茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの連続ツイート第1035回「先生、先生、それは先生」

脳科学者・茂木健一郎さんの9月15日の連続ツイート。 本日は、今朝、目覚めた瞬間にふと思ったこと。
コラム 先生 茂木健一郎 せそ
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茂木健一郎 @kenichiromogi
連続ツイート第1035回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、今朝、目覚めた瞬間にふと思ったこと!
茂木健一郎 @kenichiromogi
せそ(1)今朝、目が覚めて、トイレいっている時に、ふと今朝の連ツイは「先生」ネタで行こうかな、と思った。それで、座ってツイッター開いたら、「先生」問題についてツイートして下さっている方がいたんで、びっくりした。人によってはシンクロニシティと思うだろうが、私は単なる偶然と考える。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せそ(2)それはさておき、学生の頃は生意気盛りだから、「先生」という呼び方に、反発していた。自分のことを「先生」と呼ばせて粋がっている人とか、マジでダサイと思っていた。また、やたらと「先生」「先生」という世間って、アホなんじゃないの、くらいの勢いがあった。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せそ(3)これは有名な話だが、アインシュタインは大学時代、教授の一人を(ドイツ語で)「先生」(にあたる言葉)と呼ばずに、その結果教授ににらまれて職を得ることができなかった。アインシュタインから見れば、尊敬できないその人を、形式的に「先生」と言うことに耐えられなかったらしい。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せそ(4)本当に尊敬できる人を「先生」というのは美しい。例えば、新潮社で長年小林秀雄さんの担当編集者をされていた池田雅延さん(朝日カルチャーセンターでも講座を持っていらっしゃるので、ぜひみなさん聴講ください!)。その感性、佇まい、見識は、「先生」とお呼びするにふさわしい。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せそ(5)世間には、やたらと「先生」とつけるのが習慣の職業もある。例えば、医者。学会などでも、MDの方々はお互いのことを「先生」という。これはもうdefaultで、殆ど意識しないほど。また、国会議員。ほとんど自動的に「先生」とつける。自民党本部でも、「なんとか先生!」と呼び出し。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せそ(6)もちろん、お医者さんや国会議員の方の中には、真に尊敬できる方もいらっしゃると思うが、全ての人に形式的に「先生」とつけるのは、先生のデフレであり、いかがなものかと個人的には思う。しかし、日本文化はそうなっているわけで、一つのESS(進化的に安定な戦略)なのだろう。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せそ(7)やたらと「先生」とつける日本の文化は、美しい習慣であると同時に一つの脆弱性でもある。例えば、「先生」が自動的に正しい、という価値観では、自由闊達な議論ができない。お互いにファーストネームで呼び合う文化と、やたらと「先生」と呼ぶ文化では、議論の平等さが異なる。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せそ(8)だからと言って、「先生」という言い方にこだわるのも、ダサイ気がする。小津安二郎が言ったように、「どうでもいいことは世間に従う」。先生と呼んでも呼ばなくても、本質さえ見えていればいい。自信がない人、弱い人ほど「先生」の威を借りたがるもので、それも一つの機微である。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せそ(9)だから、「先生」という呼び方に反発している学生なんかがいたら、そいつは見所のあるやつだと思うし、「先生」に安住しているおじさんがいたら、もう伸びないんだろうとは思うけど、最終的にはどちらでもどうでもいいというか、文化的な美質と脆弱性を自覚していればいいと私は考える。
茂木健一郎 @kenichiromogi
以上、連続ツイート第1035回「先生、先生、それは先生!」でした。

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