2010年10月3日

10月2日のデモについて、カップに入ったハムスターの小論。

10月2日に起こった渋谷のデモ。 アレが全く報道機関によって取り上げられなかった件について。 報道機関に対して「情報統制やめれ」と言うのは非常に不毛なのである。 何故なら、彼らは「公的私人」と「私人」の2両面性を持っているからである。 続きを読む
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taku @_heathworld_

昨日のデモの件。日本語の情報筋では全く情報にアクセスできなかったという事。これは「知る権利」の中の「アクセス権」についてかかわってくる問題。「知る権利」については確かに”新しい権利”なのでまだ法整備はなされていないが「アクセス権」については基本的人権にかかわってくる問題となる。

2010-10-03 13:52:41
taku @_heathworld_

「知る権利」とマスコミをリンクさせる事は、マスコミ自体の批判になってしまいがちなので、ここでは「アクセス権」の問題を提唱したい。つまり、問題なのは「マスコミが明確な情報統制をした!」というよりも、情報に全く「アクセス」が出来なかった事が問題なのである。(続)

2010-10-03 13:55:22
taku @_heathworld_

ちなみに、日本の全体国家的な、もしくは統制国家的なものに関しては、「あれほどスムーズに新札旧札の交換が出来た事」を想定すれば直ぐにわかる。普通はこんなに市場に溢れかえっているお札を新しいものと取り替えるなんて出来ないんだよ。(続)

2010-10-03 13:57:08
taku @_heathworld_

脱線した。「アクセス権」の問題に戻る。ある情報に対して”平等にアクセス出来ない”という問題である。これに対しては「ソフト面・ハード面からのアクセスを考えると”平等に”ある情報にアクセスする事は不可能だろう?」と思われる方もおられるかもしれない。だがこの認識は間違っている。(続)

2010-10-03 13:59:12
taku @_heathworld_

これは、現実問題として「そこにアクセスしたかどうか」が問題になっているのではなくて、ある情報に対して平等にアクセス”出来るか”どうか?という権利の問題である。実際、今回の問題では、ツイッターや2chという非公式的な情報交換の場所でしか情報にアクセス”出来なかった”のである。(続)

2010-10-03 14:01:05
taku @_heathworld_

ネットを公式的な場所とするかどうかの議論は他の場所に任せるとして、紙面や時間という枠の縛りがほとんどないネットの公式情報筋でその情報にアクセス”出来ない”という事は、決定的に権利侵害である。これに関してはたぶん全ての人が納得するのではなかろうか?(続)

2010-10-03 14:03:27
taku @_heathworld_

さて、ジャーナリストは思想を持っている。間違いない。それと同じように各報道機関も思想を持っている。つまり思想の自由だ。これも否定する人はいない。実は、「各報道機関に思想・言論の自由が与えられているのか?」という自由権の問題とアクセス権は密接にかかわってくるのだ。(続)

2010-10-03 14:05:42
taku @_heathworld_

「各報道機関に対して思想・言論の自由を与えれば、彼らが各々の独自のバイアスを持って情報を提供するはずなので、必要な全ての情報は提供されるであろう」という前提がある。その前提を持って考えれば、当然、あのデモについて報道の必要があると判断する機関はあるだろうと容易に想定できる。(続)

2010-10-03 14:08:24
taku @_heathworld_

ところが、一切の報道は無かった。つまり、各報道機関は報道の必要性はないと判断したのだ。さて、この判断は正しいのか?といわれれば正しいのだ。何故なら、報道するもしないも彼らの自由意志によるものだからだ。なので、報道原則や情報統制に対しては権利という視点からは否定できない。(続)

2010-10-03 14:10:29
taku @_heathworld_

しかし、報道機関はもうひとつの側面を持っている。それは、私的思想は認められてはいるが、同時に多くの人の権利に抵触するようなモノを取り扱っている公的機関としての側面である。つまり、報道機関は「私人」を持ち合わせているが、同時に「公的私人」としての役割を持ち合わせている(続)

2010-10-03 14:12:35
taku @_heathworld_

よって、私は「公的私人」である報道機関に対して批判する。彼らはある情報を「自らの意志」で国民の「全ての情報にアクセス出来る」という権利を明確に侵害したのである。これは、権利侵害である。果たして、「権利侵害」をする機関に「公的役割」を与えて良いのだろうか?(続)

2010-10-03 14:15:15
taku @_heathworld_

それは当然与えることが出来ないのだ。何故なら、「公的機関」とは「権利を守る」ために存在を許されているのであって、「権利を侵害する」ためには存在は許されていない。我々私人の、基本的人権などを守るために存在しているのだ。この視点からの批判に対しては報道機関は反論の余地はない。(続)

2010-10-03 14:17:32
taku @_heathworld_

よって、今回の報道機関の、渋谷デモに対する動き・反応は、「報道機関の公的役割という面」に対して嫌疑を投げかける結果となってしまった。これに対しては、明確な説明責任を有する。(続)

2010-10-03 14:19:30
taku @_heathworld_

私個人としては、マスコミ・報道機関は「情報を第一義的に取捨選択し、情報に価値を与え、そして価値基準を明確にする」という公的役割について非常に注目していて、最大限の評価をしてきた。しかし、今回の問題はその公的役割に疑問が投げかけられてしまった。報道機関の今後の対応に注目したい(終)

2010-10-03 14:21:42

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