【子供のため】 事故報道の遺体損壊説明が曖昧すぎる件 【大人のため】

思えば昔の報道では、事故や事件での被害者の遺体損壊状況説明って、もっとえぐかった気がする。血まみれの被害者、血まみれの犯人にモザイクやブルーシートもなかったよなあ、とか。 それはさておき、「その事故で、その被害者はどのように亡くなり、遺体はどのような状態になったのか」についての報道が自粛されるようになったのは、PTSDが広く知られるようになり、報道によって二次的な被害が起きるのを防ぐため、或いは二次的な被害についての責任追及を避けるため、批判や非難の矛先を避けるために、あまり詳しく説明しなくなったのではないだろか。(その割に賠償請求されそうにない風評被害の拡大には無関心だけど……) 個人的には「それをしたら何が起きるのか?」という説明内容が生理的嫌悪感を含めた忌避心・恐怖心を抱くものであったとしても、それは説明すべきでないかなあ、とは思う。 続きを読む
事故報道 本日のゴゴゴ
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DELTA und Panzer @deltayiri
<事故>サンルーフから頭出し高架下に衝突 6歳児死亡(毎日新聞) - Y!ニュース http://t.co/9x6CkUOtPb チャイルドシートもシートベルトもつけさせてなかったってことだよね。悲しい話だけれども親としてなにやってんのって話でもある。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg
「頭を強く打って」=首から上がもげてすっとんでいった 「身体を強く打って」=強い打撃によって身体が破裂、或いは四肢がちぎれて飛び散った 「○○との間に挟まれ」=鋭角なものとの間に挟まれた場合は断裂してちぎれ、広範囲が挟まれた場合はプレスされて平たくなってる
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg
報道の「状態説明」は、本当に優しいと思う。であるが故に、「事故・事件の結果、被害者の身体はどのような状態になったのか」を思い描くことができない。アニメ、マンガ、映像作品では、身体がちぎれる描写は少ないかごく一瞬だし、格闘漫画やファンタジー漫画でもゴムのように弾む描写も多すぎる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg
でもあの説明だと、「ゴチンとぶつけて頭に一瞬にしてバッテンの絆創膏が生じ、意識を失って、結果的に死んだ」と理解する人多そう。 QT @RX78_01: @azukiglg ニュースで分かる状況で、サンルーフから頭出して高架にぶつかれば千切れる姿が想像できましたわ
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg
死んだかどうかについては、「病院まで運ばれた上で医師の診断によって死亡が確認される」ので、現場から病院に運ばれるまでの間に「即死」とは言われないんだよなあ。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg
大人向けのホラー、怪談なんかだと恐怖描写のリミッターは比較的緩い。(その代わり、部落差別とか朝鮮半島非難とか、そっち方面の規制はきつい)でも、対象読者が未成年になると、「具体的な描写」にはやはり制限が掛かる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg
まあ、どこまで描写するのが適切なのかという線引きはとても難しい。子供に「上あごから上がちぎれて食道の上に乗っかった舌がちろちろ動いてました。頸動脈から噴水のように血液が噴き上がりました」という描写をしたら、まず読んでもらえないし保護者が買ってくれないので商品としては立ちゆかないw
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg
でもまあ……「絶対にそれをしてはいけない」と大人が子供に期待することって、「それをすると何が起きるのか?」を子供が想像し、理解し、自ら自衛しようと警戒心を持つ、というところまで繋がらないと、「してはいけない」は決して守られない(´Д`)
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg
どんなに大人が注意しても見守っても、子供は大人が目を話した隙に勝手に死ぬ。「それをしたら自分に何が起きるのか?」を正しく連想させるためには、大人が過剰に「危険について子供に教えない」のはよろしくないんじゃないのか、と、子供を脅かすのを生業にする怪談屋さんとしては常々思う。
ちょっと関連(・ω・)

ツイートまとめ 【子供のため】 弱者淘汰を正当化するための呪文について 【大人のため】 【子供のため】 事故報道の遺体損壊説明が曖昧すぎる件 【大人のため】 http://togetter.com/li/571082 の、ちょっと続き。 「子供のことを考えるなら、具体的な説明など不要」という意見を持つ人は、なぜそれを「正しい選択肢」と考えるのか。 「どうせ子供は見ないのだから不要」という意見を持つ人は、つまり「救済可能性を捨てて、自己責任で自己救済できない人は見捨てて淘.. 22693 pv 395 20 users 9

コメント

虎荒狗狼 @koalaclaw 2013年10月1日
そういえば阪神大震災以降ぐらいからだな、即死と報道しなくなったのは。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月1日
鉄道事故(踏切事故、駅構内人身事故)などのグモ系の遺体は、裂断される他に「裏返しになっちゃう」「弾けて赤い霧になっちゃう」「ちぎれた部品が延々線路の上に撒き散らされる」「100m以上遠くまではじけ飛んでしまい、回収が凄くたいへん」という話を聞いたなあ(´Д`)
bass_ikeda @bass_ikeda 2013年10月1日
昔話では「首がもげた」「喰われた」といった残酷な話も語るが、決して残虐には語らない、という小澤俊夫氏の論を思い出しました http://fmfukuoka.co.jp/mukashi/ 「血が噴き出した」とか具体的な描写を昔話ではしない、とのこと
永沢壱朗 @Nichilaw 2013年10月1日
エロゲにかぎらずPCゲーム業界は、この辺が一番緩い世界のひとつだろうなあ。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月1日
世界にそういうものがあると認識するのと、自分もそうなるかもしれない認識する間には深い谷が。正確な残酷描写を報道したとして、ワイドショー的事件報道としてホラー・サスペンスに近い前者止まりの娯楽としてしか消費されず、当事者・関係者へのPTSD等の弊害を無視するほどには、世間一般への抑止力として充分には効果的ではなかったという反省があっての現在の曖昧報道ではないだろうか?「俺は大丈夫」を乗り越えるための注意喚起はただ報道で残酷な世界を垂れ流すことでは成し得ないと思う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月1日
しかして、「配慮」によって死は遠くなった。死を遠く感じるものに、自分に訪れる死の可能性を予感することなどできない。 hallow_haruwo
清川ニゴル @Nigoru_K 2013年10月1日
死が遠くなったのは、自分の世界を構成する人物に死者が少なくなった(医療の発展や小家族、個人主義など)ことと、死という事柄にメディア(ゲームなどの創作含む)を介して接する場合が多い(画面の向こうの話=自分には関係ない現象)ことも原因ではないかな、と思います。
nuts @nutskix 2013年10月1日
「それをしたらこうなる」の意識の薄さは冷蔵庫入っちゃったりする一連の騒動にも通じるような
モンガラNebutanキャンプ場 @Nebutan 2013年10月1日
放射能を忌避する人々が理知を受け入れないのは、縁遠くなっていた「死」を目の前に突きつけられて冷静さを失っているから、と云うのもあるのでは‥‥‥とこのまとめを読んで思ったり。
takashi @Takashi_araheu 2013年10月1日
運転免許の違反者講習だとこういう「本当にあった怖い話」のオンパレードだった気がする。新聞が公共性のある(ということになっている)メディアである限り、報道はこの線引きで構わないと思うけどなぁ。
江州藤原氏/発達障害当事者なんですこれで @hipponmaster 2013年10月1日
強姦を暴行と言い換える記事が多いせいで、逆に 暴行された→レイプされたと思い込むようになってしまった。例えばこないだの前田日明が巻き込まれたやつとか。
takashi @Takashi_araheu 2013年10月1日
新聞が線引きの決まった文法で報道している以上、ネットで検索かけることで「頭を強く打って間もなく死亡」という書かれ方がどういう状態であったか、結局分かってしまう訳だし…。実際、今このタイミングでけっこう検索されてたりするんじゃない?
mikunitmr @mikunitmr 2013年10月1日
グモッチュイーンで「体を強く打ち」→バラバラのグチャグチャ
細川啓%求職中断 @hosokattawa 2013年10月1日
ニュースを見ていたら、スタントマンを使った交通事故の実演でも子供は相当怯んでいるので、血を見せなくても事故の恐ろしさは伝えられそう。貧血を起こして肝心の注意を聞いていないようでは意味ないし(教習所のビデオ講習では実際にあった)。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月1日
「血を見せなくても」でなく、「そういう事態になったらまず血が出る。血が止まらなければ傷の大小に拘わらず死ぬ」というのが本当は重要なんだと思う(´・ω・`)
農民 @no_mi_n 2013年10月1日
何となく「やる夫が鉄道死傷事故の処理をするようです」を思い出した。あれは電車に撥ねられた死体…もとい負傷者を割りと生々しく描写してたな。報道もあれくらい表現しても良いのかも。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月1日
猫を何匹か飼っているのだけど、うち一匹が生まれた時から体悪くてもういかんかもってなってたんだ。でも、死んだのはその姉妹の元気だった子なんだ。家の前で轢かれててね。体悪い方は今も病気なりに生きてる。事故のちょっと前、具合崩してた弱ってた方は写真撮ってたのに死んだ方は撮ってなかったり生死に順なしを分かってなかったことを痛感したとともに、親が運んできた死んだ猫をサッと見るだけでひどかったらしい死顔を直視できなかったことは死を直視できない自分の弱さを今でも痛感させられてることなのだけど…。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月1日
死を近く考えるのは各々の身近な体験とかが強くて、マスな報道に残酷な表現をさせることによってその役割を期待するものではあまりないと思うんだ。ペットを飼えとかじっちゃばっちゃと同居して臨終に立ち会う機会を推進しろって言ってるんではないんよ。ただ、報道の表現に原因と解決方法を見出すのは違うのかな?って。
catspeeder @catspeeder 2013年10月1日
いや昭和の頃だって、んな具体的な遺体損壊の具合がわかるような報道はなかったと思うが。それに子供たちに死とそのリスクを教えるのは、そもそもマスコミや娯楽のお仕事なのか?という疑問が。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月1日
事故に対する個別的注意喚起で言えば、こういう事故でこういう死体もぐちゃぐちゃなひどい目に会いましたという事例報道での緻密な表現より、事例で言えば人形とかをサンルーフから出して通過させて首飛ばす実験映像をスローモーションにして流して専門家の解説も入れる注意喚起のための注意喚起のほうが、注意喚起になるかもしれない報道表現の残酷化よりも重要になると思う。害がないなら両方でもいいかもしれんけど害が想定しうるなら「配慮」して効果がある方法に絞るのがいいと思うな。
nekosencho @Neko_Sencho 2013年10月1日
たとえば昔プロレス見ててショック死した人がいたように、刺激的な描写は危険を伴うので、ニュースのような一般人が無防備でふれる情報は、ある程度マイルドなものにしたほうがいいと思うんですよ。
nekosencho @Neko_Sencho 2013年10月1日
危険を教育する、たとえば運転免許の取得のためとかの学習時とかは、多少グロでも仕方ないなとは思う。もちろん事前に警告の必要はあるだろうね。
nekosencho @Neko_Sencho 2013年10月1日
ニュースだと、テレビを見ながら一家だんらん、ひさびさに孫と楽しい時間とかだったりするんだぜ……
catspeeder @catspeeder 2013年10月1日
Neko_Sencho 盆や正月に親戚一同揃ったときとかも、TVってありがたいもんですな。
コロ松(5才)💩 @korohito7 2013年10月1日
hallow_haruwo 今ってそういうことを細かく報道してみても、残酷描写として「ホラー」というジャンル的な言い換えにされちゃうとその時点でフィクションぽくなっちゃって実感がわかないかもしれない…という可能性。
hi @eq_temperament 2013年10月1日
子供のため? 大人のため? 【お前のため】の間違いじゃねーの?
高橋雅奇 @TakahashiMasaki 2013年10月1日
"いや昭和の頃だって、んな具体的な遺体損壊の具合がわかるような報道はなかったと思うが"いやいや,昔の朝日なんてすごかったすよ(以下実例引用
高橋雅奇 @TakahashiMasaki 2013年10月1日
「B級ニュースの旅」(泉麻人,新潮社)P206~207「娘殺し、野犬と確認 恐い、人肉の味知る牙  世田谷区烏山の麦畑で発見されたM子さん(二一)の惨死体につき警察署では(略)操作会議を開いた結果うえた野犬に食い殺されたものと確認した。」
高橋雅奇 @TakahashiMasaki 2013年10月1日
「捜査一課が推定するその時の現場の状況は十八日夜十時すぎ歩いているM子さんの後方からキバをならして数頭の野犬がおそいかかりまずオーバーにかみついたので、驚いて包みをその場に投げオーバーをぬぎ捨てハダシでにげようとして」
高橋雅奇 @TakahashiMasaki 2013年10月1日
「さらにズボンをかまれ,三四歩ひきずるように逃げたがモンペ式のズボンはひもをしめたままぬぎとられた。ハダカとなった脚にがぶりとかみつかれ悲鳴をあげた際舌をかみ、倒れるまま意識不明となった。」
高橋雅奇 @TakahashiMasaki 2013年10月1日
「そのあとをガイ骨さながらというまで無残に食い荒らされたものらしい。(昭和22年2月21日 朝日)」
高橋雅奇 @TakahashiMasaki 2013年10月1日
(なお わしは近所の図書館で朝日縮刷版の当日の記事を確認済み)
l-m @light_m 2013年10月1日
フィクションでの描写はともかく、死後に遺体の損壊具合を事細かに報道されちゃ親族だってたまらんし、死者への冒涜にもなりかねん。
catspeeder @catspeeder 2013年10月1日
TakahashiMasaki すげえ!安易に「昭和」とくくったのは撤回しときます。俺が知ってる昭和なんて50年代あたりからの限られた期間なんだなー。
はやまさんじゅうろう @totoronoki 2013年10月1日
怪我をする、死んでしまうという事実だけで注意する気にはなるでしょ。事故の状況はともかく遺体の状況なんて知らなくていい。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月1日
「痛くて怖くて気持ち悪いから、見たくないものを見せないでくれ」「死んだ事実がわかれば十分」「遺族が可哀想」いずれも耳に涼やかであると思うんだけど、「なぜ、どのように死んだか」「何が致命傷であったか」「その事故でどのような状態になったか」について、「想像したくないから言わないでくれ」という人は、実際にどれほど想像できているんだろうかね。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月1日
「頭を強く打って」「全身を強く打って」「車と壁の間に挟まれ」「線路に落ちて」「踏切で電車と接触し」ってのは、どれほど「危険」で「どんな状態になる」のかを知らずに警戒できるものなんだろか、とは思うんだがなあ。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月1日
「結論だけわかればいい、そうなった経緯など知りたくない」っていう意識っていうのは、経緯や状況の理解を放棄して「つまり!?」と結論だけ求める性急さを育てるのかもしれんなあ。「我々は結論さえ分かっていれば、そうなる経緯など理解しなくても事足りる!」みたいな風潮の片鱗がここにも見えた気がする。
如月 宗一郎 @S_kisaragi 2013年10月1日
かの有名な、広島新交通システム橋桁落下事故だと、50cmほどに圧縮された車から足が出てるのがノーモザイクで放送されていたけど、あれだって「全身を強く打って」扱いなんだろう。https://www.youtube.com/watch?v=7_TGl0CAXuA&feature=youtube_gdata_player
汐鈴@がんばろう瀬戸内 @cio_lunacy 2013年10月1日
「怖いから聞きたくない」ひとは「怖い」ことになってるのが解ってるひとなわけで、どちらかと言うとそうじゃない「怖いことになるとは思っていない」ひとに注意喚起したいわけだけどそういうひとは残酷描写してもしなくてもニュースなんか見ないのかも、と思ったり。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月1日
死体の状態の描写はむしろ「つまり!?」の結論に属するもので、適切な知識・経験があれば結論である死体から死に至る経緯や状況を理解するための貴重な情報になるけれども、適切な知識・経験が無いであろう人(子供)にこそ注意喚起したい場合は死の瞬間までの経緯や状況の丁寧な説明こそが重要で結論としての死体の状況自体は必要不可欠とまでは行かないのでは?と
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月1日
個別の安全教育の場といった例示もされているように死体状況の理解が必要な場面は間違いなくあると思うのだけれど、弊害の可能性も考えれば無差別に垂れ流されるマスな報道が獲得するに至った「配慮」を捨ててまでそれをしなければならない場面であるとは…って感じかなぁ。「配慮」した形式での科学的・実証的な理解を深める方向の注意喚起は広く目に触れるマスメディアにこそしてもらいたいけども、それは「配慮」しても可能だと思うんだ。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月1日
むしろ「配慮」ないと傷えぐってワイドショー的な娯楽にすることに血道上げる連中だという不信感も…。そうなれば悲劇性の演出は特殊性の演出につながって、遠い世界のことになり「俺は大丈夫」を助長し、それは理性的な注意喚起にはむしろ害に…とまではならなくても報道で「配慮」を捨てた場合の+-は微妙に。なら傷つく人がいるかもなら「配慮」しとく選択はありかなと。
Peculiar News JP @digdagzigzagu 2013年10月1日
「窓から手や顔を出さないで下さい」とは言っても、「出したら首チョンパでグチャグチャで死んじゃうかもしれないから注意してね~」なんて説明はさすがにしないと思う▼しかし想像力の無い親は、サンルーフから首を出すのがいかに危険な自殺行為か理解できない。そういうバカ親のためにも、事実は事実として伝える必要がある。
桶庵 @sininenkuumeri 2013年10月1日
「こうしたらこうなる」を理解してほしい人が見てないのに細かな状況描写しても意味ないもんなぁ
宮本のぞみ@あすなろサンシャイン @nocchi77 2013年10月1日
?今でも「頭を強く打って」「体を強く打って」表現は耳にするような?
関野武志 @midorikurage 2013年10月1日
危険を体感させたいのであればグロテスクな事故の映像でなくとも、衝突実験で人形や模型がバラバラになる映像を見せ、「これが人間だったらどうなると思う?」と想像させることでも効果は得られるでしょう。なんなら生理用品のCMのように青い血を見せても良いかもしれませんね。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
だからこそ死ぬ人はどうあっても死ぬから、言われなくてもわかる人に迷惑がかかる注意喚起は不必要って考え方に縋るのが楽なのかも。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
あと「子供にそんなことを教えてもわからないのだから言う必要ない」という人達は、子供に見にくい世界を見せないで注意喚起する立派な人達だと思うんだけど、逆に「何歳になったら教えて理解させるべき」で「何歳くらいからなら【言わなくても理解できるようになる】」と想定しているのかは知りたいかも。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
「今は知らなくてもいい話」と「言われなくても判って当然」の切替を、何を基準にどのように判断して強いてるのか。ここの基準をどう持っているかで、意見の分かれる話かもしれない。
有村悠%1/22砲雷撃戦・に-10 @y_arim 2013年10月2日
つーても「衝撃で肉が全部すっ飛んでいって皮膚だけ残って木に引っかかってた」(日航機墜落事故。閲覧注意→ http://jal123au11.seesaa.net/s/upload/detail/image/emma1.jpg.html )とか説明のしようがないしなあ。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
その意味で「理解してほしい人はどうせ見ないから言う必要はない」とすると、理解してほしい人達は想像することができないから、いずれ注意喚起が及ばなくて早死にするが、そんなのは【自己責任だから誰かが救済を促す必要などない】ということを、割と皆、賛成してるってことになる。「子供に見せるのは残酷だから教えない」と言いつつ、「知らない子供が早死にする可能性(教える大人もよくわかってない)を後押しする」のが、こうした「子供を守れ」の本質なのではあるまいか。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
なぜ「赤」が危機警告色なのか?というところから外れていくと思いますな。それは。 midorikurage
いぬ @__apology 2013年10月2日
昔は規制なかったとは言うけど、その時代は子供の悲惨な事故はなかったの?
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
昔のほうがもっとたくさん死んでて、報道されない死に対面する機会も多かった。報道されるまでもなく死が身近だったわけで。今は、「報道でもされないと他人の死に接する機会がない」が故に、他人の死、自分にも起こるかも知れない死というものが、想像しにくくなっているとは思う。近親者を家で看取ることすら減ってるんだから。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
「人体は血が詰まった水分70%の人形型水風船に過ぎず、カルシウムの芯やら筋肉やら脂肪やらは、皆が思ってるほど頑丈じゃない。衝撃を加えれば破裂して壊れるんだよ」という、この共通理解を、誰が、いつ、どのように教えるのが良いのか、という話に関連するんですけどね。たぶん、大多数の人は「それは学校が、家庭が、親が、自己責任が」って答えるか、「人によって獲得の時期は違うのだから、自主的な理解に期待するしかない」って言うと思ってるけど。
catspeeder @catspeeder 2013年10月2日
関連まとめも見たけど、とにかく自分の中にある結論をゴリ押ししたいようにしか見えなくなってきたぞ……ここのコメ欄でも相手の疑問に対しての言いがかりがひどいし。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
人が皆それぞれに、異なる立場から異なる疑問を持つことは別に問題ではない。異なる疑問を一本化しないといけないという義務を我々は負っていないのだし。疑問をそれぞれが持って、自分の疑問や自分の結論を、それぞれが話し合ったらいいんじゃないでしょうか。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
そして僕は「人は例外なく死ぬし、人体はあっけなく壊れる。その事実から目を背けさせることにメリットがあるのだという考えは理解できるが、それによって起こるデメリットの帳尻合わせは、誰がいつどのようにするのが最適だろう?」と考えているのであって、「答えを出せ」とか「おまえが間違ってる」とか言ってるわけではないですよ?
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
人間は不死身じゃないし、人体は脆く壊れやすい。そのことをきちんと説明しないことを正義とするなら、それによって起こる不利益はどうすれば解消できるのか、とまあ、そういうシンプルな【設問】にすぎません。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
あと、「怖い人はちゃんと理解できている」は実はそうでもなくて、恐怖心から「ただひたすら関連情報を【忌避】してそれを直視しない(から、実際にどうなるかを理解しない)」という反応と、「実際に何が起こるかを理解した上で、そうなる事態を【回避】する」という反応がありうる。忌避と回避は違うのではないでしょうか。
catspeeder @catspeeder 2013年10月2日
「人間は不死身じゃないし、人体は脆く壊れやすい。そのことをきちんと説明しないことを正義とする」←えっ誰がしてるの?
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
個人を批判してるわけじゃないから、「自分はしていない」と思うなら反応しなくていいと思う。してないならいいじゃないですか。
関野武志 @midorikurage 2013年10月2日
教育は発達段階に応じて進めるものです。どんな分野でも十あるものをいきなり十与えたりはしません。子供には想像力があります。赤い液体を見せることによるPTSD等のリスクを学校は取らないでしょう。RT azukiglg なぜ「赤」が危機警告色なのか?というところから外れていくと思いますな。
寝不足 @kiirono883 2013年10月2日
はてブから来ました。 元新聞記者と名乗る方が「『頭を強く打って』は脳挫傷、頭蓋骨骨折なども含み、必ずしも『首がすっ飛んでいった』ではない。『体を強く打って』は内蔵損傷、内臓破裂なども含む」と指摘しています。その通りだと思うのですが?
寝不足 @kiirono883 2013年10月2日
事実、新聞に掲載されている交通事故記事では「頭を強く打って」という表記は珍しくありません。となると、まとめ主さんはすべての事件において「頭がもげた」と考えるのですか? 
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
「そのどちらであるのか?」をなぜ描写しないのか?という話ですね。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
脳挫傷レベルか、頭蓋骨陥没骨折か、頭蓋骨の一部を喪失する骨折か、頸椎骨折か、頸椎骨折の後に下顎部より喪失か。子供や程度がわからない親に創造できるのは「ぶつけてたんこぶができる強打」かもしれませんが、そんなもんじゃ済まないんだということを、それこそ親が知るようにすべきではないか?とは思います。親も自分が知らないことは子供に教えられないでしょう。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月2日
「子供が赤い色を見るとPTSDを発症する」とか言い出したら、日の丸は禁止になりませんかそれ(^^;)
充満黒萬獣 @MyMassGuilt 2013年10月2日
少なくともチャイルドシートのようなルールで縛っている部分に関しては、刑罰という「マイルドな危険予測」を示すことで代用してる側面もあるかも。
充満黒萬獣 @MyMassGuilt 2013年10月2日
「やったら怒られる」を用いれば、「やったらバラバラになって死ぬ」よりも遥かにマイルドに危険を予測させることができる。ただし、これでは状況から危険を予測する能力は培われない。困った。
寝不足 @kiirono883 2013年10月2日
私がいいたいのは「議論における前提条件が誤っている」ということです。まとめ主さんは、その「前提条件が正しい」と考えているのですか? YESかNOでお応え下されば幸いです
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月2日
これは、まとめに対してどうこうではなく、まとめから考えたことのメモ。死を遠くに近くに思うとはどういうことか?それは死体の有り様を思うことではなくその先を思うこと。浄土真宗であれば生死出づべき道を求めること。子供への安全教育は必要で避けられる事故はあっても死は遠ざからない。老若男女・注意不注意の別なく避け得ようもなく死は訪れること、それを受け入れるための準備が普段から必要。
寝不足 @kiirono883 2013年10月2日
もし「YES」ならば、その根拠をお示しいただけませんか?
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月2日
不幸があってからこう考えようと知識を入れるのでは届かない。普段から小さい頃から考え方あるいは世界観であり死後観を摺りこんで葬式などの宗教儀式をきっかけとして「呼び起こす」それによって多少なりとも残された人が生きられるようにすること。それを今の仏教界ができているのか?葬式だけの接点だけでは無理。普段から不断の接触が必要。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月2日
日本における市民の信教の自由観は強くて多分正しくもあるのだけど、宗教を公的な教育からは丁寧に遠ざけている。結果、宗教と不可分な死後感というものも教育から遠ざけられている。信教の自由において分別がついて自分で選択できるまで保留するという極めて強力な自由観。ただ、大人になって自分で選んでからでは充分に機能しないことも。子供の頃からの当然に世界はこういうものなのだという理屈ではない受け止めによってこそ効果は最大化される面が。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月2日
不意の死を避けえるものとするのは安全教育としては正しいのだけれども、既にあった死を避け得たのにと責めるのは残された人と寄り添う場合にはその正しさは正しくない…かもしれない。死を報道するということは注意喚起であるのか?その死を社会全体として遺族と一緒に受け止めるという行為であるのか?事故報道であれば前者、有名人の死亡であれば後者の意味合いが大きくなるか?0か100かではなく混ざり合ったものではあるけれども、注意喚起が「全て」ではないのなら、後者のための一定の「配慮」はあっても良いように思う。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月2日
安全教育が不要と言っているのではありません。超必要だと思いますし、死亡報道がきっかけとして重要であることも確かだと思います。ただ、その方法論としてやっと獲得したマスな報道での「配慮」を捨てて残酷な描写を復活させることであるとするのは個人としては同意しきれないということで。「配慮」した上でのマスな報道でのより有効な注意喚起方法と、マスではないような「配慮」が不要な場面における正確緻密な死体情報の伝達も含めたより有効な安全教育は求められるべきであると思います。
統一教会の星 @cpw73XfxIvDa3X 2013年10月2日
フライデー以前の昭和。新聞社系の写真誌や週刊誌が力を持っていた。それらが「商売」のために遺体写真を掲載したり、犯罪内容を詳報。そういう報道は、死者の尊厳を傷つけ、プライバシーを侵害し、遺族の心を傷つけると、その商業主義が批判されるようになった。それで、新聞では詳しく書かないのが常識になった。その後、新聞の文字が大きくなり続け、文字数制限がどんどん厳しくなった結果、今のような報道に。今の若い者は何でも【グロ注意】【閲覧注意】の甘(あま)ちゃんばかりだから、より一層、本当のことは書けない時代。
catspeeder @catspeeder 2013年10月2日
で、出たー「今時の若いもんは」論だーッ! クソプゲラw
うみねこkura @nierl 2013年10月2日
人形での実験も含め、リアリティの無い死を見せる方が危険な気がします。"想像する隙"を与える方がかえって危険だと。イタチの死体を啄ばむカラスを横目に通学するような環境から言ってみました。
寝不足 @kiirono883 2013年10月3日
このまとめ主さんは、結論ありきでアウトプットだけしてるんですね。質問にはほっかむりだし。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
反論は皆で出し合って持ち帰って考えればいいんじゃないですかね?僕が採点する係なわけじゃないし。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
そして、 kiirono883 さんの問いについてはNOです。「そのどちらかわからないような記事の書き方に問題がある」というのが主題ですね。「まとめ主はすべてについて頭がもげたと考えている」という前提設定が間違っています。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
ここから派生した http://togetter.com/li/571479 のほうにもありますが、「人の死がどのように起きたかを、どう既述すべきか?」という問いは、「既に死んだ人とその遺族への配慮と、これから死ぬかもしれない人とその家族が遺族にならないための事前周知(予防)の、どちらをより優先すべきか?」という問いに変わっていきます。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
どちらか一方が大切なのではなく、どちらも重要であるというのは言うまでもないことで、これは立場の異なる方々全てに同意いただけるとは思います。それを踏まえた上で、「予防の機会を拡大すべきか?」「遺族配慮を優先すべきか?」という、方向性の選択は考えなければならないとは思います。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
年一回の消化試合みたいな「安全講習」は十分な効力を与えますか?親に教える能力(知識と認識)が十分にあるかどうかわからない(教える親にばらつきがある)状況下で、「親が家庭ですべきこと」に矮小化した結果が、「不十分な指導しかできていない親」を原因とする事故を生んでいるのでは?それは改めて別の方法で改善できるか?改善のための機会を報道などにも期待すべきか?すべきではないか?
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
「言われなくても察するのが当たり前」を前提とした社会であるが故に、「まさかそんな解釈をするとは思わなかった」が頻発しているのが現状であり、それらの是正を「家庭がやれ」「親がやれ」という話になってくると、結局は「不十分な認識で不十分な指導しかできない家庭に生まれた子供」は、【生まれ/血統によって、将来の生存性が下がる】ということになってしまいやしないかな、とか。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
僕の結論が絶対であるわけではありませんし、別の立場からの別の正論も多くありましょう。けれども、「配慮と予防のどちらをより優先するのが正しい(理に適っている)」かについて、改めて考える機会になれば十分です。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
流れを拝見していて、はてブ系の人は「子供へのトラウマPTSDを考慮せよ(これは僕も看板に書いてますが)」「死者の尊厳」「一家団欒の破壊」「遺族への配慮」などを特に重視しているという傾向であるっぽい。「起きてしまったことについて、ダメージを被る(被っている最中の)人に配慮せよ」という方向の正論を特に重視している、と理解。もちろん、それはそれで正しい。「死者、遺族、子供への配慮」という方向性については。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
それらに配慮した結果として、「将来、同様の事故に見舞われるかもしれない可能性を予防する/未来の被害者を事前に救済する」という方向はどうしても手薄になる。もちろん、「過激に残酷なら危険周知になるのか」と言われたら必ずなるとばかりは言えないが、「頭を強く打った」を打撲程度としか考えない人に「首がもげて転がっていく」可能性を連想させるための【要素】の提供には役立つだろうとは思う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
「言われなくてもそのくらい分かって当然」「提示済みの情報から連想できないほうが悪い」という意見が出ていることにもうなずけるけど、それは同時に「わからない奴は自己責任で勝手に死ね」と言っているのと同じ事になるわけで、「わからない、気付けない、そうとは連想できない人を事前に救済すること」と「わからなかった、気付けなかった、そうとは連想できなかった人の遺族の心情を汲んで悼むこと」のどちらが、今後に役立つか?というのが、この問い全体の主題だろうと思う。
寝不足 @kiirono883 2013年10月3日
@azukingleさん、詳細な説明ありがとうございます。前提条件については私が誤読していたようでおわびします。ただ、質問の回答については「No」とのことですが「頭を強く打って=首から上がもげてすっとんでいった」と記述されているようですが?
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
「そういう解釈の余地を残している」がそれがすべてとも思いません。軽く見積もれば「打ち所が悪かった」、運が良ければ同じ事故でも助かったかもしれない、と解釈できてしまいます。頭を強く打った、というだけの表現は解釈に幅を作ることで、警戒の度合いを受け手が変えてしまいかねない。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
その点について、強い解釈をする事が可能である、という例の一つとお考えください。そして、遅く見積もって時速30キロの相対速度で「頭を強く打った」場合、打撲で済むという解釈の余地を残した書き方には問題があると一貫して考えています。
寝不足 @kiirono883 2013年10月3日
では、イコールではありませんよね。。。
寝不足 @kiirono883 2013年10月3日
azukiglg 「打撲で済むとの解釈の余地を残した書き方」とはどの記述を指しているのですか?
寝不足 @kiirono883 2013年10月3日
さんが抜けておりました。失礼しました
寝不足 @kiirono883 2013年10月3日
「頭を強く打って死亡」とあれば、死ぬほどの相当な強さでぶつかったという事象は明らかだと思いますけれど。 さらには「『ゴチンとぶつけて頭に一瞬にしてバッテンの絆創膏が生じ、意識を失って、結果的に死んだ』と理解する人多そう」とありますが、なぜ多いと考えるのか論拠が不明確ですね。@azukiglgさんがそう思ってらっしゃるのは自由ですが
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
「頭を強く打って」というのは元のニュース記事にあります。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
少ないということも検証できないわけですから、多くないはずという反論に論拠を見いだすのも同程度に難しいのでは?例えば、歩いていて転んで後頭部を痛打しただけで死ぬこともあるわけですから、単純にぶつけただけなのか、ぶつかった結果、どのような損傷を負ったのかの情報は「あって困るもの」でもないのでは?情報を欲しくない、不要だと頑なにならずともよいのではと思いますが。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
文字面から言えば「頭を強く打って」とあれば、打撲/打撃は誰もが想像できるだろうとは思います。これが理解の最大公約数。そこから、単純な打撃ではない程度の身体への損傷を想像できるかと問われれば、「頭を強く打って」からだけでは、受け止める側にばらつきが出ます。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
そのばらつきによって、事態を重く受け止める人と、軽く考える人に分化しうることはお分かりいただけると思います。軽く考える人はリスクが高まるわけで、それを最小化するには、状態の重大性に関する認識をできるだけ近づける必要性があるだろうと思います。
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月3日
以上から、「頭を強く【打って】」とあれば、ぶつける、打撲、打撃を連想する人が最大多数、そこから「より重大な打撃」「打撃の結果としての重大な損傷(脳幹部が吹き飛ぶとか)」を連想できる人は、打撃だけと受け止めた人よりは少数だろう、と推論しました。
寝不足 @kiirono883 2013年10月3日
元のニュースは「頭を強く打った」とあるのは当然把握していますよ。 azukiglg さんはこの事件において「首から上がもげた」と判断されているのですか?
寝不足 @kiirono883 2013年10月3日
私は「多くないはず」とどこにも書いておりません。 azukiglg さんは「理解する人多そう」と指摘されているので、その論拠を質問しているのです。証明するのは私ではなくazukiglg さん側ですね。
寝不足 @kiirono883 2013年10月3日
「頭を打って死亡」、「頭を打って重傷」でどれだけ強く当たったかの程度は分かりますけれど。このまとめでは既出ではありますが、遺族の感情を慮れば、事件の詳細を書くのは反対ですね。
寝不足 @kiirono883 2013年10月3日
「頭を打って」だけではなく、「頭を打って死亡」「頭を打って意識不明」で事故の深刻さは十分理解できるのではありませんか?
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月3日
派手な人体の損傷の有無に限定せず死に至る事故の注意喚起が必要であり、『ゴチンとぶつけて頭に一瞬にしてバッテンの絆創膏が生じ、意識を失って、結果的に死んだ』という認識においては警戒心が起こしにくいということに対しては、同様事例で損傷が大きい事例を上げて警戒を促すのではなく、外観的に些細な損傷によっても死に至ることをを想像できないその幻想をぶち壊す(AA略こそが重要で人体の脆弱性を理解することでは?とかとか
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月3日
主さんがそれを分かっていないと言っているのではなくて、主さんが働きかけたいのは些細なうっかりとその先にある事故と死を関連付ける能力の欠如なのでは?ならば、派手に死のうが地味に死のうが一人の死は等価であり、死体の損傷程度と事故の重大性を単純に正比例させる誤りをとくのも延長線上にあると思うのです。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月3日
津波による死者も、震災関連死も、震災に全く関連しない死も等しく重いという話ともちょっと違うか…。未来における次の津波の被害者を減らす可能性の上昇の可能性をもって、今現在の欝などからの震災関連死の可能性の上昇の可能性を配慮しない理由足りえるのか?みたいな議論に近い気もするけれど、ここで震災持ちだすのは正確でもないし言い方がやらしい感じもしてしまうな…でも近い気はする。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月3日
「派手に死のうが地味に死のうが一人の死は等価」とは書きましたが死体の状況が及ぼす遺族への心理的影響の差異は大きいと思います。しかし、主さんが問題にしている注意喚起の対象であるその他大勢にとっては小さくなります。また、あくまで私個人の価値観ですが、死体の損傷が大きいケースを軽く観るのではなく小さいケースを重く観ることで、その他大勢には等価に重く受け止められる感性が必要である「べき」(主観だよの意)と思っています。それが正しい危機意識にもつながるだろうとも思ってます。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 2013年10月3日
>どのような損傷を負ったのかの情報は「あって困るもの」でもないのでは? に対して立ち位置によって、遺族へのケア等において、もしくは別の理由で「あって困るもの」だと判断するかどうか、メリットとリスクの軽重がコメントでの賛成反対の分かれ目なんでしょうね。絶対の正解もなくて、それを求められる立場でもないから延々と話しできて会話を楽しめるんですけど。って…ひとり楽しくなっちゃってるけれども、傍から観ると顔真っ赤の粘着乙になってしまってるか?反省反省
加藤AZUKI@「忌」怖い話Echo怪談 @azukiglg 2013年10月4日
別の方による、同じ論点からの同じ質疑と議論をTL http://twitter.com/azukiglg で行いましたので、このコメント欄で回答することに価値がなくなりました。恐らく求めておられる回答はTL上にあるかと思います。もし興味がおありでしたら、そちらをご参照下さい。そこまでする必要を感じられないのであれば、それを強いることはありません。
江州藤原氏/発達障害当事者なんですこれで @hipponmaster 2013年10月20日
遺族感情っていうか、実際『遺体損壊』をはっきり報道していた時代と、今の時代とを比べてみて、そういった事故の起こる率に違いが出てるのか…。そこが分からないと、ただの老害的意見になちまうかも
山下238 @Yamashita238 2013年10月26日
具体的にする事でより注意喚起はできるだろうが、そのメリットと場合によってはADSLみたいなアレになってしまうデメリットを天秤にかけると、どうなんだろう。
山下238 @Yamashita238 2013年10月26日
まして、TVで具体的に報道して視聴者が気分悪くなり病院に担ぎ込まれたらTV局が頭さげさせられる。ポケモン事件あったべ。
カツヲ @RX78_01 2013年10月26日
PTSDのことか