2013年7月24日

山本七平botまとめ/前提を動かさない”精神的鎖国”社会の日本/~臨在感的把握の絶対化による、一方向的自己規制に基づく”前提”をバネに劇的な転換を行なう日本社会~

山本七平著『存亡の条件――日本文化の伝統と変容――』/第六章 虚構と偶像/「鎖国哲学」の伝統/170頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

①【「鎖国哲学」の伝統】もちろん民族の知恵は、過去において、この行き方を相当に合理化してはいた。 もちろんそれは、社会の問題を自己の内心の問題として心理的に解決する行き方である。<『存亡の条件』

2013-07-12 17:27:47
山本七平bot @yamamoto7hei

②同時にそこには、 「善人になおもて往生す、いわんや悪人においておや」 といった教義を、″口伝″的に社会に適用していった面もあったであろう。

2013-07-12 17:57:51
山本七平bot @yamamoto7hei

③すなわち、まず心理的解決をすませたのちに、一挙に価値観を転換して、今までの対極の対象を逆転してこれを、臨在感的に再把握して絶対化し、それを偶像化することによって自己を規定し、それに基づいて新しい方向に進むという行き方である。

2013-07-12 18:27:49
山本七平bot @yamamoto7hei

④日本は大体、明治以降、外来文化との接触による衝撃をこの形でもかわして来た。 その転換期はほぼ13~15年ごとであり、海外が唖然とし、その転換の原理がわかるため「本能的」という批評が使われるほど鮮やかな転換をしている。

2013-07-12 18:57:52
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤古い話は除くが、最近の60年という半世紀余を表面的に見ただけで、大正元年の二個師団増設否決から昭和五年のロンドン条約批准までの軍縮時代(軍人が私服に着替えないと町を歩けなかった時代)、 昭和六年から二十年までの軍人時代(軍人でないと何の権利もなかったに等しい時代)、

2013-07-12 19:27:48
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥昭和二十年から三十五年までの戦後時代(終戦後から安保デモまでの進歩的文化人の時代)、 昭和三十五年から四十九年までの成長時代(経済成長万能・所得倍増・GNP絶対時代)、 昭和五十年の転換へとつづく。

2013-07-12 19:57:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦そしてこの間の価値観は実に、「いわんや悪人においておや」式に極端から極端へととんでいるのである。 この行き方が今まで可能だったことは、一に、第二章「指導者とその時代」による。 すなわち、真の意味の指導者は必要でなく、最も能力ある政治屋がいればそれで十分だった時代であった。

2013-07-12 20:27:51
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧一方それは、どんな極端な言論が行われ、どんな現実無視の提案がなされても、それは現実には実際に影響を与えないという人びとの心底の自信のゆえに、一種の「たのしい虚構」として人びとの心理的解決を促進する一助となれば、それで十分だった時代でもあった。

2013-07-12 20:57:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨同時に、このような転換をしながら、非常にすべてがうまく処理できたことには、それなりの伝統があった。 他の国ではこのようにたびたびの転換後に、すぐさまその方向へと万全の能率をあげることは不可能である。

2013-07-12 21:27:46
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩もちろんこれが行えたことの基礎には、臨在感的把握の絶対化による、一方向的自己規制があったわけで、これがなければ不可能なわけだが、同時に、それによって前提さえ一応確定されれば、すぐその中で超人的な「術」が錬磨できるという伝統をわれわれはもっていた。

2013-07-12 21:57:51
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪…これは一種の「鎖国の哲学」である。 一見開国をしている様に見えても、一方向に自己を規定してしまって他を見なければ、それは精神的な鎖国といわなければならない。 では鎖国とは何なのか。 それは前提を動かさない、という事なのである。 そしてその前提の下に術を練り、優劣を競う。

2013-07-12 22:27:49
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫これが日本の競争であり、従ってある意味では不自由競争の社会といえる。 例えば徳川時代には「飛び道具は卑怯」という規範があった。 そしてこれによって銃器なしという前提をつくり、その中で剣の優劣を競う。 その優劣を競うという点では自由競争だが、厳密な意味では自由競争ではない。

2013-07-12 22:58:02
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬この伝統は日本軍に受けつがれ、日本軍は、日露戦争時とほぼ変わらぬ前提を絶対動かさずに、この中で技を競い合い、それに熟達することが無敵に通ずると本気で信じていた。 そして、前提が変われば、その術は一挙に無力になるとは考えなかったのである。

2013-07-12 23:27:49

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