モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Summer VII~
- IngaSakimori
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折からの湿気は頬にまとわりつき、見上げた空には黒雲の粒がぽつぽつと浮かんでいる。 蝉の声がやや耳障りだった。夕立が空から来襲したならば、彼らも求愛の絶叫をすこしは控えるのだろうか。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:31:50「意外と遅かったな。コーヒーでも一杯飲んでて良かったかもな」 鋸山(のこぎりやま)林道の舗装を横断する流水の上を、構わず突進してきた早間(そうま)のDR-Z400SMは濡れた泥のあとにまみれている。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:32:13エキパイ……アンダーガード……そして、リア周り。その時になってはじめて志智は、自分が認めていた『汚れ』がもっぱら林道走行によるものだったと気づいた。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:32:23もちろん、都合三つの林道を走破してきた、志智(しち)と亞璃須(ありす)のマシンも同じことではあるものの、早間仁(そうまじん)のDR-Z400SMはその度合いが明らかに異なっている。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:32:46(それだけ……速く、激しく走ってきた、っていうことなのかな……) オフロード走行の初歩すら知らない志智にとっては、なんとなく推測するしかないことだが。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:32:56「まさかあんなところで会うとはな。 何だよ、林道に興味が出たか……けど、VTじゃいくらなんでも厳しいぜ。おまけにあんな程度の荒れ具合で足踏みしてるようじゃ、さ」 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:33:04「……どうも」 勝ち誇ったような早間の言葉に、わずかながら苛立ちを覚える自分がいる。 しかし、それが負け惜しみでしかないことも志智には分かっていた。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:33:31「オフ車以外で突っ込むなら、むしろ原付の方がいいぜ。カブとかな。 俺も最初は原付からはじめたんだ。 町の中を━━といっても、福島の田舎だから、コンビニまで何キロもあるようなところなんだけどさ。手早く移動するために免許をとったんだけどな」 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:34:57「近くのダートに間違って突っ込んでみたら、面白くて……それからが始まりさ」 「あいにく、バイクを二台買うような余裕はないんです」 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:35:11「そうか。なんか、金がありそうな彼女連れてるのにな」 「彼女……?」 早間の視線がむいている先を振り返ってみると、そこには腰へ手を当ててふんぞり返っている亞璃須がいた。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:35:24「はあ!? 彼女!?」 「ん? 違うのか?」 「違う!」「違いませんわ」 「……どっちなんだよ……」 男女二人から、まったく正反対の返答を同時に聞かされて、早間は困ったような呆れたような顔で首をかしげる。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:35:38「しかしものすげーバイクに乗ってるな。 XR650Rなんて、日本じゃもてあますお化けマシンだぜ……というか、あれじゃないのか?」 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:35:48「本当はスパーダが彼女のマシンで、三鳥栖……むしろXRはお前のマシンなんじゃないのか?」 「逆です」「逆ですわ」 「……まあ、それは正しいみたいだな……」 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:36:09まず志智の長身と、小さな亞璃須を見比べて。 続いて、見るからにコンパクトなVT250スパーダと貫禄のあるXR650Rへと視線を移し、早間仁は深々とため息をついた。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:36:32「何にしても、VTで林道なんか走るもんじゃないぜ。 オンロードマシンにはふさわしい場所ってもんがあるさ。峠なり、ツーリングなり、街乗りなり、な。 もっとも、俺のDR-Zはどこを走っても速いけどな」 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:36:51「……それは、周遊でも同じですか?」 「ああ、もちろんだが?」 早間の言葉には、年上だからという奢りもあったのかもしれない。 あるいは、見るからにマッチしないマシンに乗っている志智と亞璃須の二人をみて、侮りが生じたのかもしれない。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:37:01「だったら……俺のスパーダなんて軽くぶっちぎれるでしょうね」 だが、その軽い言葉が三鳥栖志智(みとす しち)の心にある、何かへ火を付けたことは間違いないようだった。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:37:17「そう━━だな。 VTはいいマシンだと思うぜ。けど、いかんせん万人向け。そして250ccだ。 DR-Zは単気筒だが、400ccなんでね……排気量の大きいバイクが、そうじゃないバイクを対等に扱うのは不公平だろ」 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:38:10「そんなもの、ですか……ね。 峠は軽いバイクの方が有利だって、言うじゃないですか」 「こいつだって十分軽いぜ。そこのXRほどじゃないにしろ……スズキが作ったレーサー直系カリカリのいいマシンだ。 曲がるのも止まるのも、250ccになんか負けないぜ」 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:38:28「だったら、試してみたい、ですよね」 「意外と好戦的な奴なんだな。おもしれーや」 早間の返答には、肯定も否定も含まれていない。 しかし余裕混じりに志智を見かえす視線には、どんな挑戦からも逃げるつもりはないという意志が、明らかに含まれている。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:38:45「それじゃあ、決まりですわね」 そして、火花を散らす両者の視線を、満面の笑みでカットしたのは亞璃須だった。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:38:55「次の日曜夕方。二人とも都合はどうです?」 「俺はそれでいいよ」 「別にいいけどさ……XRの彼女、なんであんたが仕切るんだよ」 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:39:11「ああ、彼女! XRの彼女ですって! 志智? この言葉の響き、たまらなくいいものだと思いません? もちろん『彼女』が意味するところは明確ですわよね?」 「知るかっ!」 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:39:31「知るかっ!」 「人の話聞けよ……ったく、これだからガキは。 まあいいや。来週の日曜なら、俺も暇してる。こちとら女の一人もいない、寂しい身なもんでな━━あ、そうだ」 と、その時唐突に。 #mor_cy_dar
2013-08-31 13:41:18