つぶやき短編小説「ガーデンメイド・チルドレン　飽食のセイレン」

バーチャル後方見守り女／扇智史 @o_g_s_t_

【ガーデンメイド・チルドレン　－飽食のセイレン－】 #G_M_C

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配信を終えると、いつも死んだように眠る。たった１曲を全力で唄い、踊っただけで、体力を使い果たしてしまうから。ブラインドを閉ざし、窓をスモークにしたままの、常に人工の薄闇に染まる部屋で、時の経つのも知らないで眠る。 #G_M_C

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夢も見ない。あるいは現実と区別がつかない。ワンパターンな環境、乏しい刺激、寝ているのか起きているのかさえ判然としない生活。夢は思考も記憶も整理したりせず、ただ静かに赤熱する感情だけがちりちりと脳みそを焼いていくかのような、苛立つ眠り。 #G_M_C

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重い物音がして、目が覚める。んっ、と、上半身を起こすだけで息切れがするし、立ち上がればふわりと頭がくらみ、ふたたびマットレスに倒れ込みそうになる。つかのまでも死に近づく感覚を得られるその眩暈は、血を見るようなジャンクな悦楽だ。 #G_M_C

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「……起きてるの？」おずおずとした問いかけに苛立ち、「起こされたんだよ」しわがれた声で言い返す。母親はよけいに尻込みして「ご、ごめんなさいね……ただ、いつもの荷物が届いたから……」自分の子どもにそこまで萎縮するくらいなら、生んでくれなくても良かったのに。 #G_M_C

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どうせ【ガーデンメイド】で、遺伝病リスクを取り払って、顔かたちもそこそこ見られる、親が絶望も嫉妬もしないくらいに中の上……そんな子どもなら、誰の腹から産まれたって変わりゃしないじゃないか。 #G_M_C

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「ねえ、顔色、悪いわよ。大丈夫なの？」「いつものことだろ。ほっとけよ」この期に及んで”大丈夫”などと訊く無神経がほとほといやになる。「さっさと出てけ」「あ、うん……」一抱えほどの荷物を床に置き、母親はドアの向こうへと逃げ出していく。 #G_M_C

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そちらから、顔だけを出して「……ねえ、また、新しい治療法が」「うるさい！」精いっぱいの罵声は、しかしガラガラにかすれてか弱く、とうてい人に聞かせられない。お化けに出会ったような顔をして、母親は今度こそドアを閉めて去っていった。 #G_M_C

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舌打ちをひとつして、私はよたよたと箱の前に這いずっていく。薄く固くリサイクル可能な樹脂の箱は、２１世紀半ばの個別配送での貨物包装のスタンダードだ。紙のようにつぶれないし燃やす必要もない。そのままリサイクルしても、３Ｄプリンタに放り込んでもいい。 #G_M_C

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冷ややかで画一的な箱の中には、原色で塗りたくられたパッケージ。ノーブランドのポテトチップやスナック菓子は、オープンソース種子から育ち、安全性保証のないイモや小麦を原料にした、健康志向になど目もくれない古式ゆかしいジャンクフードだ。 #G_M_C

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指が震えるのももどかしく、私はパッケージを引きちぎり、片端から中身を口に放り込んでいく。舌を麻痺させ、乾きを助長する強い塩気。別の箱を開ければ、ボトルの水が所狭しと詰め込まれている。 #G_M_C

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蓋を噛んで開けると、前歯が折れそうにきしむ。私や母親が産まれる前から、ボトルの蓋はこの形だ。もっと新しくすぐれた形を作れないのは怠慢だろう。メーカーがさぼり続けるせいで私の前歯が傷物になる。いつか歯ぐきも傷ついて、口の中が血の味で染まればいい。 #G_M_C

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無益な怒りに震える間も、ぐびぐびとポテチと水を口に流し込んでいる。どれだけ食べて、どれだけ飲みこんでも、熱量も滋味も感じられない。いつからこうなったのかも思い出せないし、この先どうなるのかも思い浮かばない。ただ、手と口だけを工場のロボットのように動かす。 #G_M_C

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食べる快楽ではなく、繰り返す作業の法悦。もう生き物ではなくなりつつあるような不安が、つかのま私を苛んで、それを忘れたくて私は顔を箱の中に突っ込むようにして、また袋を引き裂いて、中身の半分をぶちまけて、底に落ちた破片さえもひっつかんで放り込む。 #G_M_C

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滓で汚れた指が、唇に触れる。その瞬間、手が、ぴたりと止まった。私の中にある歯車は、ひとりでに動いては止まる。そして次に動き出した私の指は、ずるり、と自分自身の口中へと滑りこんでいく。慣れた行為に、しかし呼吸器は反射的なけいれんで応じた。獣のような音が漏れる。 #G_M_C

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食道の奥、胃の噴門がこじ開けられた。とたん、消化もされていないスナック菓子の破片と、唾液と、胃液が口から流れ出る。酸性の液体がのどと指を焼いて、刺すような痛みが走る。吐瀉物は、プラスチックの箱の底でびちゃびちゃと耳障りな音を立てて、跳ねた。 #G_M_C

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ぐっ、うっ、と数度えずいて、空咳を繰り返す。肉の削げた体には、それさえ重労働で、このまま肺ものども壊れてしまえばいい。死ねそう、と頭をよぎった瞬間に、意識が遠退いて、私はそのまま、ひんやりと冷たい箱によりかかってくずおれる。 #G_M_C

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しかし、まだ目が覚める。あっけない死を死にたいのに。生きたいと渇望する人々のもとには、つまらない事故やありふれた病によるかんたんな終末が訪れる。死を願い続けるほどに、越えるべき関門が上がっていくように思えて仕方がない。うんざりするような矛盾だ。 #G_M_C

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暗い憎悪が過ぎ去ると、まだ食べたりない、という衝動がこみ上げる。私は新しい箱を開け、菓子を食い散らかし、また吐く。原色のパッケージをよどんだ嘔吐の色に染め変えていく作業をひたすらに繰り返す。 #G_M_C

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日に何度そうしているのか、見当もつかない。１日が何時間だったのかさえ忘れてしまったし、どれほどの時間を私が目覚めているのかも判然としなくなって、それから何日過ぎたのかなんてもう夢の中のように感じられる。 #G_M_C

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吐いて、汚物の真ん中に顔を突っ込むように前のめりに崩れたまま、しばし。よろよろと身を起こし、悪臭を放つ箱に蓋をする。抜けた髪が蓋に挟まって、くにゃりと折れる。昔は伸ばしていた髪も、吐瀉物で汚れないように短くしてしまった。 #G_M_C

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しかし、アバターで着飾れば、髪などいくらでもごまかせる。朦朧としたまま、手探りでクリップフォンを探すと、運良く耳元に引っかかっていた。塩と食べかすで汚れた指で起動させ、さっきの配信ログを呼び出す。 #G_M_C

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映像の中で踊る私は、スレンダーで活発な少女だ。キラキラしたホロアクセを身にまとい、声も変調させ、顔立ちや髪質すらもリアルタイムで整えている。おそらく、じっとしているだけでも広告モデルでアフィリエイトの小銭くらいはもらえるだろう。 #G_M_C

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踊る挙動だけが、痩せて体力のない私のなごりを残して、危うげで不均衡だ。縋るように両腕を前にかざしてステップを踏めば、ぐらりと上半身が崩れ、歯を食いしばって支える。しかし次の瞬間、体重をかけた左足がずるりとフローリングの上をすべった。 #G_M_C

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右足だけでは体勢を保てず、どしん、と床に手をつく。手首に痛みが走り、顔をしかめ、それでも左腕をバネにして懸命に立ち上がり、カメラへ挑みかからんばかりの視線。 #G_M_C