茂木健一郎氏 @kenichiromogi 第1056回【どの脳も、一生懸命生きている】連続ツイート

2013.10/6 茂木健一郎氏 @kenichiromogi 【どの脳も、一生懸命生きている】連続ツイート …脳の研究をしていて良かったな、と思うことの一つは、人間のさまざまな多様性についての理解力、というか許容度が上がったことかもしれない。世の中には、困った人、イタイ人がいる。ところが、その人が(その人の脳が)そんな風になった経緯を考えてみると、案外納得できるものである…
コラム どい 脳科学 連続ツイート 茂木健一郎
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茂木健一郎 @kenichiromogi
連続ツイート第1056回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、昨日、ぼんやりと考えていたこと。
茂木健一郎 @kenichiromogi
どい(1)脳の研究をしていて良かったな、と思うことの一つは、人間のさまざまな多様性についての理解力、というか許容度が上がったことかもしれない。世の中には、困った人、イタイ人がいる。ところが、その人が(その人の脳が)そんな風になった経緯を考えてみると、案外納得できるものである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
どい(2)例えば、私は以前からナルシストが苦手だった。しかし、考えてみると、自己愛の人にはそれなりの必然がある。ボウルビィの研究によれば、自己愛が強い人は、統計的に言えば母親の「安全基地」が足りなかった人が多いという。母が愛してくれなかったから、仕方なく自分を愛するのである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
どい(3)昨日、ある方が「私は威張っている人が嫌いだ」とおっしゃった。もっともである。威張っている人は、逆に、内面に脆弱性を抱えている人が多い。自分の価値が不安だから、威張って自分を守っている。逆に、誰もが認める偉い人は、謙虚になることが多いように思う。
茂木健一郎 @kenichiromogi
どい(4)ニーチェが書いたように、ルサンチマン(弱者が強者に対して持つ恨みの感情)は、生命のポテンシャルを阻害する敵である。しかし、ある人がルサンチマンを抱くに到った経緯を考えると、納得できるというか、もっともだ、と思うことも多い。そこには必然的法則すらある。
茂木健一郎 @kenichiromogi
どい(5)物理学者のアインシュタインは、「どんな人にでも、そうなった必然性がある」と言ったらしい。だからと言って罪を赦すには直結しないが、より理解できるようになる。その人がそうなってしまったのは自由意志に基づくものではなく、生来与件と生育与件が重なってそうなったのである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
どい(6)そうなると、どんな困った人もそのまま受け入れる、という命題になりそうだが、基本的には実はそうだと思う。どんな人に会っても、驚かない。その人の空気感を、そのまま受け止めて、平静にしていると、段々、その人との間合いの取り方や、つきあい方が見えてくるものである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
どい(7)ところで、小林秀雄が『ゴッホの手紙』の中で追求したテーマの一つが、ゴッホの生涯は、その独自の個性を超克して普遍に到る、そのプロセスだった、というものだった。誰にでも個性があり、その個性が生み出された必然がある。しかし、そこにとどまっていては、普遍には到らない。
茂木健一郎 @kenichiromogi
どい(8)脳の働きで言えば、「メタ認知」ということになる。他人の性格を生み出した必然性を理解することにも価値があるが、自分自身の性格を生み出した必然性を理解することには、もっと価値がある。表現者がナルシストのままでは二流だが、その脈絡を理解して初めて普遍への道が開ける。
茂木健一郎 @kenichiromogi
どい(9)ロレンツが研究した動物の攻撃性から見れば、人間が国境を巡って争うのはいわば本能のようなものである。お互いにそうなっていると理解すれば、少しは恥の思想も生まれてくるだろう。自らの由来する必然性を理解し、しかしそれに屈服しないことが最良の「自由意志」だと私は考える。
茂木健一郎 @kenichiromogi
以上、連続ツイート第1056回「どの脳も、一生懸命生きている」でした。
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