鷲谷花さんによる『風立ちぬ』評

映画研究者鷲谷花さんによる宮崎駿『風立ちぬ』に関するツイートをまとめたものです。
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鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』見終わって飛び乗る北行電車。「創造的人生の年限は十年」と、知る限り半世紀近く頑張ってらっしゃるマエストロに仰られると、あら嘘つき!となりますわな。嘘をつき、隠し事をし、その嘘を自分で信じ、隠したものは本来存在しなかったと思い込む。そうやらねば回らない創造的人生

2013-08-04 12:00:07
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』は、『ハート・ロッカー』の最後のせりふ「小さい頃大好きだったものは大抵ガラクタだと気付く。大切なものが一つか二つしか、一つしかなくなる」の実現例として見た。途中経過が都合よすぎてずるいはずるいけど、最後に主人公が空を見上げながらも真下に姿を消していく下降運動に落涙

2013-08-04 12:14:54
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』の主人公は、大日本帝国の男子と生まれた特権はちゃっかり享受、男子たることに伴う責任としがらみは免除されているずるい人で、彼が免除されている最大の責任としがらみは、「家」の一員たることのそれ。友も上司も後輩も、誰も彼を名字で呼ばない。いるはずの父と兄が人格としては不在

2013-08-04 12:21:13
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』の主人公一家は、大家族らしい示唆はあるにもかかわらず、キャラクタとして画面に登場するのは母と妹だけ、男の存在は徹底排除。しかし、「兄の辞書を借ります」という一言のみで言及される兄が、物語世界の外でイエに関する責任を負っている。「堀越」が消え「二郎」だけが残る

2013-08-04 12:44:08
鷲谷花 @HWAshitani

「堀越二郎」のはずが、「堀越」抜き「二郎」だけで世を渡っていける立場に恵まれた『風立ちぬ』の主人公は、『不如帰』の武男と対照的に、ほぼ外的な障害や困難なしに、結核を病む愛する女性と婚姻できる。一方、周囲に引き裂かれる『不如帰』の二人に対し、悲恋を呼び込む彼の業深さも際立つような

2013-08-04 13:13:49
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』の主人公の実家の「男」が消されるばかりか、彼は外でも「飛行機関係者」と「使役される人々」(「牛」と同カテゴリかも)以外の男と原則没交渉。彼の世界で「男」とは、冒頭のいじめっこ三人と後の方の海軍の軍人たちのように、「理解できないノイズを発する醜い生き物の群」でしかない

2013-08-04 13:37:43
鷲谷花 @HWAshitani

世の中の男たちを「牛」か「虫」の同類としてしか認識できてない疑い濃厚な『風立ちぬ』の主人公は、飛行機を介してのみ「男」とも付き合うのだが、本庄氏も黒川氏も、二郎君と親しく付き合おうという男性たちは、いつもどこか苛立たしげだ。ボールを投げた先がスポンジの壁で、手応えがないイメージ

2013-08-04 13:47:39
鷲谷花 @HWAshitani

「飛行機」抜きで「男」だけ相手にする気が根本的になさげな二郎君は、席を譲る三等車の婦人客、おきぬと菜穂子、シベリアを差し出す少女(実際は「三人姉弟」だった相手を、後で本庄に説明した際には「女の子」だけに切り詰めた気配に注目)と、「女」との関わりについては能動的にみえる。だがしかし

2013-08-04 14:49:54
鷲谷花 @HWAshitani

夢の中で二郎君の関心が向かうカプローニ以外の人間が、女たち、ただし、「飛行機に向かって手を振る女たち」と「飛行機から手を振る女たち」であるように、「女」に対しても、「飛行機」抜きの人と人の付き合いが成立するかどうか、最初から最後まで疑わしい

2013-08-04 15:01:55
鷲谷花 @HWAshitani

飛行機以外では最大の関心事のはずの菜穂子さんに対してさえ、二郎君は彼女の描いているキャンパスの画面を一顧だにせず、ひたすら「紙飛行機」を投げ渡しつづける(それを掴もうとした彼女が危うくテラスから落ちかけるのにあまり頓着しない)ことでしか働きかけない。やはり関心は狭く偏っている

2013-08-04 15:16:04
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』で印象的だったのは、二郎君の「顧みない」スタスタ歩きで、大学では「二郎さん、リーベのプレゼントですか?」という後輩の呼びかけを黙殺し、軽井沢で放置された菜穂子さんの油絵道具に気づくと、キャンパスの絵を黙殺して通り過ぎ、小道の奥へと歩みを進める。他者の関心に対する無関心

2013-08-04 20:32:23
鷲谷花 @HWAshitani

しかし、『風立ちぬ』がややこしいのは、二郎君は彼なりに愛と善意の人であるとこで、「人類の男≒牛」だとしても「牛は好きだ」と言い、自分の飛行機に手を振り、飛行機から自分に手を振る女のことは「大好き」らしい。他者が何を感じ、何を考え、何に関心を持ち、何を欲するかへの関心を欠くだけで

2013-08-04 20:43:45
鷲谷花 @HWAshitani

床の菜穂子さんと手をつなぎ、机に向かって仕事する二郎君は、それでも彼女の顔を顧みないのだが、この終始一貫「顧みない」主人公が、最後の最後で九試単座戦闘機から視線を外し、菜穂子さんのいる山の方を「顧みる」、今までとは方向の違うこの動作が彼の創造的人生の終止符、これはかなり痛切

2013-08-04 20:57:26
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』は危うい途をたどる映画ではあるだろうけれど、最後にその道程が何だったのかと問うにあたり、言葉や演技ではなく、「別方向を顧みる」、「空を仰ぎつつ真下に降りてゆく」という運動の方向性の変更だけが示される、というのが、うまくいっているかどうかは措いて、動揺させられはする

2013-08-04 21:08:36
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』の庵野秀明アフレコは、蓋を開けてみたら全然良かったではないですか。特報で(これでは「棒読み」を越えた「音読」・・・!)と震撼した箇所は、音読すべきとこだったので問題なし。人間性がいろいろ不自由な人物像がむしろクリアになったのでは

2013-08-04 21:25:35
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』の夢が何だかとっても気味悪いのは、人格としてそこに存在するのは二郎君とカプローニ氏だけで、現実の家族友人知人が一切出てこないからかも。どんだけ他者に関心無いんですかああた、と。最後にとうとう現実の世界から夢の世界に越境してくる唯一の他者が、また不気味な絵面でギャー

2013-08-04 21:33:41
鷲谷花 @HWAshitani

映画に「人柄」があるならば、『風立ちぬ』のそれは、信用ならない、近づいたらいかん、きっとひどい目に遭わされる、というあたりかもしれないが、おもしろいことは大変おもしろかった。「人柄は折紙付き・面白さは控えめな映画と、ひとでなしだが面白い映画、君ならどちらを選ぶかね?」

2013-08-04 21:45:22
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』には大きな不満がふたつあって、「関東大震災パートで自警団の虐殺描写がきっとある!」という期待が適わなかったことと、やっぱり和装が総じてイケてなかったこと(色がいかんなあ)。ただ、二郎君のお母さんの居方が妙に色っぽかったりもする。あと、これ名古屋映画でもあるのな

2013-08-04 21:53:25
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』。二郎の実家からはいるはずの父兄の存在が消され、本庄がもったはずの所帯については一切顧みられず、おきぬの「2人目の赤ちゃん」には言及されても結婚相手についての情報なし、家付娘と婿養子の気配濃厚なノミの夫婦・黒川夫妻。―と、「あたりまえの家父長制家族」は徹底排除なのか

2013-08-05 06:27:04
鷲谷花 @HWAshitani

大日本帝国とは、「陛下と臣民」~「家父長と子」の関係に基づく擬似家族国家だったとして、終始、「いる」はずの「家父長」を「いない」ものとして扱うアプローチを貫く『風立ちぬ』は、主人公を家父長制家族から解放し、ついでに「戦前・戦中の日本人であったこと」からも解放しちまってるのかな

2013-08-05 06:34:03
鷲谷花 @HWAshitani

で、『風立ちぬ』で描かれる恋愛において、「あまりに都合のよすぎる存在」とは、菜穂子さん当人ではなく、彼女のおとーさまだよな、と思った次第。カリオストロ伯爵の目元まわりだけヒツジの瞳と交換したようなおとーさま、交際の許しだけ与えて消えちゃって、娘夫婦の「新居」を訪ねてすらこない

2013-08-05 06:39:12
鷲谷花 @HWAshitani

さて、北陸の淋しい夜をじわじわ蝕む『風立ちぬ』のラストシーンの異常さの後味。あれは見覚えのあるでかくて重たくて凶暴なパラソル、そうやってさして歩くための道具じゃなかったような、という得物を軽々と掲げて、「イキテ、アナタ、イキテ」(キラキラ~☆ キラキラ~☆)。・・・こわいよう

2013-08-05 23:49:23
鷲谷花 @HWAshitani

最初に"Le vent se leve, il faut tenter de vivre"の応答があり、”il faut...” を、二郎君は「生きようと試みなければならない」と理解する。物語世界内に堀辰雄は不在のため、「生きめやも」訳にはならず強い命令形。つまり最後のあれも命令

2013-08-06 00:02:54
鷲谷花 @HWAshitani

『風立ちぬ』、ひとまず結論。「生きることを試みるべし」と命じる風が上方に去った後、彼は空を仰ぎつつ真下に沈んでいく、という絶望的な図を見た気がする。いいラストシーンじゃあないか。でもこわかった

2013-08-06 00:19:48
鷲谷花 @HWAshitani

そういえば、飛行石の効果を実験しようとしたパズーが盛大に落下したとき、シータはおさげの先まで驚愕と心配に打ち震えていたが、『風立ちぬ』の菜穂子さんは、二郎君がテラスの手すりをぶっ壊す勢いで二階から落下しかけるのを目の当たりにして、全然動揺していなかったような。ナニこの人たち

2013-08-07 00:29:26