『朝日新聞』「プロメテウスの罠」医師、前線へ 第3回 最後に笑顔で写ろう

『朝日新聞』連載(プロメテウスの罠) 第38シリーズ 医師、前線へ:3最後に笑顔で写ろう を紹介。 今回、「緊急被ばく医療調整本部」なる、見慣れない組織の名が出てきたので、色々と調べたものも追加しました。
原発 震災 緊急被ばく医療調整本部 プロメテウスの罠 朝日新聞
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宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
0『朝日新聞』2013年10月21日(プロメテウスの罠)医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう http://t.co/hYX8twaPoN について、ツイートする。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
1 (プロメテウスの罠)医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう この日の記事も、長崎大学助教 熊谷敦史氏の視点で始まる。 3月14日午前、千葉市の放医研を出発。この段階で、原発20キロ圏からの避難住民のスクリーニングが行われていないことが伝わっていた。熊谷氏は記録用紙をコピーさせた
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 「熊谷は、原爆被爆者の健康調査に携わっている。その関係で、記録を残す重要性を痛感していた。政府が「被爆者」と認定する際、行動記録があるかないかがカギとなるからだ。被爆者と認められないと、援護は認められない。」そういう説明は地元ではなかった
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
3 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 同行した長崎大学のメンバーの記録がある。これは、長崎大学の記録と照合しておこう。 長崎大学 「緊急ひばくしゃ対応支援 活動状況」http://t.co/GsSABoS1NV 一応、合ってはいるのだが、改めて疑問が残る。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
4 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう リーダーは、遅れて出発した大津留晶准教授だ。年齢も上で、教授でもある松田尚樹氏ではない。松田教授は医師ではないから、なのかも知れないが。 通常こういう形の編成になるのかどうか、大学と縁が薄い私にはよくわからない。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
5 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 最初に派遣された長崎大学からのメンバーは5人。熊谷氏の他の4人は、放射線防護学教授の松田尚樹氏、看護師の吉田浩二氏、橋口香菜美氏、放射線技師の岩竹聡氏。記事には、橋口氏から提供された写真も掲載されている。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
6 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 3月14日午後に自衛隊のヘリで福島入りすることになった。14日11時に3号機が爆発した。 出発前に「福島に入ったら笑えない。最後にとびきりの笑顔で写ろう」と、放医研宿舎前で、5人で記念撮影をした。(「笑顔」とは言えないこわばった顔もある)
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
7 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 出発式では、放医研職員が整列し、「ご無事で」の声も聞こえた。熊谷氏は「特攻隊の出撃だ」と思った。チェルノブイリ原発事故で現場に駆けつけた消防士が死んだことも記憶によぎり、熊谷氏は死を意識した。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
8 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 千葉市の陸上自衛隊下志津駐屯地に移動し、午後3時ヘリに乗った。行き先は福島市。長崎大のほか、放医研や広島大のメンバーも乗った。総勢10人。 福島県庁に隣接する自治会館4階の緊急被ばく医療調整本部に合流した。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
9 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 「緊急被ばく医療調整本部」は、文部科学省が医師を集めて臨時的に作った組織。福井大、広島大などから被曝医療の専門家が集まっていた。国の原子力災害対策本部にも県の対策本部にも属さない組織。避難住民の汚染度を検査する司令塔だった。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
10 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 「緊急被ばく医療調整本部」は、朝8時に会議を行い、支援に来た放射線技師らを避難所に派遣する。夜には再び会議を開いて状況を把握した。寝ずの作業だった。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
11 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 熊谷助教が、安定ヨウ素剤服用に関する指示が出ていないらしいことに疑問を感じたことを記し、今日の記事は「引く」。(この連載は、次の日につながるかに思える「引き」が多い感じがする。で、翌日に必ずつながるとは限らなかったりする)
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
12 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 以後、感想など。ようやく記事が本論に入って来た感がある。 長崎大学から来る被曝医療の専門家でさえ、いや、専門家だからこそ、「福島」に来ることを事故直後の「チェルノブイリ」にいくこととリンクさせて考えていた事を確認した。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
13 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 2011年3月14日、既に「FUKUSHIMA」への記号化が進んでいたのだ。おそらく、大熊町や双葉町と、福島市との距離感も状況の相違も、県外からは見えなくなってきていたのだろう。確かに、原発の過酷事故では60キロの距離は遠くない。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
14 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 放医研での整列しての見送り、「福島に入ったら笑えないから、笑って写真を撮ろう」という話など、緊迫感はよく伝わってくる。だからこそ、当時福島市よりも原発に近い場所で、放射性物質に対する篭城戦をしていた私には、不満と違和感がある。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
15 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 危険性があるというアナウンスは、福島市や伊達市では、3月14日当時、一切無かった。むしろ、原発付近の市町村から避難してきた人を支援するためや、断水状態で水を確保するために、屋外で無防備に活動している時期だった。警告が欲しかった。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
16 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 「違和感」は、15日に福島市に入った熊谷氏らが「笑ってはいけない」と考えていたことだ。彼らに続いてやってきた山下俊一氏が3月21日に「ニコニコしてる人の所には放射能はやってきません」と、福島市住民に笑顔を強要した事との落差について、だ。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
17 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 今回の記事には、非常に重要な情報も含まれている。自治会館4階に設置された「緊急被ばく医療調整本部」という組織だ。この組織は福島県立医大の情報にも、長崎大学の情報にも記録が無い。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
18 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 再掲するが、福島県立医大の記録はこれだ。 http://t.co/Ad4RISyWD6 そして、長崎大学医学部の記録がこれだ。 http://t.co/GsSABoS1NV 「緊急被ばく医療調整本部」の語は、無い。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
19 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 「緊急被ばく医療調整本部」で検索を掛けたら、該当記述が存在した。 弘前大学被ばく状況調査チーム活動状況 http://t.co/Ui3KgKiw0p 災害医療ACT研究所 近藤久禎氏 http://t.co/3lG1mcuN4A
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
20 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 続いて『医師たちの証言 ー福島第一原子力発電所事故の医療対応記録ー』編著 谷川攻一(広島大学) 王子野麻代(日本医師会総合政策研究機構研究員) http://t.co/zY8sTUtHou 緊急被ばく医療調整本部の立ち上げ―近藤久禎医師
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
21 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 『東日本大震災への対応 -福島第一原発事故への取り組み- 中 間 報 告』平成23年6月11日 社団法人 日本放射線技師会 http://t.co/JML6DeIYfV  この文書の14ページに、組織設置の経緯らしき記述がある。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
22 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 「東京電力福島第一原発事故対応 における DMAT の活動」国立病院機構災害医療センター 近藤久禎(発表資料のPDF資料と思われる)これは色々と保存すべき情報があるファイルだ。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
23 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう 『東日本大震災における活動記録』 http://t.co/drh8mSGPkE P75に、「緊急被ばく医療調整本部」の成立経緯に関する記述があるが、今回の『朝日新聞』記事とは、かなり異なるようだ。主導者は福島県立医大 田勢教授とある。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
23 医師、前線へ:3 最後に笑顔で写ろう その他、「緊急被ばく医療調整本部」の語は、応援に来た国内各大学の記録にも記載されている。 信州大学 http://t.co/XyjL3h0fZQ
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