-20 22:15:46「ウオーッ!」スモトリはチャブを咄嗟に掴んで振り回し、円盤投げの円盤めいて投げ飛ばした。だが「イヤーッ!」斧の一撃がチャブを叩き割る。タツジン!間髪入れず、人間離れした速度でアックスソードは飛び掛かり、スモトリの頭を斧で叩き割る!「イヤーッ!」「アバーッ!」後ろに倒れ即死! 10
2013-07-20 22:23:55ヤクザはチャカ・ガンを抜こうとする。だが手が震え、うまくいかない。「アイエエエエ!」酷い混乱だ。……ニンジャなど実在しないはず。だが俺が今見ている物は何だ!?……ニンジャの殺人光景は、吸血鬼の吸血光景を見るにも等しい衝撃を常人に与える。現実を根底から揺さぶられるショックだ。 11
2013-07-20 22:29:01アックスソードはスモトリの額に突き刺さった斧を捨て置き、ニンジャソードを構えてヤクザに飛び掛かった。「イヤーッ!」「グワーッ!」チャカを抜いた腕を切断!さらに「イヤーッ!」「アバーッ!」首を撥ねて殺害!片腕と頭を失ったヤクザはゆっくりと後ろに倒れて、タタミに血を滲ませた。 12
2013-07-20 22:34:50「ドーモ、ホバタ=サン。危ない所だったな。俺が来なかったらどうなっていたか」「殺しやがったな、殺しやがったな……」ホバタはタタミで腰を抜かしている。「ああ殺したぞ」「こいつはな!このヤクザはな!勘当した俺の息子だったんだ!」老人はわなわなと震えながらニンジャを指差し睨んだ。 13
2013-07-20 22:40:23「ダマラッシェー!」アックスソードは恐るべきニンジャスラングで一喝する。「アイエエエエ!」ホバタは原初的恐怖に襲われて失禁する。目の前にいる相手は人間ではない。ヤクザでもハック&スラッシュでもない。人間世界の論理は通用しない。これは歴史の闇の中から蘇った、人外の怪物なのだ。 14
2013-07-20 22:45:59「だから何だ?今月のカネを払え」アックスソードは武器を納めて手を差し出す。これは彼の個人的な集金活動だ。「死体の始末は、別料金」非道!「アイエエエ……アイエエエエエ……」ホバタ老人は抵抗を諦め、いつものようにマネキネコ金庫の中から家賃の万札束を取り出し、ニンジャに上納した。 15
2013-07-20 22:50:17数週間後の夜。防犯シャッターが下りたチョット・ストリート。明滅する街灯。閉鎖したUNIXショップ。倒産したピザ屋。割れた窓。「バカ」「スラムダンク」「ケンカ」…治安の悪さを感じさせるスプレー文字の数々。路地裏では浮浪者たちがぎらぎらと目を光らせ、基板から金属を回収している。 17
2013-07-20 23:03:22ピザ屋での最後の務めを終え、重い足取りで家路につくマッチ・ジュンゴー。よく考えれば、ジダイと同じ年齢になっていた。二年以上も探し続けて来たが、結局ニンジャはどこにもいなかった。あれは薬物による妄想だったのではないかとすら思えてきた。 18
2013-07-20 23:08:28「みんなの勇気を」「うちに投票」「生活が豊かになる」……毒々しいヘンタイ・セル画調で描かれた政党活動ビラが、夜空を舞うマグロツェッペリンから散布される。「アッ輸送中に事故!」上空から威圧的なアナウンスが響き、違法行為ではない事を重点している。マッチはそれを破り捨てて歩いた。 19
2013-07-20 23:12:31結局、自分は何にもなれなかった。ギークにもヤクザにもサラリマンにも。銃とケースを持って出て、万札と女を連れて帰ってきて、毎日一緒にスシを食う。そんな風にクールに生きたかった。何が悪かったのか?ジダイ=サンが越して来た時に、もっと話をすればよかったのか?あの時躊躇したからか? 20
2013-07-20 23:17:57ニンジャさえ殺さなければ、彼はとっくの昔に人生を諦めていただろう。だがあの日の光景が……銀色のリボルバー銃の重みと反動が……頬をかすめるスリケンの切れ味が……爆発四散するニンジャの光景が……たった一度の勝利の栄光が……色褪せながらも、マッチの脳裏にフラッシュバックするのだ。 21
2013-07-20 23:22:51マッチは歩き続ける。明日もまた負け犬の一日が始まるだろう。彼にはそれが解っていた。ジダイ=サンのようにセプクする事すらできないのだ。彼を嘲笑うように、バチバチとネオンサインから火花。あたたかい光。ャー都会カルチの前に着いたその時…「オゴーッ!」彼は誰かが嘔吐する声を聞いた! 22
2013-07-20 23:25:58マッチは気にせず玄関に向かいかけ……躊躇して、裏手の駐車場に回った。松の木の影から密かに覗く。それはホバタ老人であった。「ゴボボーッ!」老人は酒瓶を取り落として割り、廃車にもたれて嘔吐していた。「ちきしょうめ、わしがもっと若けりゃ……カラテを鍛えて……倒してやるのによう!」 23
2013-07-20 23:30:52「……ダメだ、よく考えたら人間がニンジャに勝てるワケがねえ!もうダメだ!もうダメだ!もう殺しはたくさんだ!もうこのマンションで人死には御免だ!どんどんサツバツとしていきやがる!どんどんサツバツとしていきやがる!……もう限界だ!セプクしよう!今夜家でセプクしよう!ゴボボーッ!」24
2013-07-20 23:35:27