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マガジンSP班長さんの「表現規制について」まとめ

マガジンSP班長さんの考える「表現規制」についてのツイートまとめ。
マンガ 表現規制
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 マガジンSP班長さんからのお願いです。
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班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
はだしのゲンの問題が起こる前のつぶやきですが。お願いです。このまとめのご質問者の方にリプを送るのはお控えくださいm(_ _)m。 RT @kiri2minds 「マガジンSP班長さんの「表現規制について」まとめ」をトゥギャりました。 http://t.co/zmnl6eSgCd
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
金的キックの質問してくれた方と僕の間に今は誤解はないと思っています。そして、いち高校生である彼がなげかけてくれた問いに僕は敬意を抱いています。

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西村健太 @ariyoshi_shine
@betsumaga すみませんが、質問です 漫画雑誌の編集部というのは、男性の股間を蹴る描写についてどうお考えなのでしょうか? 男性器というのは、子供を作るために必要な大事な部分であり、その部分を蹴ると最悪死に至ります。 ですが、漫画の表現でヒロインが 続きます
西村健太 @ariyoshi_shine
@betsumaga ヒロインがツッコミで男性器を蹴るという描写がよく載せられています それも、さぞかしそれを正当化してるかのように もし、その漫画を見た子供達が面白半分で友達の男性器を蹴るなどということをしてしまい大事に至った場合あなた方漫画作りに関わる人達は 続きます
西村健太 @ariyoshi_shine
@betsumaga 人達は、責任が取れるのでしょうか? 取れない、いや、取らないですよね? それなのに、あなた方は軽い気持ちでそんな描写を載せているのです その事についてどう思ってるのか、逃げないできちんと説明してほしいです ぜひ、回答のほどよろしくお願いしますm(_ _)m
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
今から、たぶん、めっちゃ長いつぶやきをします。ご容赦をm(__)m。
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
ご質問ありがとうございます。漫画の真似をして女子が男子のキンタマーニを蹴ってしまったらどうするんだ、と。確かに非常に大事な問題です。お答えしてみます。部署の後輩H本や先輩から教わったことも踏まえつつ、僕個人の見解をお答えさせていただきます。
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
世の中にはたくさんの「かもしれない」があふれています。漫画の真似をして金玉が蹴られるかもしれない。きつねリスを見たら指を噛まれに行くかもしれない。海賊王になっちゃうかもしれない。映画や小説、写真、世の中は、とりわけ子供たちを取り巻く世界はそんな危険に満ち満ちています。#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
そして僕の知る限り、漫画家さんたちは皆、そんなたくさんの「かもしれない」を恐れています。自分の作ったものが誰かを傷つけるかもしれない。何かに悪影響を与えてしまうかもしれない。と。誰かのキンタマが傷つくのではないか、と。たとえ、あらゆる統計で #表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
ありとあらゆる統計で「創作物によって子供が悪影響を与える」という客観的証拠が現在のところひとつもなくても、です。「不健全な」漫画に接する子供が、そうでない子供に比べてキンタマを蹴りやすい、犯罪に加担しやすい、という統計は全くありません。でも、それでも漫画家は恐れます。#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
自分の作品が誰かを傷つけることになるかもしれない、と。それが作家のプロ意識です。以前、真島ヒロ先生がおっしゃってくれました。「僕の仕事は漫画を描くことでありません。漫画を描いて子供たちに楽しんでもらうことです」と。凄まじい責任感です。#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
その責任感の結果、「かもしれない」を恐れるのです、漫画家たちは。そして僕ら出版人も。では、はじめから表現に規制をすればいいでしょうか? そうすれば漫画家はもっと気楽に創作ができるでしょうか? キンタマを蹴る漫画は法律違反です、と。#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
児童ポルノはNGです。海賊王は犯罪者なのでNGです。と。そのような表現規制をした時点で、あらゆる創作活動は壊滅するでしょう。漫画家は読者に対して「傷つけるかもしれない」という恐れや畏れをいだきながら執筆しています。表現規制とは、その恐れを際限なく拡大していくツールです。#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
これもダメかもしれない、あれもダメかもしれない、今はよくても後でダメにされるかもしれない、と。そんなことを思ってモノを作るのは不可能です。表現規制とはそういうことなんです。害があると「証明されているもの」ではなく、害がある「恐れがあるもの」が対象なのですから。#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
長くてごめんなさい。もうちょいTLください。
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
でも、それでもなお「こんな漫画、子供に読ませたくない」「キンタマを蹴るような漫画だけはNGにしてほしい」そう思う人がたくさんいることは知っています。哀しいことに、そういう政策が票になることは知っています。また、3人の子の親としてもなんとなく気持ちはわかります。#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
でも、こう考えてはいかがでしょうか。表現規制することで、何を子供に読ませたくないか、読ませたいか、自分で決められなくなるんですよ? と。#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
僕は、自分の子供に何を読ませたいか、何を読ませたくないか、それは自分で決めたいです。そして(今のところ皆無に近いですが)読ませたくないものに出会ったとき、なぜ読むべきでないと思うかを子供と話し合いたいです。それができなくなるのが、とてもとても寂しいです。つらいです#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
たとえばね、西村さん。ある日、西村さんの部屋に知らないオジサンがヅカヅカ入ってきて、この本はキンタマ蹴ってるからダメ。この本は海賊礼賛だからダメ。この本は竜馬とかいう人が政府転覆してるからダメ。とか言ってきたらどう思います?「知ったことか!!」ですよね。#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
表現規制とはそういうことです。「子供を守りたいから」「児童ポルノ反対」と言えば、なんでも支持される世の中かもしれませんが、子育ては木の上に立って見るくらいがちょうど良いです。漫画家にはプロ意識があり、その分別がマガジンの読者、日本の漫画読者にはあると僕は思っています。#表現規制
班ちょ@新人漫画賞「GATE」班長 @betsumaga
だから僕は表現規制に反対です。その規制は僕たちには必要ないです。漫画を読んでキンタマを蹴ってしまった子には、ダメだよ、と言います。蹴られた子には、気をつけろよ、と言います。自分の子供にそう言うように。長文失礼しましたm(__)m。どもども。#表現規制

コメント

百笑@常識知らずの悪魔 @hundred_smile 2013年8月12日
すばらしい考え方だと思います。やはり職業として表現に携わっている方は考えが深いと思いました。今後の参考にします。ありがとうございました。
高村武義 #WalkAway @tk_takamura 2013年8月12日
@ariyoshi_shineさんは今まで、自分の発言や自分の言葉で起きた結果について、全て責任を取っていますか?発言に責任が取れないなら、その発言や言葉を封印してますか?漫画家に描写について責任が取れないなら描くな、というのは人に対して、発言に責任が取れないなら喋るな、と言うのと同じです。そこをよくお考えください。
乗合自転車 @buscycle 2013年8月12日
では、未成年の喫煙や飲酒描写はどうなんでしょうか。今も漫画ではちょくちょく見かけます。これを見た子供が直ちに真似をするとは思えませんが、倫理的な問題はないのでしょうか。
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月12日
ちょっと質問と答えがかみ合ってない気がするが、本人納得してるからいいのか、な?「金蹴りは致命的な結果が出かねないのに気軽に使いすぎじゃね?」という問いと解釈したので、結論の「蹴った子には注意する、蹴られた子に助言する」は、質問の「致命的な結果」を想定してないから違和感を覚える。玉潰れた子に注意しようねじゃないだろうと。考え方としてはわかるんだけど。
Tsuyoshi CHO @tsuyoshi_cho 2013年8月12日
作品の暴力レベル(とギャグ度)と適切であればいいんだけどね。他方ラッキースケベの度とかもだけど、整合性だよね...まあ、真面目格闘漫画でいきなり急所攻撃してもだめだがw
nullmajor @nullmajor 2013年8月12日
メディアからの影響を間接化するにはそれなりのコストが必要で、そのコストを払う気がない人間ほど簡単に規制を持ち出す。「金蹴りという表現があること」と「それらに関わるコミュニケーションに当人がアクセス可能な事」は両立するのに、後者を実現するためのコストを払いたくない。
祝銀英伝リメイク!2018年4月放送! @hiakanb25278 2013年8月12日
要はしつけの問題で自分が仕出かした事の責任転嫁に漫画やアニメに擦り付けるなという話ですね。
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月12日
「漫画に影響されて悪いことをするのは個人の責任、漫画は悪くない責任転嫁するな」が真なら、「漫画に影響されて(医者|学者|政治家|教師|その他)を目指して世の中の役に立とうと思った」は漫画の成果ではなく、漫画には人の心を動かす力はないと言ってるに等しいんだけど、それはいいんだろうか。
青空ぷらす @aozorapurasu 2013年8月12日
「マンガを読んだ影響」で金玉蹴るヤツは、マンガを読まなくても金玉蹴るよ。何度も言うけど、フィクションと現実を混同するのは本人の資質とその親の教育の問題。自分が金玉蹴られて痛い思いをしたなら、文句を言うべきはマンガじゃなく、蹴ったヤツじゃない?
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月12日
影響を受けてもやるな、って事か。それは人間の理性を過大評価してるように思うなぁ。アンカリングなんか存在しない心理学の成果はまやかしだというならともかく。
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月12日
どの漫画を見ても「金蹴り→必ず病院送り、時として死亡」だったら、金蹴りは危険ではやってはいけない事なんだ、という刷り込みが行われると思いますが。漫画の影響の話なので、「漫画を見なくても蹴る奴はける」は何の根拠にもなりません、見てないんだから影響の受けようがない。
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月12日
あ、私は元の質問を先に書いたように解釈してますので、「漫画の読者に与える影響」の話をしていて、「表現規制の是非」の話はしてません、念のため。
西村健太 @ariyoshi_shine 2013年8月12日
この後の自分の反論と班長さんの回答を見て欲しい 班長さんは俺の反論をRTしないで公には出さないようにして卑怯な気がする 勝ち誇ったつもりでいるのだろうか?
たう@次はファンミ東京? @TauSHK 2013年8月12日
漫画だろうがなんだろうが、色んな情報・作品に触れさせて考える幅を広げてあげたい。玉しか作るなと言われて玉が生み出されることはありえないし、石に触れなければその人にとっての玉を見定めることも出来無い。本題から逸れたけど、安易に臭い物に蓋をすれば万事解決しました、って事例は寡聞にして聞かないね
てら~き(声:藤田淑子) @terra3_Gn8 2013年8月12日
単純な疑問として、「漫画の表現でヒロインがツッコミで男性器を蹴るという描写がよく載せられています」とは、例えばこの5年で、どのくらいあるのだろう?そして、それは善悪の判断を自分でできない年齢層が読む媒体でのことなのだろうか?
青空ぷらす @aozorapurasu 2013年8月12日
マンガに影響受けて金玉蹴っちゃダメなんてのは当たり前の話だろ。っていうか、金玉蹴っちゃダメ=悪い事はしちゃダメっていう『常識』を前提に全てのフィクションは成り立ってる。そういう常識が分らないヤツがいるとしたら、それはマンガじゃなくて『常識』を知らないそいつが悪いってだけの話で、じゃぁ要望どおり「金蹴り→必ず病院送り、時として死亡」のマンガにしてそれでも金玉蹴るヤツがいたら、それは要望したヤツの責任なのかって話になるんじゃない? 
幸福太郎 @koufukutarou9 2013年8月12日
暴力的な表現物を一切見せなければ暴力は振るわない人間になるか、というと違う気がする、性的な表現規制が厳しい国でも性犯罪は有るし多いという話も聞く、規制する事で逆の効果が出てしまう事ってあるんじゃないだろうか?
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
常識の形成が未成熟な子供は、親、学校、新聞、テレビ、ゲーム、もちろん漫画などを社会の一部として触れて、自身の中で常識を形成して行くものだと思うのですが、なんで「常識の形成」がすでに出来上がってる前提で話してるんです?そこでの影響を無視していいなら、当然プラスの影響もないし、極端な事を言えば誰かが犯罪を起こした時に家庭環境うのはナンセンスなんですが。
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
なんで未成年者の飲酒喫煙の表現に出版社は気を使ってると思ってるんだ?金的蹴りをそれらと同程度に気を使わないでいいのか?という問いに「悪いことをしちゃいけないのは当然」とか意味不明。
青空ぷらす @aozorapurasu 2013年8月13日
「常識の形勢」が出来てない子供が悪さをしたら、責められるべきは本人とそれを教えない親だって話。それをマンガやらテレビの所為にするのはただの責任転嫁でしょ。
もやし⭕ @tocks193 2013年8月13日
質問者はキンタマを気安く蹴っちゃいけないよって自分で教育する気はさらさらないの?
改札口 @kaisatuguti 2013年8月13日
股間を蹴る描写がギャグとしてだろうとシリアスだろうと、その後のリアクションは痛みとか顔真っ青にして気絶とかそういう表現になるのでは? 他人を傷つけちゃいけないってのは多分文字を勉強する前に親に教わるけど それとも今の親はそんなことは子供に教えないの?
arm147GO@舞鎮 @arm1475 2013年8月13日
てか、直ぐなんでも影響されて行動するような低レベルな思考の主の為に、世間のレベルを下げなきゃならないこの世の中ってかなり異常だと思うが(´・_・`)
未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2013年8月13日
buscycle 最近ではどの漫画にありましたか? 「では、未成年の喫煙や飲酒描写はどうなんでしょうか。今も漫画ではちょくちょく見かけます」
未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2013年8月13日
股間を蹴る漫画・アニメもあんまり記憶にないなぁ…何かあったっけ。
稲子 犬 @inagoDog 2013年8月13日
法的規制、自主規制など何も規制が無いなら班長さんの話はわかるけど、ある種の表現は規制されているわけで、その一覧表の中に「金蹴り」を入れて欲しいという要求はありえると思うけどね。今は知らないけど昔のプロ野球珍プレーみたいな番組では「チーン!」とか効果音つけて笑っていた。同じ頃警察番組では飲酒運転取り締まりで飲酒を否定するドライバーを素人芸人のように見せていた。少なくとも今飲酒運転では誰も笑えないわけで、金的の重大さを訴える人の話を聞いてみても良い気がする。
稲子 犬 @inagoDog 2013年8月13日
ちなみに表現規制には賛同しません。
arm147GO@舞鎮 @arm1475 2013年8月13日
今の世の中ってつくづく「躾が出来ない幼稚な社会」なんだと思う。安寧な生活が続いたせいなんだろうけど、行き過ぎた過保護と責任転嫁が当たり前だと思ってる親子が増え過ぎてしまった。業界だけじゃなく社会全体で対策を本気で考えないとこの先危ないですわこの日本(´・_・`)
Ekshr @Ekshr1 2013年8月13日
漫画の金的蹴りを見てまねするとしたら、だいたいは inagoDog でいう実写でのイメージも関係してくるんだろうな。つまり、「痛くて悶絶するけど、別にケガもしないしたいしたことにならない」というイメージ。トムジェリのトムがぺたんこになっても平気でも、三次元でそんなことになってるシーンはもう即死確定扱いで、「漫画だからいいけど本当なら死ぬ」と理解できる。でも二次元と三次元での扱いがどちらでもギャグになってたら、深刻に危険とは理解しづらいかと。
荒栖賀 @Sell_Peace 2013年8月13日
「かも知れないに付き合う必要はない」←わかる 「見てなくてもやる奴はやる」←こいつはアホ
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
OKOK、金蹴り表現は問題ない、実際にやる奴が道理がわかってないだけだと。じゃあ、未成年者の飲酒喫煙表現も問題ないし、厳しく自主規制してるのは表現規制だから断固抗議せねばなるまいて。なにせ、それらが規制されてるのは、未成年者への影響を勘案してなのだから。
ヾ(zxcv)ノ @zxcvdayo 2013年8月13日
それが出版社の責任になるかという話は否定するとして。玉蹴り浣腸に悪いことという「常識」通用するかね?流行じゃんあれ。失神ゲームなんかもめちゃくちゃ流行ってた。それとも観測範囲がおかしいだけで意外とみんな玉蹴り浣腸されてなかったんだろうか
ヾ(zxcv)ノ @zxcvdayo 2013年8月13日
悪いことではないということじゃなくて、みんな悪いことするのが常識になってしまっているという意味。俺は一方的にされる側でしたが
ヾ(zxcv)ノ @zxcvdayo 2013年8月13日
昔の個人的な話なので今の状況全然違ったらごめんなさい
nekosencho @Neko_Sencho 2013年8月13日
まあ、全登場人物が、性格もいい頭もいい世間でいいといわれるようなことしかしないって漫画も、一つくらいなら面白いかもしれないけど、そういうのしか出版しちゃいけなくなったらすぐ滅んじゃうだろうね
未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2013年8月13日
Clearnote_moe そういう表現が出てきている最近の漫画ありますか? 「未成年者の飲酒喫煙表現も問題ないし」
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
ontheroadx 誤読してませんか。「(前段を是とするなら)飲酒喫煙を出版社が現時点で厳しく規制しているのは表現規制である」と書いてるのですが。むしろ、そういう表現を気軽にしている漫画がないことこそが、私の論を補強します。
nekosencho @Neko_Sencho 2013年8月13日
で、股間を蹴る話限定で言うと、たぶん蹴られた男が苦しんでる描写が伴うはずなので、蹴ったら男が苦しむことは記憶に残ると思うんだよ。だから、影響されても普通は蹴らないと思うんだよね。
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
(まあ、「苺ましまろ」で喫煙してるけどな……。)
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
金的に限らず蹴られりゃ痛いし悶絶もする。頭にたんこぶ作ってぷしゅーと突っ伏しているというのは、頭を殴る瞬間を描写しなくてもツッコミが入ったことを示す漫画表現であり、様式美でもある。金的蹴りは「致命的な結果が出かねない」ことが問題なので、並の痛がり方では足りないんじゃないか、って話なんですがね。
nekosencho @Neko_Sencho 2013年8月13日
普通に殴られたのとは違う描写にはなってると思うけどね。逆に言って、普通に殴られたのと違う描写にできてないなら、何らかの演出意図がある場合を除けば漫画家が下手としかw それに、股間に限らず通常の「殴る」行為でも致命的結果はありえます。
はるもん @h_k_hob 2013年8月13日
@Clearnote_moe さんへ 学部生までですが、心理学専攻だった者です。漫画を読んでサッカー選手を目指すことと、漫画の暴力表現が実際の行動に影響するかどうかなのですが、このふたつは同列に論じることはできません。なぜなら、誰かの行動に影響を与える、つまり行動を変容させるには、「知識や情報の充実・強化」だけでは十分な条件ではなく、現実世界においての承認、評価が必須です。
はるもん @h_k_hob 2013年8月13日
詳しくは、行動変容理論でお調べいただければと思いますが、最初から「現実世界で」肯定的に承認されるだろう「サッカーをはじめること」と、「現実世界で」否定的である(はず)の「暴力表現」は、同じ影響力を持ち得ないと思いますが。飲酒表現に関しても、本来は同じことだと思っております(ただ、憧れ→行動しようとする→現実世界で止められる という機能が働きにくいだろう、と想像します)。
はるもん @h_k_hob 2013年8月13日
ですので、「傷つけられたら痛いということを知識を広めるために、漫画でも急所攻撃の場合は痛いという表現をする配慮が必要」ということご主旨でしたら、それは一理あると思いますが、必ず影響を与えているはずということでしたら、賛同しかねます。最初にお話を振られた @ariyoshi_shine さんもそうですが、あまりにも表現世界を重視し、現実世界というものを軽視されているように感じます。
PAN太 @panta_rhei2004 2013年8月13日
『空手バカ一代』で、芦原英幸が組手の際に金的を蹴られて「袋から玉がはみ出して救急車に運ばれる」シーンとかを思い出せば、もっと違った議論になったかも(・ω・)
こいん @360coin 2013年8月13日
「睾丸は内蔵」と言っていたのはバキだったかな。危険性を啓蒙する作品も多くあるけど、観測範囲に入ってくるかは読者の趣味嗜好次第か
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
h_k_hob それは背景が行動までいかないから影響はない、と言っているのでしょうか。行動意図が発生するまでいかなくても、背景要因が単純に増加するだけでも影響だと思うのですが。また、「その行動が許容されている作品群が一定数存在する」ことは現実世界における承認の一形態ではないでしょうか。「金的を蹴るな」という負の評価メッセージは、飲酒喫煙のそれと比べると皆無に近いでしょう。
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
h_k_hob 過剰反応してると思います。同様に、少年誌での飲酒喫煙規制も過剰反応であると感じています。出版社にとって、金的蹴り表現が許容されるのに未成年者の飲酒喫煙が忌避されるのはなぜか。そこの線引きはどこにあるのか。元の質問に対して適切な回答は、そういう点でそこの整合性だと私は考えます。(にもかかわらず、キツネリスだとか海賊王だとか言い出すから真面目に回答してるように思えないし、強引に表現規制一般論に持っていって読ませたくないという話にするから違和感しかない)
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
とりあえず、今フォーカスを当てているのは「金的蹴りは重大な結果を引き起こす可能性があるにもかかわらず、表現が軽すぎるのではないか」という話であって、「軽すぎない、基準はこれ」「今まで問題視されたことがなく検討していない」「規制は一切しない」あたりが真っ当な回答だと考えます。これを表現規制の問題であるととらえるならば、当然、「少年誌での飲酒喫煙はご法度」だとされる自主規制との整合性なんですが、そういう所からは全力で逃げているようにしか見えない。
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
Neko_Sencho ですね、腹を殴ったり頸椎にチョップいれて気絶なんて危険極まりないから規制すべきですね。……冗談はおいといて、元の質問の人も通常範囲の暴力については触れてないので、問題視しているのは「危険性と取扱いのバランス」だと思います。出版社的にバランスがとれている(逸脱しているなら適切に対応してる)ということなら、そう回答すりゃ良かったのに、と思います。
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
Clearnote_moe このコメントについて指摘が入りましたので訂正します。/「漫画に影響されて悪いことをするのは個人の責任、漫画は悪くない責任転嫁するな」が真なら、「漫画に影響されて世の中の役に立とうと思い(医者|学者|政治家|教師|その他)になった」は漫画の成果ではなく、漫画の人の心を動かす力は現実を変えるに足るほどではないと言ってるに等しいんだけど、それはいいんだろうか。
未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2013年8月13日
Clearnote_moe そうですね、誤読ですね、すみません。未成年の飲酒・喫煙が描かれている漫画の具体例は引き続き不明です。
くりあ/CLEA-R-NOT-3 @Clearnote_moe 2013年8月13日
ontheroadx だから「苺ましまろ」。どういう意図でその問いに拘ってるのかわからないのでなんですが、「少年漫画の主人公は成年でも喫煙禁止」の自主規制は佐藤秀峰氏も言及されていて事実と考えられ、そのためある時期からはほぼないはずです。最近、がごく短期の話ならば、もしかしたら規制撤廃があったりして、ポツポツ出てるのかも知れません。(どちらにせよ私の論に関係ありません)
3mのパブリックエネミーちくわ @tikuwa_zero 2013年8月13日
フィクションの中に「現実でやっちゃいけない表現」があるならば、「やっちゃいけない表現」を規制するより前に、「現実でやっちゃいけない」ことを教えるのが教育だよね。
未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2013年8月14日
でもなんで19歳11か月の飲酒・喫煙がダメなのかを教えるのは難しいなぁ。
qquppa @qquppa 2013年8月14日
ontheroadx 民主主義体制のもとで「みんな」でダメと決めたから(合法化を目指した活動する自由も保証されているのだから、合法化を達成するまではダメという決定に従う責任があるから)なのではないでしょうか。金的蹴りは、結果として怪我を負わせたならば罪を問われると思いますが、怪我と認められないレベルの影響しか与えない場合に違法行為と扱われるかどうかと。
qquppa @qquppa 2013年8月14日
ギャグとしてのカジュアルな金的蹴りをヒロインにしかさせないという時点で、表現者は既に自主規制しているとは言えないでしょうか。たとえば男友達同士でカジュアルに金的蹴りをする描写が蔓延し出したら、日常生活への影響を心配する声が出てきても不思議ではないように思いますが。
はるもん @h_k_hob 2013年8月14日
Clearnote_moe 統計上、「相関関係が認められていない」ものに、主たる責任を負わせるのは疑問である、ということです。また、「影響しているはずだから」という先入観で規制することには異議を持っております。法による規制は、社会的な利害関係の調整のためにやむを得ない部分はありますが、それならば客観的な根拠が必要だと思います。少なくとも、法治国家ならば。
はるもん @h_k_hob 2013年8月14日
Clearnote_moe 一方で、出版社の自主規制というのは、法に縛られない自発的な調整です。その裁量は各出版社、作家に委ねられるべきだと思います(トラブルに対するキャパはそれぞれだと思うので)。ですので、急所攻撃にしろ飲酒表現にしろ、自主規制をするしないについては、それぞれの裁量に任せるべきではないのか、というのが個人的意見です。ただ、コメントのご主旨は理解しました。同意はしかねますが、一理あると思います。
言葉使い @tennteke 2013年8月14日
マンガ「美味しんぼ」みたいに、周囲がボカボカ殴るシーンに違和感を感じるけど、個人的に醒めるだけで「描くな」とまでは思わない。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月14日
フィクションは無制限の自由があって然るべきだよ。その公開について性的、暴力性などでR18やR15の制限が既にある(もう少し具体化、細分化すべきとは思うけど)。コミック・アニメは実写のような具体性を持たせにくいこともあって、代りになる表現方法が発達している。日常的にコミック・アニメを観ていれば、それは分かる。逆に分からずに批判すべきではない。『漫画の真似』はしてるよ、でも『ごっこ遊び』にしてだ。子どもが真似するのを心配するなら、まず自分(特に保護者さん)が真似られるべき手本となればいい。
qquppa @qquppa 2013年8月14日
JohnFCandy1 フィクションなら無制限に自由というのは、いかがなものか。表現者も民主主義国家を構成する一員なのだから、違法行為を礼賛する表現は控えるべきでは。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月14日
qquppa フィクションの中で違法行為が礼賛されても何ら問題はない。二者が法律を超えた戦いをする創作など、過去から幾らでもある。民主主義国家の規範に則る必要もない。想像の中に超えられない枠組みを作る必要はない。しかし、ある個人が全ての創作物を受け入れられる必要はなく、それを求めることも不適切。そのために公開の制限などの適切なゾーニングが行われるべき。
qquppa @qquppa 2013年8月14日
JohnFCandy1 たとえ二者が法律を超えた戦いをする創作であっても、通常は両者の意地やしがらみで戦わざるを得ない状況が存在しているという実態を丹念に描くことで、違法行為を礼賛する意図を解消する形が取られていると思うわけです。実際、主人公が快楽殺人を楽しむようなフィクションものってあまり見かけないのではないでしょうか。そのようなものが蔓延し出したら、表現規制運動は当然起こるように思います。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月14日
qquppa フィクションは道徳の教科書ではない。フィクションが模倣されて問題視となったことは今までも何度もある。昇汞水自殺の続出、精神障がい者を酷く性的虐待する事件などはよく知られている。しかしその原因をフィクションが終着点とするのは無理がある。殺人事件を頻繁に扱う推理小説が殺人事件を増やしたと主張する人は事実上いない。フィクションが口火を切らねば、別のものがきっかけとなる。仮にフィクションを道徳教本化して、次はどうするのか。砂の真砂が尽きても悪事の種は無くならないらしいが。
言葉使い @tennteke 2013年8月14日
qquppa 手塚治虫の「MW」は、映画化もされました。映画は見てないですけど。>>主人公が快楽殺人を楽しむようなフィクションもの
言葉使い @tennteke 2013年8月14日
主人公が極悪非道で快楽を楽しむって、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」とか。
言葉使い @tennteke 2013年8月14日
都筑道夫のショートショートに、警官が推理小説を「近頃の犯人は指紋とかアリバイとか知恵がまわって~。推理小説のせいだ」みたいに批判してた文章があったけど、実際警察官って推理小説や警察小説をどう思ってるんだろ?
qquppa @qquppa 2013年8月14日
JohnFCandy1 そう。フィクションが模倣されるのが問題の本質ではありません。国家が民主主義体制であることと、国家の一員である立場の人が平気で違法行為を礼賛するということが整合しない点が問題の本質なわけです。なので、フィクションと模倣の非関係性をいくら説いて表現規制運動を鎮静化させようとしても、一向に収まらないと。
qquppa @qquppa 2013年8月14日
tennteke 「MWやドン・ジョバンニにおける作者の意図として、快楽殺人や極悪非道行為を楽しむことの礼賛以外の解釈は難しい」と主張されているのでしょうか?
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月14日
qquppa 国策フィクションしかないような国は御免蒙る。国家の一員なのは、個人の属性の一つにしか過ぎない。作品内で違法行為を礼賛しても、創作された世界の中でのこと。現実とは関係がない仮想実験に文句を言うべきではない。創作が主張であるときだけ問題にすればよい。観たくない権利も守る必要がある(ゾーニング等)。しかし想像力を養わないで、現実を生きていけるのか。単一の価値観は異文化・異文明に接触した途端、崩壊する。仮想世界で無限の経験ができる芽を摘んではいけない。
言葉使い @tennteke 2013年8月14日
qquppa 悪漢小説・ピカレスクロマンの流れって知ってます?
言葉使い @tennteke 2013年8月14日
日本人ってロボットやライオンが人の心を持ったら?という if をマンガや小説やらでやっていて読者も楽しんだり思案しているけど、現実に起こったら映画「新・猿の惑星」のようになるんじゃないかという可能性。
言葉使い @tennteke 2013年8月14日
表現規制が何故いけないのかという意見の一つに、未成年幼女に酷いことをするマンガを読んで読者=加害者に感情移入するという意見に凝り固まった馬鹿が、被害者に感情移入する読者を想像できないことだ、という人がいた。「被犯罪行為礼賛者」という想像力の欠如。
言葉使い @tennteke 2013年8月14日
そもそも西洋では「聖書以外の書物なぞいらん!」という時代があり、東洋では「史書や天下国家を語る以外の書物なぞいらん!」という時代があるのに、表現規制の連中でそれらを超えるロジックを出す人がどれだけいるんだか。
言葉使い @tennteke 2013年8月14日
「言葉遣いが間違ってる!」という人に「じゃぁいつの時代のどこの場所の言葉遣いが基準なんだ?」と質問してまともな返事を言える人が(まぁ)いないように、「フィクションなら無制限に自由というのは、いかがなものか」というのなら、いつの時代のどこの場所のフィクションが基準なのか、是非教えてもらいたい。
青空ぷらす @aozorapurasu 2013年8月15日
金玉を蹴るマンガがあるから金玉を蹴るヤツがいる。ミステリー小説があるから人殺しが起こる。登場人物が喫煙する映画があるから未成年が喫煙する。エロマンガがあるからレイプが起こる。 アホかと。 フィクションと現実の間には道徳や常識という壁がある。多くの人は常識や道徳を知ってるからフィクションに「影響」されてルールを破ったりしない。 
青空ぷらす @aozorapurasu 2013年8月15日
もちろん、フィクションに「影響」されてルールを犯すヤツは存在するだろうけど、そいつらは元々、道徳や常識、順法の大切さを知らないか、その意識が低いヤツなんだから、例えフィクションに「影響」されようがされなかろうが、いずれ人を傷つける。それは教育の問題で、だから順序が逆だし、その責任をフィクションに押し付ける事自体がナンセンス。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 たとえ作品内で違法行為を描いたとしても、普通は違法行為を礼賛したことにはなりません。なぜなら、作家は普通なぜその違法行為が生じたのかについての社会的な背景や個人の内面的な背景を丹念に描くからです。つまり、この丹念に描かれた背景をもって表現したいことのメインとすることで、違法行為礼賛の意図を回避しているわけです。そして、このコストをケチった作品が蔓延し出すと表現規制運動が起こると。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
tennteke 悪漢小説やピカレスクロマンの流れにおいて、作者における違法行為礼賛以外の意図を汲むことはできないとでも?
qquppa @qquppa 2013年8月15日
tennteke 現在において違法行為を描写しつつも表現規制運動を受けずに供給され続けているフィクションジャンルを基準に考えればよいのでは。たとえばテレビ放映されている刑事ドラマなんかは殺人行為が描写されることがありますが、殺人行為を礼賛する意図など微塵も感じられないものばかりではないでしょうか。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa フィクションは仮想世界だ。想像力の届く限り、現実とは無縁に何でも実現できる。現在の日本の道徳無視で、救いのない絶望を絶賛的に描いていい。創作する側も鑑賞する側も、創作物と一致するものではない。創作・鑑賞は思考実験であり、ifの世界でもある。価値観が全く異なる異世界で何ら問題ない。コストをケチったというのが創作として低質ということなら、詰まらないものは受けないという当たり前の理由で消える。そこに道徳的理由を持ち込んではいけない。それに際し、ゾーニングは既述。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa しかし、ジャンルそのものの排除はNG。既に述べた想像力の涵養以前に、創作・鑑賞は内心の自由に直結している。内心の自由の最低限の発露が、ゾーニングを行った上での創作の自由であるわけだ。これを表現の自由、さらに言論の自由まで拡張する意図はない。それを言いだすと収拾がつかなくなる。あくまでもフィクションについてだから。悪しき見本はフィクションのみならず、無数にある。例えば、毎日報道される凶悪事件はどうするのか。現実であり。ドキュメンタリーまである。実害はあるだろうか?
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa ない。歴史を学んでも同じことが数多と出てくる。そうしたことは、一方からの視点では悪であり、他の視点では悪でない、どうかすると正義、あるいは善であることも少なくない。フィクションは、そうしたことを分かりやすく見せる。判断が容易いということではない。また作者の意図通りに受け取る必要もない。フィクションだけに限定するとか、鑑賞して作者の意図(と称する誰かの推測)通りに受け取るというのは間違いだ。ましてや、その通りに動かされたりはしない。判断力をあまりに低く見積もってはならない。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
aozorapurasu 表現規制運動が起こる真の本質は、道徳心の欠如した読者への影響に関する懸念などではなく、実際のところは、違法行為礼賛の意図を平気で表現してしまう道徳心の欠如した作家の存在そのものにあるということなのでは。だからこそ、読者への影響懸念はナンセンスとか突ついても、規制運動は何ら鎮静化しないと。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 表現の自由規制(特に自ポ法絡みで言われていること)を行うべきという主張は、建前は道徳的、倫理的なものになっている。盛んに主張する人の中にはそう信じている人もいるだろうが、おそらく多くはそうではない。見たくないんだよ。実在モデルが関与していない場合、単なるヌードでないものも多い。身体的、精神的な虐待などの残酷なもある。さらにそれが単純でないものもある。あえて多数に不快な言葉を用いるなら、「マゾヒストの幼い少女」などは、そのジャンルを知らなければ、一見で大変なショックを受ける。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 今ではそれとは無関係なネット検索をしていて、出くわしてしまうこともある。規制反対運動の一部では、それに対して敵対的な態度を取っている場合がある。それでは、そういう人たちは規制推進の側に『避難』せざるを得ない。どんなに嫌いなジャンルでも、なくせばいいというものではない。経験則だが、8割は嫌い、あるいは嫌なものだ。では、その8割を排除したら大丈夫なのかというと、そうではない。大丈夫と思った2割の中の8割が、新たに嫌なものになってしまう。さらに個々人の差がそれに加わる。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 規制強化を許せば、すべてなくなるという主張がよくある。あまり考えていない論が多いような気もするし、自ポ法でいえば、提示されている改正案がそれに直結するかどうかは疑問だ。しかし「これは駄目だから排除しよう」という態度には終わりがないことは、よく承知しておくべきだ。いいものも駄目なものも全てなくなるまで終わらないからだ。無くせと論じるときに、それはどこまでなのかは明確に考えておく必要があり、それを提示する必要がある。それはできるの? とりあえず以上。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 たとえifの世界構築が低質であっても、違法行為描写が高質ならば、違法行為描写を楽しみたい読者はその作品を詰まらないものとは扱わないのでは?もしも違法行為描写が高質であってもif世界の構築が低質ならばその作品は受けずに消えるという現実があるのなら、表現規制運動などそもそも起こらないように思います。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 楽しんでいいと言っているが伝わっていないのだろうか?好き・嫌い、面白い・詰まらないは主観である以上、個々人を観ていれば分からない。平均的には詰まらないという評価の作品でも気に入る人はいる。いちいち例外まで語っていられない。そういう例外を言いだすというのは、言えることがなくなっていることを知るべきだろう。事実、かなりの量を書いたはずだが、ほとんど全てスルーしているよね?
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 歴史的事実なら、人類は拷問と行為をずっと行ってきた。非常に残酷な拷問道具が数多とある。魔女狩りにおいて、非常に酷いことが、しかも肯定的に行われたことは、その時期の歴史を学べば必ず出てくる。そういう歴史を知ることは悪影響があるのだろうか?もちろん無いし、学んでおくべきだ。フィクションから感じ取ることもまた然りと言うしかない。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 「マゾヒストな幼い少女」みたいなものを創作世界の中で無理なく自然に導入するためには膨大なコストを支払って綿密な世界構築をする必要があるわけで、そのコストをケチるがために大変なショックを与えてしまうのでは?児童に性的虐待を加える描写をしたいがためにそのような特殊な性的嗜好をもつ少女を導入したと解釈されないだけの自然な仮想世界構築は、最低限必要であるように思います。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 殺人行為描写が嫌いな人でもテレビの刑事ドラマを受け入れている現実をみれば、「なくせばいい」という意見に従わず、描写を受け入れさせることはいくらでも可能です。違法行為礼賛にならないだけの十分な文脈を整えたうえでその違法行為を描写すればいいだけのことです。そのコストをケチって低質な文脈のもとに先走って描写しているがために規制運動を撥ね退けるのに難航していると。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa イラストを描くには、創作者に練習というコストを掛けた後は、商業的なら相対的に単価は高いとはいえ、それほどコストはかからない。常にコストを掛けるべきはゾーニングだよ。観る人に何らかのショック(あるいは感動)が与えられないものでは意味が無い、あるいは質が悪い。見たら後悔しそうな人にどう遠慮してもらうかであって、作り手やファンを抑えつけるのは間違いだ。万が一、アングラ化したら手が付けられない。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 万人向けに柔らたものにも意味はある。そうしたいわけではなく、できるだけ先鋭的に、ショッキングにしたいという意思を無暗に抑制してはいけないということだよ。例えばR18作品を全て全年齢向けにすることは可能ではあるだろう。しかし、それに積極的な意味はなく、18歳以上を満足させていたものが消える。無くせばいいというのが駄目なのは既に述べた通りだ。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa いろいろと答えられないようだから、一つに絞って聞いておきたい。ゾーニングではいけない理由を示してくれないか?
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 ゾーニングしてもなお表現規制運動が鎮静化しない現状を見れば判るとおり、問題の本質が、違法行為礼賛コンテンツが合法的に流通していることが民主主義の建前と衝突しているという現実にあるということです。なので、違法行為礼賛コンテンツの合法的流通の自粛あるいは違法化がなされるまでは、表現規制運動は鎮静化しないのではないでしょうか。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa ゾーニングなどされていないよ。ネット検索R18の画像は『必ず』警告されているだろうか?そういう事実はない。森美術館の会田誠展の警告も、彼の絵画を見たことのない人には無効だった。「会田誠」でネット検索すれば、問題にされた絵を含め数多出てくる。こうした状況をどう見て「ゾーニングしてもなお」と言えるのか、不思議だ。現状、ゾーニングできていないではないか。そして単純な質問にも答えられていないね。ゾーニングされた後でも問題はあるかと尋ねたはずだよ。そこを回避すれば話は進まない。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa あるジャンルの創作(脳内だけから生み出されたものとしよう)をよく分かった上で観ている人に対して、それが理解できない人が理解しようとしないまま創作を葬ろうとするのは、非常に残念な事態だ。もちろん、理解しようとして、価値が分かるものではない。そこまでは求めてはいけないが、ジャンルの特徴は知っておく必要がある。逆に、好んで観る人が、見たくない人の気持ちに沿えなくても、嫌悪しているということは充分踏まえる必要もある。互いの間の埋められない溝の確認がゾーニングの手始めだよ。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa もう一度言うようだけど、多様な文化的文脈がある中、ある人が他の人の趣味を嫌うのはいい。好き嫌いを否定することも、内心の自由を侵すことであり、やってはならない。しかし、嫌いな人には見せない、強要しないといったマナーを守ってもなお、見てもいない行為まで禁じ始めると危険だ。何かを禁じられた人は、禁じた人に同じ基準で別の事を禁じるだろう。禁止事項満載のブラックリストが破たんしてホワイトリストを使うようになる。つまり道徳の教本に書いてあることしかできない。そんな世界がいいわけがない。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 ならば、ゾーニングを実効的に機能させることのできる方策を述べることなしにゾーニング・ゾーニングと何度連呼したとしても、絵に描いた餅でしかないのでは?
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 今はそういう話もできない状態だからだよ。落ち着いて話を聞こうとしていてすら、規制反対派・推進派のうち、過激派がなだれ込んでくる。一方は表現の自由や芸術の破壊者だと言い、もう一方は子どもを堕落させる奴、あるいは小児性愛者だと罵る。どこに埋められない溝があるか、確認できる状況ではない。あなたも、頭から有害だと主張するばかりではないか。繰り返すようだが、これにも答えて欲しい。推理ファンの犯罪率は一般より高いのか?
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa もし答えがあれば、いくつかの質問も残っている。犯罪報道は?戦争のレポートは?歴史上の酷い事件は?それらには、下手なフィクションを遥かに超える残虐なものがいくつもある。全て禁止すべきなのか? それらは構わないのであればフィクションとの有害性の違いは何で、どうしてそうなるのか? それらも駄目ならすべてなくして大丈夫なのか?
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
創作と人格が別である例。社会派創作者としての良心と、異性に対しての自制心は別なこともある。残念なものではあるけど、この事件の逆もまた然りと言うべき。//「モリのアサガオ」漫画家、強制わいせつで起訴 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130814-OYT1T01575.htm?from=tw
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 好き・嫌いに端を発していると解釈するから規制運動を鎮静化できないのであって、民主主義体制との不整合が問題の本質であると言っているのですけど?
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 「好き・嫌いに端を発していると解釈するから規制運動を鎮静化できないので」はない。好き嫌い自体に問題はない。ゾーニング、棲み分けの問題だよ。そしてフィクションに「民主主義体制との不整合が」あっても「問題の本質で」はない。歴史ドラマは民主主義の欠片もないものが多数あるが、民主主義の差し障りになるだろうか?無論、そんなことはない。それで質問されたことは相変わらず答えられない?(未来の)ゾーニングがあってなお、あなたが否定するものが存在してはいけない理由だ。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 推理小説は殺人行為の背景をそれこそ丹念に描いているわけで、実際、表現規制運動も起こっていないのでは?文脈を整えることなしに安易に描かれる違法行為礼賛コンテンツが表現規制運動の原因であるという主張と何ら矛盾するものではありません。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 質問に答えられるの、答えられないの?ゾーニングしても、なお問題があるかどうかは重大事項だ。ゾーニングが確かに無効なら、同様のことが多数ある以上、消し去らねばならないものの数と量は膨大だ。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 一応はレスしておく。「推理小説は殺人行為の背景をそれこそ丹念に描いているわけで、実際、表現規制運動も起こっていない」だろうね、事実上。それでも『バクマン。』が描写したようなことが現実にないわけではないが。「文脈を整えることなしに安易に」は具体的にどれ?そういうのが溢れかえっているの?「描かれる違法行為礼賛コンテンツが表現規制運動の原因である」が、あなたの危惧する理由ではない。嫌悪だということは説明した。だから「主張と何ら矛盾するもの」は論点ずらしでしかない。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa 失礼、編集ミスした。「だから「主張と何ら矛盾するものではありません」は論点ずらしでしかない。」と訂正してお詫びする。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 ノンフィクションにはそれが取り扱う事実に現実の背景が存在していることが確定しているため、違法行為礼賛にならないということです。フィクションの場合は、現実の背景がないのだから、違法行為を生じさせる自然な背景をコストをかけて丹念に構築しなければ、違法行為礼賛の意図を回避できないという明確な違いがあるわけです。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa ゾーニングが為された後でも駄目かどうかすら答えられない、つまり答えを持っていないと言うことだね。何も考えていないし、現状を全く知らないではないか。能書きはもういいよ。何か語りたいなら、語る対象を少しは理解してからにしてもらいたい。無駄な時間だった。以上。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa そうだ、もう一つだけ言っておいた方がいいだろうね。いかなるフィクションであれ、有害である証拠は何も無い。それは有害だと主張するあなた方大勢、つまり規制推進派が証拠を提出できないでいるからだ。有害だと言いたくてたまらない大勢が何もエビデンスを出せない。それで充分だ。ちなみに確かに無害だという立証はできない。無いということの証明は悪魔の証明と言われる通り、不可能だからだ。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 つまり、意図されているゾーニングとは、合法的に流通しているコンテンツのどれを閲覧しても違法行為礼賛するものを目にすることはなく、違法行為を礼賛するコンテンツを楽しみたい人は日本国民という立場を一時的に棚上げしてアンダーグラウンドで楽しむという状況であると理解してよろしいでしょうか。もしもそうなら、こちらとしては異論はありません。
John F Candy @JohnFCandy1 2013年8月15日
qquppa くどいね、あなたは。異論を考える前に、論を持ってもらいたい。ちなみに、全てリジェクトしておく。
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 たとえばご自身が挙げられた「マゾヒストな幼い少女」という特殊な性的嗜好をもつ少女を導入するためには、自然な社会的背景や内面的な背景をもつ世界観としてどのようなものを構築できるのか?と尋ねているいるわけです。不自然極まりないものしか無理ではないのでは?
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 有害であるという証拠はないのに規制運動が鎮静化しない現実があるからこそ、有害性の懸念が規制運動の原因なのではなく、民主主義体制との不整合こそが本質であると指摘しているのですが?
qquppa @qquppa 2013年8月15日
JohnFCandy1 口先だけで違うといくら言っても、ゾーニングとしてどのようなものを意図しているのか明かさなければ、実質的には違うと否定したことにはならないのでは?
かばなり @kabanari 2013年8月19日
「金的は危険なのに何故表現として使うのか?」という問いであれば、答えは「空気を読んでるから(世間一般?で漫画の表現として、まだ許されているから)」じゃないですかね。
かばなり @kabanari 2013年8月19日
作り手としては、未成年喫煙や未成年飲酒も使えるもんなら使いたいんじゃないですかね。本心の自主規制ならいいけど、外圧による自主規制という名の表現規制は嫌なんじゃないですかね。多分。
かばなり @kabanari 2013年8月19日
じゃー何でもアリなの?となると、個人的には何かしらの線引はあったほうがいいとは思うものの、明確な規定が自分の中にあるわけでもないので、難しいところ。
かばなり @kabanari 2013年8月19日
また明確な規定ができるとギリギリを攻める輩もでてきて(それはそれで楽しいのかもしれないけど)、んじゃ線引変えるか、みたいになってイタチごっこで双方?体力をすり減らし、誰も得しない、とかなりそう。で、んじゃ空気読んでいこう、てとこで落ち着いてるのが現状かな、と。それがベストなのかはわからないけど…。
RAYMON(単行本発売中) @RAYMON_ 2014年4月27日
金的がよくて喫煙がダメなのは単にうるさい奴の声の大きさ、数の問題でしょう。表現の自由の理念的に言えばどちらもOKでなければいけないが、商売上の不利益を考えれて喫煙はダメと自主規制しているだけ。商売でやっている以上はアレはよくてこれはダメと言うのはどの段階においてもせめぎ合う問題かと。 班長さんは正しいけど…まぁ商売のことには言及しにくいよね。