信念から仮説へ

shinshinohara @ShinShinohara

駿馬も老いては駄馬となる。過去の成功体験で傲慢になり、反対意見を聞き入れなくなる。そんな大先輩たちを何人も見てきた。私もそうなるのだろうか。若干、世代の問題のような気もするけれど。先輩は、謝らない、間違いを認めない、主張を曲げない、というのが男らしい、と勘違いしている世代。

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６５歳以上は「信念」を貫く姿勢を重視する人が多い。「イデオロギー」が吹き荒れた時代だからだろうか。ナチス、ファシズム、軍国主義、マルキシズム、ポルポト、主体思想などなど。様々な信念が大勢の人を魅了した。しかし後輩である私たちは、それらの信念が悲惨な結果になったことを知っている。

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「信念」に疑問を呈した哲学者がいる。オルテガだ。信念は文字通り信じて疑わない考え。疑わないから、反論を聞き入れる気がない。間違っていることに気がついても無理矢理自分が正しいことを主張し、声の大きさで圧倒しようとする。でも、間違いは間違いだ。

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どうやったらより正しく考えを持てるのか。解決策を提示したのがポパー。ポパーは、すべての言説は「仮説」でしかないとし、どんな思想であろうと「反証可能性」（反論する余地を必ず準備すること）があるべきだとし、反証を認めない思想は「信念」（自分が信じたいだけの固定観念）でしかないとした。

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自分が今、信じていることは、「とりあえず」こう考えておけばうまくいくらしい、という「仮説」に過ぎない。リンゴは明日も地面に向かって落ちるだろうし、息を吸えば肺に酸素が入ってくれるだろう。今日あったことは明日も起きる、という「再現性」という仮説を「とりあえず」信じているにすぎない。

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とりあえず信じているものは仮説でしかないから、日々、反証を受けて修正を迫られる。オルテガ、ポパーが論証したように、私たちはもはや「信念」を持ちようがない。一所懸命知識を身につけ、一所懸命考え、どうやらこれがかなり確からしい、という「仮説」を持てるに過ぎない。

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自信に満ちあふれ、確固たる信念を持つ人を、これまで私たちはかっこいいと思っていた。だが、人は絶対正しい「信念」を持ちようがない。絶対正しい「信念」がそもそも存在し得ないからだ。それをあたかも絶対正しいかのように主張する人間は、旧タイプの人間だと言わざるを得ない。

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だがそれとは別に、男の多くはどうやらプライドなしには生きていけない生き物らしい。「自分はこう生きてきた」というプライドを老人になればなるほど捨てられなくなり、自慢げに話さずにいられなくなる。信念に囚われる老醜を見せずにいるのは難しい。

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私はオルテガやポパーの主張を知り、自分の信じていることが「仮説」でしかないことを知っている。そして、不断にブラッシュアップ（改良）を続けることが重要なことも知っている。しかし、私も老いればそんな知識で自制するよりも「誇りたい」という気持ちの方が打ち勝ってしまうのだろうか。

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ただ、多少希望が持てるのは、５０歳代くらいから非常に思考が柔軟な人が増えている。どんなに正しいと信じていたことも間違っていたと後で分かることが多いのだから、今信じていることは「仮説」でしかない、ということを弁えている人は増えている。「信念」に囚われていない人が増えている。

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この人たちは、定年を迎えて仕事から離れたとき、「信念」に囚われずに済むだろうか。間違いを認め、常に自分の思想を磨き続けることができるだろうか。私は老いてもそうありたいと思っているが、老人になると幼い頃の気性が復活してしまうらしい。私はどんな老人になるのだろう。