【twitter小説】氷のイコン#4【ファンタジー】
硬質化したゾンビの腕とミェルヒの剣が火花を散らす。ミェルヒの装備にはそれなりに魔法効果がかかっていて、赤や緑の燐光を帯びている。だがそれでもゾンビの攻撃を捌くだけで精いっぱいだ。しかしそれは十分すぎるアドバンテージだ。 97
2013-09-27 17:06:57ミェルヒの被るバシネットがガチガチを歯を鳴らし、火炎を吹き出した! 彼の奇襲にゾンビは肌を焦がしたが、全く意に介さず猛攻撃を繰り出す。何回かゾンビは火を浴びて肉の焦げる匂いが部屋に広がる。 98
2013-09-27 17:13:09その戦いを後ろから見つめる影があった。胴体に袈裟切りに大きな切り傷を負った雪熊だ。その恐ろしい生命力で傷口は盛り上がり血はほとんど止まっていた。だがまともな戦闘は出来ないだろう。呆然とした顔で戦いの行く末を見守っていた。 99
2013-09-27 17:20:57雪熊は疲れていた。肉体の疲労ではない。主人のためにひとを犠牲にする所業に心が疲弊していたのだ。雪熊は傷を負い、ミェルヒに全てを話した。最初で最後の裏切り……だが、苦痛は無く、彼の表情は重荷から解放されていたものだった。 100
2013-09-27 17:27:25煤だらけになり、それでも戦いを続けるゾンビ。赤錆の鎧を砕かれながらも、必死に応戦するミェルヒ。雪熊は自らの氷漬けの主人を見た。彼女の肉体は透明になり氷と同化しつつあった。ただ、彼女の赤と黄色の民族衣装だけがはっきりと残っていた。 101
2013-09-27 17:32:49雪熊は言葉にならない詫びの言葉を繰り返した。主人は、ただ静かに眠っているようだった。一瞬笑ったように見えただろうか、それがたとえ雪熊の願いから来る幻覚だったとしても。赤い火の粉が舞う刃が振り下ろされる。 102
2013-09-27 17:40:38鈍い切断音が響き、ゾンビの右腕が斬り飛ばされた。切断面からは悪臭の発する腐った体液が噴き出す。だが、ゾンビの執念によってそれすら分からないほどだったようだ。がむしゃらに、がむしゃらにただ拳をミェルヒの鎧に打ちつける。 103
2013-09-27 17:48:03「ウウウウウオオオアアアア!!」 ゾンビはもはや声にならないうめき声をあげながらミェルヒを殴るだけだった。雪熊は祈った。我等の主人は魂の眠る場所で我等を許してくれるだろうか。それはわからない。ただ、我等の主人は優しいお方だった。 104
2013-09-27 17:53:11「もう、俺達は終わっていたんだ……いつの間に、終わってしまったのだろうな……」 ゾンビは身体中火傷と創傷だらけになりながらも、その底なしの生命力でもがいている。傷口から死肉で作った新しい腕を生やし、焦げた皮膚ははがれおちていく。 105
2013-09-27 18:00:59「聞け! 最後のチャンスだ。投降しろ! そしてこの施設を政府に明け渡せ! お前の主人を生かす方法はそれしか無い」 ミェルヒは攻撃を受けつつも、説得を続けている。ゾンビの顔が……歪んだ。 106
2013-09-27 18:04:41「知らレるわけニはいかなイんだ……ご主人ノ存在ヲ」 ゾンビはどす黒い血を吐き、憤怒の表情で言った。内臓がかなりやられているようだ。残り少ないダンジョンのエネルギーを自らの主人のために回しているのだろう。だがそれはだんだん少なくなっていく。 107
2013-09-28 16:37:50「神々はメデセクを許さなイ……キっと、再び燃エ盛る鉄槌を下すダろう。メデセクはそれだけのコとをしてキたんだ。いトしい、呪わレた血……」 ゾンビは片膝をついた。もう戦うことは出来ないようだ。ゾンビは最後に自分の主人の顔を見上げた。 108
2013-09-28 16:43:04彼女の肉体はほとんど氷と同化していた。だが、ゾンビにはその顔が、生前の姿が、記憶がはっきりと見えた。ゾンビは悔しそうな顔をして失われていくそれらの尊いものを噛みしめていた。そして、血の混じった涙をぼろぼろとこぼした。 109
2013-09-28 16:49:54ミェルヒはそれを見ると胸が締め付けられる思いになる……だが何人もひとがさらわれ、幾人かはもうこの世にはいないだろう。それを思うと彼らを許すことはできなかった。今すぐこのゾンビの首を刎ね、氷の主人を救うべきか? 110
2013-09-28 16:54:40「不可能だよ」 雪熊は後ろで呟いた。心を読んだのだろうか? 精神生命体ならできるのかもしれない。雪熊の感情もまた伝わってくる。ミェルヒは雪熊に振り返った。 111
2013-09-28 17:00:01「生贄のエネルギーは絶大なんだ。それなくしては現状維持すら不可能だ。この時代の政府の者が来たところで手遅れだ。地下の惨状は見ていないだろうが、今にも死にそうな者が何人もいる。彼らを見殺しにするかね?」 112
2013-09-28 17:06:20「最初から分かっていたのか」 「俺達はもう……終わっていたんだ」 ゾンビは弱弱しい声で泣き声をあげた。氷の主人が消えていく。美しい赤と黄色の民族衣装を残して。ゾンビは胸をかきむしった。血が噴き出し内臓がこぼれる。 113
2013-09-28 17:13:55「ウオオオオオオアアアアアアア!!」 大きな叫び声をあげてゾンビはバラバラに吹き飛んだ。血だまりが凍った石畳の床に広がる。時を同じくして氷の主人の肉体は完全に消えた。天井を広く照らしている照明がチカチカと点滅した。 114
2013-09-28 17:19:00「お前は……大丈夫なのか」 雪熊はまだ生きていた。施設への依存度が低く原生動物の肉体を利用した彼は生きながらえたようだ。黙ったままゆっくりとダンジョンの奥へ歩きだす。途中で駆けあがってきたエンジェとすれ違った。 115
2013-09-28 17:24:58「ミェルヒ、大丈夫だった……?」 「ああ」 エンジェは魔法の巻物で助け出したひとを村へ転移させたらしい。冒険者が緊急時にダンジョンから脱出するために使用するもので、今回は村人用に持ってきたものだ。 116
2013-09-28 17:28:47照明はいまだ点滅している。 「行こう、エンジェ」 二人は氷のダンジョンを後にした。こうして、今回のミェルヒとエンジェの冒険は終わったのだった。 117
2013-09-28 17:32:35