茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの連続ツイート第1021回「カルベ・ディエム!」
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かで(1)原題がDead Poets Society、邦題が『今を生きる』という映画がある。主演がロビン・ウィリアムズ。名門校に赴任した新任教師。厳しい規則で縛り付ける学校生活に慣れていた生徒たちは、いきなり、教師の型破りの指導法に戸惑うが、次第に心惹かれていく。
2013-09-01 08:44:39かで(2)教師は、まず、「教科書の*頁から*頁を開けろ!」と言う。生徒たちがそれに従うと、いきなり、「そこを破り捨ててしまえ」。戸惑って顔を見合わせる生徒たち。「やっちまえ、破り捨てろよ、意味がないんだから」。生徒たちは、言われたように破り捨てる。その瞬間、何かが解放される。
2013-09-01 08:45:56かで(3)教科書を破り捨てさせた後、教師はいきなり口笛を吹き始める。仕草で、ついて来いよと誘う。生徒たちは、全員、教室から出て、教師と一緒にホールに行く。そこにあるのは、学校に属していた昔の生徒たちの写真。みんな若い。だけど、今では死んでしまっている。
2013-09-01 08:47:47かで(4)Carpe Diem, Seize the day! 今を生きろ。時間なんて、あっという間に経っちまう。今日という日をつかめ。生徒たちは、次第に、この教師は、単に知識を教えに来たのではなくて、人生についての、何か大切な叡智を伝えようとしているのだと気づき始める。
2013-09-01 08:49:18かで(5)「意識の流れ」を論じたウィリアム・ジェイムズによれば、我々に与えられているのは常に「今」だけである。記憶は過去の名残をかろうじてとどめるが、圧倒的な「今」のオーバーフローのうち、ごく一部分だけが残るだけである。「今、ここ」で体験できることは、「今、ここ」にしかない。
2013-09-01 08:51:26かで(6)チクセントミハイは、第二次大戦後の混乱の中で、どんなに苦しくても希望を持って振る舞い、周囲の人にも良い感化を与える人が、学歴や社会的地位とは関係なくいることに気づいた。「フロー」の研究に転じたきっかけである。「今、ここ」に没入することでフローに入る。
2013-09-01 08:52:41かで(7)フローにおいては、「今、ここ」の行為そのものが目的となり、報酬となる。フローにおいては、時間の経過を忘れてしまう。「今、ここ」に集中することで、最高のパフォーマンスが生まれる。しかも、緊張や無理はなく、まるで木もれ日の中にいるようなリラックスがそこにはあるのだ。
2013-09-01 08:53:50かで(8)誰でも、自分の人生の中では「今」が一番若い。一度過ぎ去ってしまえば、もう二度と戻ってこない。Carpe Diem, seize the day。今を生きるということを知っている人は、幸せな人である。チクセントミハイが「フロー」を研究した根本的動機は、幸福の解明にあった。
2013-09-01 08:55:36かで(9)映画『今を生きる』の中で、当局から学校を追放されることに決まった教師を、生徒たちは机の上に立って、「Capitain, o capitain!」(船長、おお船長よ!)という詩を朗唱することで送る。今を生きる、という没入の中にしか、結局人生の充実はない。
2013-09-01 08:57:18