チェルノブイリ甲状腺がんの歴史と教訓

 I-131 の甲状腺がんリスクがよく分かっていなかった事故前夜から、エビデンスが確立されるまでの約 20 年間になされた論戦と調査の歴史について、しっかりしたジャーナルに載った論文など、信頼のおける情報源を元にまとめました。 可能なかぎり読みにくくならないよう、数式は無し、そして、数字も少なめにしてまとめています。  タイトルに「教訓」と入っていますが、こういった歴史から何を教訓とするかは人それぞれと思いますので、教訓についてはあまり書き過ぎないよう注意しました。 《関連まとめ》   チェルノブイリの白血病 ~ Noshchenko(2010年)を中心に http://togetter.com/li/585317 続きを読む
413

チェルノブイリ前夜 1985年

 I-131 の甲状腺がんリスクはよく分かっていなかった

 今では意外に思えるが、チェルノブイリ事故以前には I-131 による内部被ばくが人の甲状腺がんを引き起こしうるかどうかについては、あまりよく分かっていなかった。奇しくもチェルノブイリの前年である1985年に発行された NCRP Report 80 には、以下のような記述がある:

 “I-131 の甲状腺がんリスクは、同じ甲状腺被ばく量の急性外部被ばくや、I-132、I-133、I-135 による内部被ばくのせいぜい 1/3 か、もしかするとゼロかもしれない。”

  NCRP Report No. 80 - Induction of thyroid cancer by ionizing radiation
  http://www.ncrppublications.org/Reports/080

急性の外部被ばくについては原爆被ばくや医療被ばくから、I-131(半減期 8.0 日)より半減期の短い I-132(2.3 時間)、I-133(20.8 時間)、I-135(6.6 時間)による内部被ばくについてはマーシャル諸島の核実験などから、そのリスクが明らかにされていたが、意外にも、甲状腺疾患(バセドウ病)の治療などに利用されていたにも関わらず、I-131 の甲状腺がんリスクはまだよく分かっていなかったのである。

 このことは、後に健康被害予測における過小評価の一因となり、また、懐疑論を噴出させる要因ともなった。

 なお、余談ではあるが、バセドウ病の I-131 治療で甲状腺がんリスクが確認されない理由については、古くより次のような説明がなされている:
 バセドウ病の治療においては 100 Gy 前後かそれ以上にもなる非常に強い被ばくを甲状腺に与えるが、そのような高線量においては、被ばくを受けた細胞の多くが死んでしまい、癌化する能力すら失ってしまう。

  Halnan,Clinics in Endocrinology and Metabolism (1985)
  Radio-iodine treatment of hyperthyroidism - A more liberal policy?
  http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0300595X85800438

  Levy,Cleveland Clinic Journal of Medicine (1988)
  Treatment of childhood Graves' disease - A review with emphasis on radioiodine treatment
  http://www.ccjm.org/content/55/4/373.short
 ※ これら2つの論文は、ともにチェルノブイリ前後に出版されたものである。

 実際、被ばく由来の甲状腺がんの疫学調査の結果からは、約 20 Gy 以上の線量域において、被ばく量の増加に伴い甲状腺がんリスクが低下する傾向が見て取れる。この点については、以下の論文の Fig. 1 が参考になる:

  Veiga ら,Radiation Research (2012)
  A Pooled analysis of thyroid cancer incidence following radiotherapy for childhood cancer
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3488851/
 

チェルノブイリ原発事故発生 1986年4月26日

 チェルノブイリでもヨウ素の情報は少ない、ということはない

 1986年4月26日の深夜、チェルノブイリ原発4号機が実験運転中に爆発し、複数種の放射性ヨウ素を含む多数の放射性核種がまき散らされた。放出された放射性核種はチェルノブイリ原発を保有するウクライナと、その近隣にあるベラルーシとロシアに深刻な放射能汚染を与えた他、ヨーロッパのほぼ全土に有意な汚染を与えた。

 福島原発事故後の日本と同様に、チェルノブイリ事故後のウクライナと近隣国では、甲状腺内ヨウ素の直接測定が行われた。これは線量計を喉などに当てて甲状腺内に残る放射性ヨウ素の量を測定するもので、その結果は、体内に取り込んでしまった放射性ヨウ素の総量や甲状腺被ばく量の推定に利用される。

 日本では甲状腺内ヨウ素の直接測定は 1000 人強分しか行われなかったが、チェルノブイリでは実にその数百倍になる 350,000 人分もの測定が行われている。
 例えばウクライナでは、プリピャチからの避難者 65 人に対し、喉と胸にスペクトロメーターを当てて I-131、I-132、I-133、Te-132 を測定する特殊な方法がとられたほか、合計で約 150,000 人分の測定値が残された。また、日本では大部分がサーベイメーターによる測定であったが、ウクライナでは約 56,000 人分がスペクトロメーターによって測定されており、放射線の強さだけでなく、核種までが分かる形でデータが残されている。

  Balonov ら,Radiation Protection Dosimetry (2003)
  Contributions of short-lived radioiodines to thyroid doses received by evacuees from the Chernobyl area estimated using early in vivo activity measurements
  http://rpd.oxfordjournals.org/content/105/1-4/593.short

  Likhtarev ら,Health Physics (1995)
  Evaluation of the 131I thyroid-monitoring measurements performed in Ukraine during May and June of 1986
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7790214

 これらのデータは、もちろん、後の疫学調査でも利用されることになる。

 このように、チェルノブイリでは日本と比べ遥かに多くのヨウ素情報が残されたのである。
 

健康被害予測 1990年

 明らかな過小評価だった

 甲状腺がんの増加が伝えられ始める直前の1990年、ソ連の科学者たちが放射線防護の専門誌に興味深い論文を発表している。これはチェルノブイリ事故による健康被害を「予測」したもので、被ばく由来の甲状腺がんや白血病などの予想発症数が示されている。

  Ilyin ら,Journal of Radiological Protection (1990)
  Radiocontamination patterns and possible health consequences of the accident at the Chernobyl nuclear power station
  http://iopscience.iop.org/0952-4746/10/1/001

 この中で、甲状腺がんについては例えば以下のように書かれている:

 “ウクライナ、ベラルーシ、ロシアで事故後の 30 年間に約 333 の過剰発症が起こり得る。”

事故から約 20 年後の「チェルノブイリ・フォーラム 2005」で既に 4000 から 5000 の過剰発症があったことが報告されていることから、この論文の予測は控え目に見ても 1/10 以下にも被害を過小評価していたことになる。

  Chernobyl Forum 2005 - Looking Back to Go Forwards
  http://www-ns.iaea.org/meetings/rw-summaries/chernobyl-conference-2005.asp?s=10&l=80

 この過小評価の背景には、先述の I-131 についての知見不足にくわえ、被ばく量の過小評価もあったようである。
 なお、このソ連からの論文の著者陣には、後にチェルノブイリ甲状腺がんの調査で主導的な役割を果たすことになる Balonov、Likhtarev、Prysyazhnyuk、Tronko、Tsyb らがおり、ある種の感慨をおぼえる。

 この様に、悪意をもって過小評価しなくとも、科学的な知見の不足により健康被害を過小評価してしまうことが有りうるのである。
 

甲状腺がん増加の報告と懐疑論 1991-1992年

 先駆的な仕事は叩かれやすい

 1991年11月にウクライナから、1992年9月にはベラルーシから、ついに甲状腺がんの増加が報告される:

◆ ウクライナ
  Prisyazhiuk ら,Lancet (1991)
  Cancer in the Ukraine, post-Chernobyl
  http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/014067369192632C
 ※ 第一著者は前出の Prysyazhnyuk と同じ人

◆ ベラルーシ
  Kazakov ら,Nature (1992)
  Thyroid cancer after Chernobyl
  http://www.nature.com/nature/journal/v359/n6390/pdf/359021a0.pdf

  Baverstock ら,Nature (1992)
  Thyroid cancer after Chernobyl
  http://www.nature.com/nature/journal/v359/n6390/abs/359021b0.html

 ウクライナからの論文(Prisyazhiuk ら)では、高い汚染を受けた Polesskoye、Naroditchy、Ovrutch 地域で、1981-89年にはゼロであった 0-14 歳の甲状腺がんが、1990年には 3 例見つかったことが報告されている。
 この論文ではまだ症例が 3 件と少ないが、後の論文ではより多くの症例が報告されるようになる。例えば Likhtarev らによる1995年の論文では、14歳以下の子供の甲状腺がんが、1986-1989年には 7-11 件だったものが、1992-93年には 42-48 件までに増加したことが報告されている。これを罹患率で見ると、5 倍以上に上昇したことになる。

◆ ウクライナ
  Likhtarev ら,Nature (1995)
  Thyroid cancer in the Ukraine
  http://www.nature.com/nature/journal/v375/n6530/abs/375365a0.html

 ベラルーシからの論文(Kazakov ら)は、Baverstock や Williams ら WHO 系の研究者のサポートを受けるかたちで公表されたもので、1992年半ばまでの各地域での小児甲状腺がん発症数が示されている。特に Gomel で急激な増加があり、平時には年間 1-2 例だった小児甲状腺がんが、1991年には 38 例にまで増えたことが報告されている。

 ベラルーシの論文ではまた、1986-1992年に診断された 131 の症例の大多数(128 例)が乳頭がんであったが、比較的悪性度が高く、55 例で甲状腺周囲組織への浸潤が、6 例で主に肺への遠隔転移があったこと、そして、約 77% が直径 1 cm以上であったことが報告されている。
 また、104 例の腫瘍の組織片が WHO 系の研究者らによって再検査され、102 例までの診断が正しかったことが確認されている(2 例だけは誤診だったことになる)。

 この報告の中で Baverstock らは、I-131 のリスクはこれまで考えられていたより高いかもしれないこと、そして、被爆者調査などの経験から、ベラルーシの甲状腺がんは今後も長年にわたって増え続けるかもしれないことを警告している。この2つの警告は、後に正しいことが証明される。

 汚染度が比較的低かったロシアからの報告は少し遅れ、1995年くらいになる:

◆ ロシア
  Stsjazhko ら,BMJ (1995)
  Childhood thyroid cancer since accident at Chernobyl
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2549173/

 この論文では、ベラルーシの Gomel に近い Bryansk で1991-94年の間に大きな増加があったことが報告されている。

 ウクライナ(1991年)とベラルーシ(1992年)からの報告がなされた直後、案の定、各方面から懐疑論が噴出した。有名なのは以下の3論文である:

  Beral and Reeves,Nature (1992)
  Childhood thyroid cancer in Belarus
  http://www.nature.com/nature/journal/v359/n6397/abs/359680b0.html
《懐疑のポイント》
 ・甲状腺がんは1990年に始まった密な甲状腺サーベイによって見つかったもので、大部分はそれ無しでは見つからなかったオカルト癌なのではないか。

  Shigematsu and Thiessen,Nature (1992)
  Childhood thyroid cancer in Belarus
  http://www.nature.com/nature/journal/v359/n6397/pdf/359681a0.pdf
《懐疑のポイント》
 ・甲状腺がんを発症した子供たちの甲状腺被ばく量が示されていない。I-131 と他の短寿命核種の相対寄与を評価するのは困難だろう。また、幾つかの地域で見られるヨウ素欠乏症も、被ばく量推定を複雑にするだろう。今後の再推定に期待したい。
 ・報告された甲状腺がんの増加が真の増加であるかどうかが定かでない。示された症例のうち、どれくらいがスクリーニングによって見つかったもので、どれくらいが臨床的な症状のあったものかが我々には分からない。
 ・報告された症例数をそれぞれの地域の罹患率で表すと幾らになるか。
 ※ 第一著者は、言わずと知れた元放影研の重松逸造氏である。重松氏は1990年の IAEA 国際アドバイザリー委員会の議長を務めている。

  Ron ら,Nature (1992)
  Thyroid cancer incidence
  http://www.nature.com/nature/journal/v360/n6400/abs/360113a0.html
《懐疑のポイント》
 ・被ばくの影響を完全に否定するわけではないが、甲状腺スクリーニングなどによる見かけの増加が含まれているのではないか。1970年代に Michael Reese Hospital で行われた調査でも、スクリーニング効果による見かけの増加が確認されている。
 ※ 第一著者は、医療被ばくの疫学調査や被ばく由来の甲状腺がんに関する統合解析などで有名な Elaine Ron である。

 さらに、ウクライナとベラルーシから報告された症例は以下の2点で過去の事例と矛盾しており、これらも大きな論争の的となった:

《懐疑のポイント》
 ・潜伏期間が短すぎる。 過去の事例の多くでは、被ばくによる甲状腺がんの潜伏期間は 9-10 年程度である。
 ・I-131 の発がん性は低いはず。 バセドウ病の治療では以前から I-131 が利用されているが、はっきりとした発がん性は確認されていない。

  Williams,Histopathology (1993)
  Radiation-induced thyroid cancer
  http://dx.doi.org/10.1111/j.1365-2559.1993.tb01227.x
 ※ この Williams の論文は懐疑論に対する反論を試みたもの。

  Boice and Linet,BMJ (1994)
  Fallout from Chernobyl - Editorial authors' response
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2541815/
 ※ Boice は現 ICRP 主委員会委員でもある大物である。

 なお、このとき Boice は、チェルノブイリでの健康被害に関する論説の中で甲状腺がん増加の報告を無視し、Williams と Abelin らから強いクレームを受けている。

  Boice and Linet,BMJ (1994)
  Chernobyl, childhood cancer, and chromosome 21
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2540721/

  Williams,BMJ (1994)
  Fallout from Chernobyl. Thyroid cancer in children increased dramatically in Belarus
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2541819/

  Abelin ら,BMJ (1994)
  Fallout from Chernobyl. Belarus increase was probably caused by Chernobyl
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2541800/

 また、土壌の放射能汚染と甲状腺がんの関連についても以下のような疑問が出された:

《懐疑のポイント》
 ・土壌の放射能汚染と過剰発症の地域分布の相関が良くない。特に、高い放射能汚染を受けた Mogilev 地域で、甲状腺がんの過剰発症がほとんど見られていない。

 この疑問は、各地域の土壌中 Cs-137 濃度と甲状腺がんの過剰発症率を照らし合わせたときに、両者の相関があまり良くなかったために出された。この疑問はのちに、米国とベラルーシの研究機関が公表する I-131 マップによって解消されることになる。放射能汚染の地域分布は Cs-137 と I-131 で異なっており、甲状腺がんの過剰発症率は Cs-137 マップとはあまり良く相関しなかったが、I-131 マップとはより良く相関したのである。

  Bleuer ら,STEM CELLS (1997)
  The epidemiological situation of thyroid cancer in Belarus
  http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/stem.5530150733/abstract

  Bleuer ら,Environmental Health Perspectives (1997)
  Chernobyl-related thyroid cancer: What evidence for role of short-lived iodines?
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1469926/

  チェルノブイリ甲状腺癌の地域ごとの年間発症率(1986-1995年)と I-131 汚染度
  http://photozou.jp/photo/show/885961/200327238

 その後、長い年月が掛かったものの、多くの研究者ら、医師らの尽力により、甲状腺がんが現実に増加していることが証明されることになる。また、同時に、増加の一部がスクリーニング効果によるものであることも、幾つかの調査で明らかにされる。

 なお、懐疑論を受けた Baverstock は後にこの頃を振り返り、以下のように語っている:

 “1992年、チェルノブイリ原発事故が小児甲状腺がんの有病率に与えた初期影響が報じられた時、放射線業界は懐疑の目を向けた。懐疑論のうちの幾つかは間違いなく科学的なものであった(「I-131 の発がん性は低い」)が、中にはそうでないものもあった。”

  Baverstock,BMJ (1998)
  Chernobyl and public health
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1112882/
 

チェルノブイリ甲状腺がんの悪性度

 確かに初期症例には悪性度の高いものが多かったらしい

 ベラルーシからの最初の報告にもあるように、チェルノブイリ甲状腺がんの初期症例には、進行の速い、悪性度の高いものが多かった。この点はその後の多くの報告で論じられている。
 例えばスイスの Abelin らは1994年に以下のような報告を行っている:

 1990-91年にベラルーシで確認された症例のうち、87% が直径 10 mm以上であり、65% がリンパ節浸潤、13% が肺転移を起こしていた。このことから、スクリーニングによる見かけの増加は一部のみで、現実に発症率が増加していると思われる。また、事故前には10歳未満の症例はほとんど無かったが、1990-91年に報告された症例では半数以上が 10 歳未満であった。

  Abelin ら,BMJ (1994)
  Belarus increase was probably caused by Chernobyl
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2541800/

 また、ドイツの Farahati らは被ばく時の年齢とチェルノブイリ甲状腺がんの重度の関連について考察し、被ばく時の年齢が低いほど重度が高く、腫瘍の甲状腺外浸潤やリンパ節転移、肺転移を伴いやすいと報告している。

  Farahati ら,Cancer (2000)
  Inverse association between age at the time of radiation exposure and extent of disease in cases of radiation-induced childhood thyroid carcinoma in Belarus
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10717632

 さらに、Williams らはチェルノブイリ甲状腺がんの潜伏期間と悪性度などの関係を論じ、潜伏期間が短い症例ほど悪性度が高く、低分化・高浸潤であることや、被ばく時の年齢が低いほど腫瘍中の乳頭がん成分が少なくなる傾向にあることを報じている。

  Williams ら,British Journal of Cancer (2004)
  Thyroid carcinoma after Chernobyl latent period, morphology and aggressiveness
  http://www.nature.com/bjc/journal/v90/n11/abs/6601860a.html

 また、同時に、事故から時が経つにつれて、新たに発症する甲状腺がんの性質がより典型的なものになっていったことも指摘されている。Williams らはこの性質の変化を以下のような模式図にまとめている:

  チェルノブイリ事故直後とそれ以降の小児甲状腺癌の性質
  http://photozou.jp/photo/show/885961/154385539

  Williams and Baverstock,Nature (2006)
  Chernobyl and the future: Too soon for a final diagnosis
  http://www.nature.com/nature/journal/v440/n7087/full/440993a.html

 Rumyantsev らは、チェルノブイリ甲状腺がん(この調査では乳頭がんに限定)の再発率と被ばく量の関係について論じ、再発率は被ばくの大小に依存しないらしいことを見出している。この調査では、高い甲状腺被ばくを受けた患者 172 人(被ばく量は 51-3170 mGy)と、極めて低い被ばくのみを受けた患者 325 人(被ばく量は 5 mGy未満)の再発率を比較し、両者に有意な差が無いことを確認している。また、腫瘍被膜(tumor capsule)を伴う症例では再発率が低いらしいことも見出している。
 この調査結果にもとづき、Rumyantsev らは「乳頭がんに対しては、被ばく歴によらず同様の治療法が推奨される」という結論を得ている。

  Rumyantsev ら,Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism (2011)
  Radiation exposure does not significantly contribute to the risk of recurrence of Chernobyl thyroid cancer
  http://jcem.endojournals.org/content/96/2/385.short

 Tuttle らは、2011年のレビュー論文でこれまでのチェルノブイリ甲状腺がんの症例をまとめ、他の事例の甲状腺がんとの比較を行っている。それによると、初期以外の症例までを含めたチェルノブイリ甲状腺がんの悪性度は、他の事例と比べて大きくは違わないという結果になっている:

・チェルノブイリ甲状腺癌:
   リンパ節転移 60-70%,肺転移 10-15%,再発 30-50%,死亡 1%
・外部被ばくによる小児甲状腺癌:
   リンパ節転移 60-70%,肺転移 10-15%,再発 30-50%,死亡 1%
・被ばく由来ではない小児甲状腺癌:
   リンパ節転移 40-90%,肺転移 5-25%,再発 30-50%,死亡 1%
・被ばく由来ではない成人の甲状腺癌:
   リンパ節転移 30-40%,肺転移 2-5%,再発 20-30%,死亡 5%

  Tuttle ら,Clinical Oncology (2011)
  Clinical presentation and clinical outcomes in Chernobyl-related paediatric thyroid cancers: What do we know now? What can we expect in the future?
  http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0936655511002020

 なお、上述した Abelin らの論文 (1994年) では、1990-91年に報告された症例には事故後に生まれた子供がいなかったこと、そして、それが短半減期核種の寄与を示す証拠になるだろうことが指摘されている。この点は後に、山下俊一氏ら日本グループによって追求されることになる。
 

死亡例について

 絶対数は少ないが、厳然として存在する

 先述した 2005年の Chernobyl Forum では、チェルノブイリ甲状腺がんによる死亡例は 15 と報告されている。これは、同時に報告された発症数 4837 と比べれば、だいぶ少ない数である。

  チェルノブイリ甲状腺がんによる死亡数
  http://photozou.jp/photo/show/885961/190439988
 ※ 「deaths」が死亡数。
 ※ 国別内訳は ベラルーシ 8 ,ロシア 1 ,ウクライナ 6。 合計は 15。

  Proceedings of the Chernobyl Forum 2005 - Looking Back to Go Forwards
  http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub1312_web.pdf#page=98

 しかし、この 15 人という数字には色々と混乱があるようである。Tuttle らは2011年のレビュー論文で次のように述べている:

 “被ばく由来の甲状腺がんを患った人全員をベラルーシ、ウクライナ、ロシアの単一機関でフォローしているわけではないため、死亡数が正確に把握できていないことは明らかである。さらに、被ばく由来の甲状腺がんを患ったが、既にその 3 国から出ている子供たちについては、追跡調査の対象から外されてしまっている可能性がある。とはいえ、この病気による死亡数が追跡調査の最初の10年で全体の 1% を超えるとは思いがたい。”

  Tuttle ら,Clinical Oncology (2011)
  Clinical presentation and clinical outcomes in Chernobyl-related paediatric thyroid cancers: What do we know now? What can we expect in the future?
  http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0936655511002020

実際、Chernobyl Forum 2005 でも、当初は 9 人とされていた死亡数が、途中で 15 人に訂正されている。これは死亡数の数え漏らしが明らかになったためらしい。

 以下では、「15 人」という数字の元になったと思われる、死亡例を報じた論文を幾つか紹介する。ただし、これらの論文に示される死亡例の全てが Chernobyl Forum でカウントされているか否かは定かでない。Chernobyl Forum のレポートには各死亡例の症状等が示されていないため、Forum がどこまでの死亡例をカバーしているのか、残念ながら確認のしようがないのである。
 また、「15 人」には甲状腺がんの一種である“髄様がん”による死亡例は含まれていない。これは、人の髄様がんと被ばくの関連が証明されておらず(マウス実験では確認されている)、また、髄様がんの症例に遺伝性のものが多く含まれるためらしい。したがって、以下の論文で示される髄様がんでの死亡例は「15 人」に含められていないはずなので注意されたい。

 チェルノブイリ甲状腺がんによる死亡例は、Kazakov らによるベラルーシからの最初の論文(1992年)でも既に報告されている。この論文では甲状腺がんを発症した 131 人のうち、7 歳の子供 1 人が死亡したことが述べられている (くわえて、他の 10 人が重い状態であることにも触れられている)。
 Williams や Baverstock らが参加した EU レポート(1993年)の記述によると、この死亡例は肺転移を伴う乳頭がんによるもののようである。

  Kazakov ら,Nature (1992)
  Thyroid cancer after Chernobyl
  http://www.nature.com/nature/journal/v359/n6390/pdf/359021a0.pdf

  Williams ら,EU (European Commission) Expert panel report (1993)
  Thyroid cancer in children living near Chernobyl
  http://bookshop.europa.eu/en/thyroid-cancer-in-children-living-near-chernobyl-pbCDNA15248/

 同じベラルーシからの報告である Demidchik ら(2006年)の論文では、700 強の症例のうち 5 人が死亡し、その全てが遠隔転移によるものだったと報告されている。がん種の内訳は、乳頭がん 1、濾胞がん 1、髄様がん 3 とされている。このうち、乳頭がんの例はもちろん、同じように被ばくによって誘発されることが分かっている“濾胞がん”の例も「15 人」に含められているはずである。しかし、上で注記したように、髄様がんの 3 例は除外されているはずである (論文中で 3 例中 2 例が遺伝性であることが示唆されている)。

  Demidchik ら,Annals of Surgery (2006)
  Comprehensive clinical assessment of 740 cases of surgically treated thyroid cancer in children of Belarus
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1448966/

 ウクライナでの死亡例は、例えば Rybakov ら(2000年)が報告している。これは Tronko らも所属する内分泌研究所(Institute of Endocrinology)からの論文で、330 の症例の 1.8% に当たる 6 人が死亡したと報告している。このうち、2 人は術後早期の合併症により死亡、残りの 4 人は甲状腺がんが再発した後、最初の手術から 1-3 年後に甲状腺がんの播種によって死亡した。これら 6 つの死亡例のがん種は明記されていないが、全症例 330 の中に髄様がんは 1 例のみだったとのことである。

  Rybakov ら,World Journal of Surgery (2000)
  Thyroid cancer in children of Ukraine after the Chernobyl accident
  http://link.springer.com/article/10.1007/s002680010239

 なお、Williams(2006年)はこの「15 人」について次のように述べている:

 “これまでのところ、4000 の症例のうち、死亡が記録されているのは 15 例のみである。しかし、明らかにこれは確定的な数字ではない。患者の大部分は最初の治療から10年以下しか経過しておらず、今後もその中から死亡者が出る可能性があるだろう。また、同様に、将来に発症した例からも死亡者は出るだろう。”

 チェルノブイリではこれまでのところ、放射線に敏感な乳頭がんとは異なり、濾胞がんや髄様がんなどの目立った増加は確認されていないようである。しかしながら、 Williams(2006年)は将来の症例について次のような懸念を示している:

 “将来には濾胞がん(恐らく乳頭がんよりも潜伏期間が長い)や髄様がん、未分化癌の過剰発症が起こる可能性もあるだろう。”

  Williams,Journal of Surgical Oncology (2006)
  Chernobyl and thyroid cancer
  http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jso.20699/abstract

 甲状腺がんは一般に予後が良いと言われ、確かにそういう面はあるものの、以上に示したように、絶対数はあまり多くないが、死亡する例も厳然として存在するのである。
 

スクリーニング効果

 古くから知られているし、チェルノブイリでも論じられている

 被ばく等の影響がない場合でも、通常以上の頻度で健康診断を行った場合に、普通では見つからなかったはずの病気までが発見されることで、あたかも発症数が一時的に上昇したかのように見えることがある。このような効果をスクリーニング効果と呼ぶ。
 密な甲状腺スクリーニングがスクリーニング効果を持つことは古くから知られており、1970年代に米国の病院で行われた調査や、日本の被爆者調査などでも確認されている。そのため、一部の懐疑論者がチェルノブイリでの甲状腺がんの増加をこの効果のせいと考えたのも、無理からぬことだった。

 チェルノブイリでも、もちろん、スクリーニング効果の影響が調べられている。特にロシアの Ivanov らのグループが熱心に検討しており、複数の論文でその効果の大きさを解析している。
 比較的初期の論文(1999年)では、Bryansk、Tula、Orel 地域の事故時に子供だった人々について検討し、スクリーニング効果により、発症数が見かけ上 1.6 倍に増えたことを確認している。この倍率は、「特別な健康調査が行われていない期間(1982-85年)」と「特別な健康調査が始まったが、まだ被ばく影響は出ていないとされる期間(1986-90年)」の年間発症数を比較することで求められている。つまり、1.6 倍というのは、後者の期間の年間発症数が前者の 1.6 倍になったことを意味している。
 年代が前後するが、Ivanov らは1997年に同様の方法でチェルノブイリ緊急作業員の場合について検討し、2.6 倍という数字を得ている。

  Ivanov ら,Journal of Radiological Protection (1999)
  Dynamics of thyroid cancer incidence in Russia following the Chernobyl accident
  http://iopscience.iop.org/0952-4746/19/4/302

  Ivanov ら,Radiation and Environmental Biophysics (1997)
  Leukaemia and thyroid cancer in emergency workers of the Chernobyl accident
  http://link.springer.com/article/10.1007/s004110050049

 Ivanov らは2012年の疫学調査の論文の中でもスクリーニング効果を論じている。ここでは、「特別な健康調査を受けてはいるが、大きな甲状腺被ばくを受けていない人たち」の罹患率をロシア国内での標準的な罹患率と比較することで、事故時に 17 歳以下だった子供で約 8 倍、事故時に 18 歳以上だった大人で約 4 倍という数字を得ている。1999年の報告とは調査期間などが違っているためか、子供についての値がずいぶん大きくなっている。

  Ivanov ら,Radiation Protection Dosimetry (2012)
  Radiation-epidemiological studies of thyroid cancer incidence in Russia after the Chernobyl accident (estimation of radiation risks, 1991-2008 follow-up period)
  http://rpd.oxfordjournals.org/content/151/3/489.short

 以上のようにして得られた数字を現代日本でも活用できるか否かであるが、現代日本では甲状腺がんの自然発症率や診断機器の性能、診断基準など、様々な点が当時のロシアと異なっていると予想されるため、おそらく一筋縄ではいかないであろう。ただし、方法論自体はきっと応用可能なはずである。
 

被ばく量の再推定

 被ばく量の推定は何度もやり直された

 がんの増加が被ばくによるものであることを突きとめる最善の方法は、疫学調査によって個々人の被ばく量と過剰発症率の間の関連を示すことである。したがって、個々人の被ばく量を精度よく求めることは、被ばく影響を突きとめる上での非常に重要な要素となる。
 チェルノブイリ甲状腺がんにおいては半減期の短い核種が主な役割を担うため、被ばく量の評価が比較的困難であり、そのため推定は幾度もやり直された。

 ソ連からの依頼で IAEA が組織した国際アドバイザリー委員会は、1990年に被ばく量を再評価し、ソ連当局が示した推定値の幾つかに過大評価があることを指摘している。しかし、時はすでに短半減期核種がすっかり減衰した後であり、直接測定にもとづく甲状腺被ばく量の再評価は行われなかった。

  IAEA International Advisory Committee (1991)
  The international Chernobyl project - An overview
  http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub884e_web.pdf#page=29

 その後、チェルノブイリ近隣国の研究者らと国際チームにより、甲状腺被ばく量の再推定が繰り返された。こういった努力により、チェルノブイリ後の甲状腺被ばくについて以下のような特徴が明らかにされた:

・チェルノブイリ原発の近傍には、低年齢の子供の甲状腺被ばく量が平均 1 Gy前後かそれ以上にもなる村々があった。
・1% 以下ではあるものの、10 Gy以上の被ばくを受けた子供もいた。
・短半減期ヨウ素(I-132、I-133、I-135)による被ばくが全被ばく量に占める割合は、早期避難者では比較的高く、30-40% 程度と評価されているが、その他の人々ではずっと低く、せいぜい 10% 以下である (このため、疫学調査では I-131 による被ばく量のみが考慮されることが多い)。
・I-131 による被ばく量を左右した最も大きな要因は、汚染された牛乳の摂取である。これが牛乳を多くとる田舎町に多くの甲状腺がんを発症させる原因となった。

甲状腺被ばく量の再推定に関する主な論文 》

  Likhtarev ら,Health Physics (1993)
  Ukrainian thyroid doses after the Chernobyl accident
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8491614

  Likhtarev ら,Health Physics (1995)
  Evaluation of the 131I thyroid-monitoring measurements performed in Ukraine during May and June of 1986
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7790214

  Kryshev,Radiation Protection Dosimetry (1996)
  Dose reconstruction for the areas of Russia affected by 131I contamination
  http://rpd.oxfordjournals.org/content/64/1-2/93.short

  Balonov ら,Radiation Protection Dosimetry (2003)
  Contributions of short-lived radioiodines to thyroid doses received by evacuees from the Chernobyl area estimated using early in vivo activity measurements
  http://rpd.oxfordjournals.org/content/105/1-4/593.short

  Gavrilin ら,Health Physics (2004)
  Individual thyroid dose estimation for a case-control study of Chernobyl-related thyroid cancer among children of Belarus - Part I: 131I, short-lived radioiodines (132I, 133I, 135I), and short-lived radiotelluriums (131mTe and 132Te)
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15167120

  Likhtarov ら,Radiation Research (2005)
  Post-Chornobyl thyroid cancers in Ukraine. Report 1: Estimation of thyroid doses
  http://www.rrjournal.org/doi/abs/10.1667/RR3291

  Kopecky ら,Radiation Research (2006)
  Childhood thyroid cancer, radiation dose from Chernobyl, and dose uncertainties in Bryansk oblast, Russia: A population-based case-control study
  http://www.rrjournal.org/doi/abs/10.1667/RR3596.1

  Drozdovitch ら,Health Physics (2010)
  Reconstruction of radiation doses in a case-control study of thyroid cancer following the Chernobyl accident
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2885044/

  Drozdovitch ら,Radiation Research (2013)
  Thyroid dose estimates for a cohort of Belarusian children exposed to radiation from the Chernobyl accident
  http://www.rrjournal.org/doi/abs/10.1667/RR3153.1

  Likhtarov ら,Radiation Protection Dosimetry (2013)
  Reconstruction of individual thyroid doses to the Ukrainian subjects enrolled in the Chernobyl Tissue Bank
  http://rpd.oxfordjournals.org/content/early/2013/04/16/rpd.nct096.short

  Drozdovitcha ら,Journal of Environmental Radioactivity (2013)
  Database of meteorological and radiation measurements made in Belarus during the first three months following the Chernobyl accident
  http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0265931X12002354

 おそらく、日本でも今後、類似の再推定が繰り返し行われることになるだろう。
 ちなみに、現在ではワールドスタンダードとなっている被爆者調査でも、これまでに複数回、被ばく量の見直しが行われている。
 

綿々と続く調査と報告 1990年代終盤から2000年代序盤

 事故後に生まれた子供に甲状腺がんの過剰発症は無い

 1990年代終盤になると、幾つかの比較的規模の大きい疫学調査の結果が公表されるようになる。

 1998年には、Astakhova らベラルーシとロシアの研究者らが米国の研究機関と協力し、case-control study の結果を公表する。この調査は、1992年半ばまでにベラルーシの2つの国立医療センターに記録された 107 の症例にもとづくもので、条件をマッチさせた2つの対照群と比較することで、被ばく量と甲状腺がんの間に強い関連があることを見出している。また、都会の子供よりも、牛乳をよく飲む田舎の子供に多くの過剰発症が起こっていることを指摘している。
 ただし、まだ症例が少ないためか、被ばく量当たりのリスク値(ERR/Gy)などは示されていない。

  Astakhova ら,Radiation Research (1998)
  Chernobyl-related thyroid cancer in children of Belarus: A case-control study
  http://www.rrjournal.org/doi/abs/10.2307/3579983

 1998-99年には、ドイツの Jacob らがウクライナ、ベラルーシ、ロシアの研究者らと共同で行った ecological study の結果を公表した。この調査では、それぞれの国の地域単位(Zhytomyr、Kiev、Gomel、Minsk、Bryansk...)での平均の推定被ばく量と過剰発症率の関係が調べられ、両者の間によい比例関係があることが見出されている。
 ただし、Jacob らが用いた調査手法(ecological study)は疫学的手法の中ではバイアスが入りやすく、精度の低いものである。放射線疫学でよく用いられる調査手法を精度の良い順に並べると cohort study、case-control study、ecological study となるが、UNSCEAR などは ecological study で得られた結果を証拠として採用することを推奨していない。この様なことから、ここで示された結果はエビデンスレベルの低いものと考えられるだろう。

  Jacob ら,Nature (1998)
  Thyroid cancer risk to children calculated
  http://www.nature.com/nature/journal/v392/n6671/abs/392031a0.html

  Jacob ら,British Journal of Cancer (1999)
  Childhood exposure due to the Chernobyl accident and thyroid cancer risk in contaminated areas of Belarus and Russia
  http://www.nature.com/bjc/journal/v80/n9/abs/6690545a.html

  Jacob ら,Journal of Radiological Protection (2006)
  Thyroid cancer among Ukrainians and Belarusians who were children or adolescents at the time of the Chernobyl accident
  http://iopscience.iop.org/0952-4746/26/1/003
 ※ 本文中の所々で、自身の用いた調査手法の限界について解説している。

 日本の貢献についても触れておく。1991年5月、笹川財団はソ連当局からの要請により「チェルノブイリ笹川プロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトを通じ、長瀧重信氏や山下俊一氏、柴田義貞氏らがチェルノブイリ甲状腺がんの調査に当たり、これまでに 2度にわたる大きな甲状腺スクリーニング調査を行うなど、大きな貢献をしている。

 この活動の中で柴田(Shibata)らは、チェルノブイリ甲状腺がんがヨウ素被ばく由来であることを示す、ある重要なエビデンスを発見している。1998-2000年にベラルーシの Gomel で行った甲状腺スクリーニングで、特に事故後の1987年元日以降に生まれた子供に着目し、検査した 8-13 歳の男女 9472 人の中に甲状腺がんを発症した子供が 1 人もいないこと、すなわち、チェルノブイリ甲状腺がんに特徴的な低年齢の子供の発症が無いことを突きとめている。
 この発見は、チェルノブイリ甲状腺がんが I-131 などの短半減期核種を原因とするものであることを示すエビデンスの一つとなっている。何故なら、I-131 などは1987年元日よりずっと前にすっかり減衰しきっているからである。
 なお、この報告には事故の直後(1986年4月27日~12月31日)に生まれた子供と事故前(1983年1月1日~1986年4月26日)に生まれた子供の検査結果も示されている。それによると、前者では 11-14 歳の子供 2409 人中に 1 件の、後者では 11-17 歳の子供 9720 人中に 31 件の甲状腺がんが発見されている。

  Shibata,Yamashita,Nagataki ら,Lancet (2001)
  15 years after Chernobyl: New evidence of thyroid cancer
  http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0140673601069719

 この調査からしばらくして、2007年に Demidchik と Yamashita(山下俊一)らが有名なグラフを発表している。

  ベラルーシでの甲状腺がん年間発症率(10万人当たり) 1986-2006年
  http://photozou.jp/photo/show/885961/154934632
 ※ 左図. 0-14歳,15-19歳,20-21歳, 右図. 0-4歳,5-9歳,10-14歳。
 ※ これらは事故時(1986年)の年齢ではなく、甲状腺がんを発症した時の年齢である。

これはベラルーシでの甲状腺がんの年間発症率を、いくつかの年齢区分ごとに示したものである。例えば、左図には年齢区分 0-14 歳の発症率が示されるが、これは横軸にある年(1986年から2006年が示されている)に 0-14 歳だった子供の発症率を描いたものである。

 この 0-14 歳のグラフで興味深いのは、1990年から一旦上昇しながら、途中で下降に転じ、2002年頃には再び1986-1989年と同等の値にまで戻っている点である。これは柴田らが示したのと同じく、事故後に生まれた子供には目立った過剰発症が起こっていないことを示唆している。何故なら、事故時に 0 歳以上だった子供は2002年には全員が 15 歳以上になっており、0-14 歳の年齢区間には事故後に生まれ、ヨウ素被ばくを受けていない子供しかいなくなるからである。右図の 3 つのグラフにも同様の傾向を見て取ることができる。

 ただし、これはもちろん、“事故時に”0-14 歳だった子供の過剰発症が2002年で終わったことを意味するものではない。その年代の子供らは2002年には 15-19 歳や 20-21 歳の年齢区間に移っており、そこでの発症率を上昇させているのである。

  Demidchik,Yamashita ら,Arq Bras Endocrinol Metab (2007)
  Childhood thyroid cancer in Belarus, Russia, and Ukraine after Chernobyl and at present
  http://dx.doi.org/10.1590/S0004-27302007000500012

 日本グループが得たこの知見は、福島原発事故後の日本においても一つの重要なポイントとして活用されるのではないだろうか。
 

決定的エビデンス 2005年~

 登場まで約 20 年

 多くの研究者らの尽力により様々なエビデンスが蓄えられたものの、決定的なエビデンスとなる 1 つの要素が、長く欠けたままとなっていた。それは、多くの症例にもとづく、精度のよい『線量応答』である。

 線量応答(英語では dose response。「線量反応」とも訳される)とは、被ばく量と過剰発症率の間の比例関係を示すもので、日本の被爆者調査ではもちろん、ラドン被ばくによる肺がんや、医療被ばくによる甲状腺がんの疫学などでも示されている、被ばくと病気の関連を示す強いエビデンスとなるものである。

 ちなみに、1996年の IAEA 国際会議の議事録には、まだ線量応答が示されていないことを残念がるような、不満がるような、長瀧重信氏のコメントが残されている:

 “... but we realize that we do not have a dose-response relationship for thyroid cancer.”

  IAEA 国際会議録 (1996)
  One Decade after Chernobyl - Summing up the Consequences of the Accident
  http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub1001_web.pdf#page=244

 チェルノブイリ甲状腺がんの疫学においては、精度のよい線量応答の登場は、事故から約 20 年後になる 2000 年代半ばまで待たねばならなかった。

 2005年、フランスの女性疫学者 Elisabeth Cardis が率いる欧米日の国際チームは、ベラルーシおよびロシアの研究者らと協力し、1本の充実した論文を発表した。これはベラルーシとロシアの1998年末までの症例 276 件にもとづく case-control study の結果をまとめたもので、線量応答や線量当たりの相対リスクが求められているほか、天然ヨウ素の摂取状況と発がん率の関係や、安定ヨウ素剤の効果なども考察したものである。

  チェルノブイリ甲状腺がんの線量応答 [Cardis 2005]
  http://photozou.jp/photo/show/885961/189957838

  Cardis ら,JNCI (2005)
  Risk of thyroid cancer after exposure to 131I in childhood
  http://jnci.oxfordjournals.org/content/97/10/724.short

 この論文では次のようなことが明らかにされている:

・甲状腺被ばく量と過剰発症率の間には、1.5 Gyか 2 Gy程度の線量域まで綺麗な正比例関係がある。
・リスク値(すなわち、正比例している部分のグラフの傾き)は、ほぼ I-131 による被ばく量のみによって決まり、I-132 等の短半減期ヨウ素の影響は極めて小さい。
・得られたリスク値は使用するモデルによって異なり、ERR/Gy = 4.5 (95% CI = 2.1-8.5) から 7.4 (95% CI = 3.1-16.3) となる。
・I-131 の甲状腺がんリスクは、同じ甲状腺被ばく量での急性外部被ばくと同等か、やや小さい程度である。
・ヨウ素欠乏は I-131 による甲状腺がんリスクを増加させる。
・安定ヨウ素剤の服用は I-131 による甲状腺がんリスクを減少させる。

 この成果により、I-131 が甲状腺がんリスクを持つことがはっきりと認識されるようになった。

 Cardis らの論文が発表されて以降、線量応答を示した論文が堰を切ったように発表されるようになる。

 2006年には、ウクライナの Likhtarov らと米国の Ron らの共同グループが、そして、ウクライナの Tronko らと米国の Howe らの共同グループが、ウクライナで行った cohort study の結果を相次いで発表した。集められた症例数はそれぞれ 232 と 45、得られたリスク値はそれぞれ ERR/Gy = 8.0 (95% CI = 4.6-15) と ERR/Gy = 5.25 (95% CI = 1.70-27.5) となっている。これらの報告にも、甲状腺被ばく量と過剰発症率の間の綺麗な正比例関係が示されている。
 なお、Likhtarov らの調査に参加した Ron は、1992年の Nature に懐疑論を掲載したあの Ron である。この時期には、すっかり甲状腺疫学界の大物になっている。

 また、同年には Jacob らとウクライナ、ベラルーシ、ロシアの共同グループも cohort study の結果を公表している。この報告はウクライナとベラルーシの症例を対象にしたもので、特に、被ばく時の年齢や被ばくからの経過年数によるリスクの変化に焦点が当てられている。
 この論文では次のようなことが明らかにされている:

・チェルノブイリ甲状腺がんの過剰絶対リスク(過剰発症率と考えてよい)は、被ばく時の年齢が低いほど高い。
・過剰絶対リスクは時間が経つにつれて上昇していく。すなわち、被ばく後の若い頃に発症する確率より、より歳をとってから発症する確率の方が大きい。

これらの傾向は、急性の外部被ばくを受けた被爆者が示す傾向とまったく同じである。

  被爆者の甲状腺がんリスク
  http://photozou.jp/photo/show/885961/189989906
 ※ 右のグラフが過剰絶対リスク。横軸は年齢。

 その後も、Zablotska ら(2011年)がベラルーシの、Brenner ら(2011年)がウクライナの、Ivanov ら(2012年)がロシアの線量応答を発表してきている。
 このように、独立した複数のグループによる、複数国での調査で同じように線量応答が得られたことは、チェルノブイリ甲状腺がんが被ばく由来であることを示す極めて強いエビデンスとなっている。

  Likhtarov ら,Radiation Research (2006)
  Post-Chornobyl thyroid cancers in Ukraine. Report 2: Risk analysis
  http://www.rrjournal.org/doi/abs/10.1667/RR3593.1?journalCode=rare

  Tronko ら,JNCI (2006)
  A cohort study of thyroid cancer and other thyroid diseases after the Chornobyl accident: thyroid cancer in Ukraine detected during first screening
  http://jnci.oxfordjournals.org/content/98/13/897.short

  Jacob ら,Radiation Research (2006)
  Thyroid cancer risk in areas of Ukraine and Belarus affected by the Chernobyl accident
  http://www.rrjournal.org/doi/abs/10.1667/RR3479.1

  Zablotska ら,British Journal of Cancer (2011)
  Thyroid cancer risk in Belarus among children and adolescents exposed to radioiodine after the Chornobyl accident
  http://www.nature.com/bjc/journal/v104/n1/full/6605967a.html

  Brenner ら,Environmental Health Perspectives (2011)
  I-131 dose response for incident thyroid cancers in Ukraine related to the Chornobyl accident
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3222994/

  Ivanov ら,Radiation Protection Dosimetry (2012)
  Radiation-epidemiological studies of thyroid cancer incidence in Russia after the Chernobyl accident (estimation of radiation risks, 1991-2008 follow-up period)
  http://rpd.oxfordjournals.org/content/151/3/489.short

 ここで見たように、放射線疫学で決定的なエビデンスを得るまでには、長い長い年月が必要なのである。なお、児玉龍彦氏によるチェルノブイリ甲状腺がんの解説(2009年)には

 “チェルノブイリ原発事故が甲状腺癌を増加させるというコンセンサスをつくるのに 20 年かかった...”

という一文があるが、これも精度のよい線量応答を得るまでに 20 年ほど掛かった事実を指しているものと思われる。

 Cardis ら(2005年)が線量応答を発表した直後、以前からチェルノブイリ甲状腺がんに懐疑的であった Boice は、自身の論説で次のようにコメントしている:

 “1998年の論説で私は、被ばく由来の甲状腺がんについて学ぶべきことは、もうほとんど残っていないだろうと述べた。私は間違っていた。”

 “チェルノブイリからの降下物による重度の被ばくが甲状腺がんを増加させたことは、疑う余地のないことである。Cardis らは今日までで最も包括的かつ定量的なリスク評価を提供している。”

 また、Elaine Ron(1992年の Nature に懐疑論を公表した 1人。惜しまれつつ2010年に他界)は、2007年にはチェルノブイリ甲状腺がんの総説論文を書くまでになっている。

  児玉龍彦,医学のあゆみ (2009)
  チェルノブイリ原発事故から甲状腺癌の発症を学ぶ―エビデンス探索 20 年の歴史を辿る
  http://plusi.info/wp-content/uploads/2011/08/Vol.28.pdf

  Boice,JNCI (2005)
  Radiation-induced Thyroid Cancer - What's New?
  http://jnci.oxfordjournals.org/content/97/10/703.extract

  Ron,Health Physics (2007)
  Thyroid cancer incidence among people living in areas contaminated by radiation from the Chernobyl accident
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18049226

 以上のように、チェルノブイリ甲状腺がんの歴史は予想外の連続であり、大物たちにすら先の見通しが立たないものであった。

 大物に懐疑論をぶつけられたからといって、あきらめてはいけない。
 

今後

 チェルノブイリはまだ終わっていない

 最後に、チェルノブイリの今後を懸念する専門家たちのコメントを幾つか引用する:

 “もしも我々がいま手にしているリスクモデルが正しいならば、これまでに目にした症例は氷山の一角であり、小児期にヨウ素被ばくを受けた人々の間で、これからさらに幾千もの甲状腺がんが発生するだろう。”

  Wakeford,Journal of Radiological Protection (2011)
  The silver anniversary of the Chernobyl accident. Where are we now?
  http://iopscience.iop.org/0952-4746/31/1/E02
 ※ Wakeford は ICRP 第1委員会委員で、専門誌『Journal of Radiological Protection』の編集長でもある。

  ウクライナでの甲状腺がん年間罹患率(1986-2009年)
  http://photozou.jp/photo/show/885961/155491243
 ※ 上図: チェルノブイリ事故時に0~14歳.下図: チェルノブイリ事故時に15~18歳

  ベラルーシでの甲状腺がん粗罹患率(1986-2005年)
  http://photozou.jp/photo/show/885961/190323737
 ※ 事故時に18歳未満で、被ばくを受けた子供。横軸は西暦、縦軸は粗罹患率(100万人当たり)

 “チェルノブイリ事故が起こった後、甲状腺がんが大きく注目されたが、このことは、起こりうる甲状腺以外の病気への注意を逸らす結果となった。事故への国際対応は不適切であり、まとまりのないものであった。”

 “日本への原爆投下からの 20 年間で確認された過剰発症は、白血病と甲状腺がんのみであった。1974年には他の固形がんの増加が確認され、投下から 50 年近くもすると、非がん疾患の予期せぬ増加が起こった。”

  Baverstock and Williams,Ciencia & Saude Coletiva (2007)
  The Chernobyl accident 20 years on: An assessment of the health consequences and the international response
  http://dx.doi.org/10.1590/S1413-81232007000300019

 “被爆者調査から得られた経験は、チェルノブイリからの放出物が引き起こした健康影響は甲状腺がんのみであると考える(幾人かが既にやっているように)には、20 年という年月はあまりに短すぎるということを示している。”

  Williams and Baverstock,Nature (2006)
  Chernobyl and the future: Too soon for a final diagnosis
  http://www.nature.com/nature/journal/v440/n7087/full/440993a.html

 “被ばく後の潜伏期間がより長いタイプの癌については、より長い期間の調査観察が必須である。”

 “被ばく由来の癌の潜伏期間は様々であり、非常に長くなることもあるため、甲状腺がんや乳がん、白血病のみならず、肺や胃、結腸、卵巣、膀胱、肝臓のがん、そして多発性骨髄腫にも特段の注意を払うべきである。”

  Prysyazhnyuk ら,Radiation and Environmental Biophysics (2007)
  Twenty years after the Chernobyl accident: Solid cancer incidence in various groups of the Ukrainian population
  http://link.springer.com/article/10.1007/s00411-007-0093-4

 “しかしながら、潜伏期間は多くの固形がんで数十年にもなるため、チェルノブイリ事故による被ばく影響を総括すのは、現時点では早すぎるだろう。”

  Balonov,Journal of Radiological Protection (2013)
  The Chernobyl accident as a source of new radiological knowledge: Implications for Fukushima rehabilitation and research programmes
  http://iopscience.iop.org/0952-4746/33/1/27
 

付録 《1》

 無料で読める、最近の解説資料

  IAEA Chernobyl Forum 2003-2005
  http://www-ns.iaea.org/meetings/rw-summaries/chernobyl_forum.asp

  UNSCEAR 2008 REPORT Vol. II
  Annex D: Health effects due to radiation from the Chernobyl accident
  http://www.unscear.org/unscear/en/publications/2008_2.html

  Cardis ら,Journal of Radiological Protection (2006)
  Cancer consequences of the Chernobyl accident: 20 years on
  http://iopscience.iop.org/0952-4746/26/2/001

  Demidchik,Yamashita ら,Arq Bras Endocrinol Metab (2007)
  Childhood thyroid cancer in Belarus, Russia, and Ukraine after Chernobyl and at present
  http://dx.doi.org/10.1590/S0004-27302007000500012

  Baverstock and Williams,Ciencia & Saude Coletiva (2007)
  The Chernobyl accident 20 years on: An assessment of the health consequences and the international response
  http://dx.doi.org/10.1590/S1413-81232007000300019

  Williams,Oncogene (2009)
  Radiation carcinogenesis: Lessons from Chernobyl
  http://www.nature.com/onc/journal/v27/n2s/full/onc2009349a.html

  Wakeford,Journal of Radiological Protection (2011)
  The silver anniversary of the Chernobyl accident. Where are we now?
  http://iopscience.iop.org/0952-4746/31/1/E02

  Balonov,Journal of Radiological Protection (2013)
  The Chernobyl accident as a source of new radiological knowledge: Implications for Fukushima rehabilitation and research programmes
  http://iopscience.iop.org/0952-4746/33/1/27
 

付録 《2》

 福島原発事故後の直接測定と甲状腺被ばく量

◆ 原子力安全委員会が主導した福島県の小児 1080 人調査
 ・2011年3月26-30日に、飯舘村、川俣町、いわき市で行われた。
 ・測定には全国の研究者が参加している。サーベイメータを使用。
 ・これまでのところ、この調査を受けた子供の被ばく量は、最大 35 mSvと報じられている。
 《 関連資料 》
   http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/anzen/shidai/genan2011/genan031/siryo4-3.pdf
   http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/ad/pdf/hyouka.pdf
   http://www.asahi.com/special/10005/TKY201202210684.html

◆ 弘前大学 床次グループによる 62 人調査
 ・2011年4月12-16日に、南相馬市からの避難者や浪江町津島地区の住民に対して行われた。
 ・これまでに明らかにされた一般人への測定の中では、唯一のスペクトロメータによる測定である。
 ・調査を受けた人たちの被ばく量は、子供で最大 23 mSv、大人で最大 33 mSvとされている。ともに I-131 を吸入摂取した場合の推定値である。
 ・ただし、『Scientific Reports』に公表された論文では、測定結果からの逆推定により、60 mSv前後の被ばくを受けた子供がいる可能性も示唆されている。
 《 関連資料 》
   http://www.nature.com/srep/2012/120712/srep00507/full/srep00507.html
   http://www.nikkei.com/article/DGXDASDG1203G_S2A710C1CR8000/
   http://togetter.com/li/338805

◆ 広島大学名誉教授 鎌田七男氏らによる 15 人調査 (尿検査)
 ・2011年5月5日、5月30日~6月5日に、飯舘村と川俣町の住民に対して行われた。
 ・福島原発事故後の一般人に対する調査では恐らく唯一と思われる、尿中の I-131 を検出した調査である。
 ・甲状腺被ばく量の推定値は、子供で 44 mSv、大人で 27-66 mSv。
 ・ただし、I-131 の摂取が3月20日にあったとする控え目な推定値であり、摂取日を例えば3月15日にすると、被ばく量はもう少し大きくなる。
 《 関連資料 》
   http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0265931X12000598
   http://www.asahi.com/special/10005/OSK201106240112.html
   http://togetter.com/li/300220

 このように、これまでに報じられた甲状腺被ばく量は、チェルノブイリ高汚染地域のものと比べればずっと小さい。ただし、残念ながら測定の総数が小さく、また、現在も被ばく量の再推定が進行している最中であることから、最終的な結論はまだ先になるだろう。
 

結び

 世の中には、放射能を普通以上に怖がる人がいる。これまでに分かっている怖さ以上に怖がろうとする人がいる。私も、その一人である。

 その“怖がり”には、明白な背景がある。その一つが、ここで紹介したチェルノブイリ甲状腺がんの歴史である。予想外の連続であった、この歴史である。

 進行する原子力災害下にあるこの日本で我々にできることは、歴史から学び、現在もどこかに潜んでいるであろう“予想外”や“過小評価”に対し、先回りして考え、対処することであろうと思われる。