抽象とレディ・メイド関連ツイートちょっとまとめた

最後にttt先生による註釈あり。
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n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

ようやく図書館でデュシャン関連の本を何冊か借りた。レディメイド概念をおうのは意外と楽じゃなさそう 。

2010-10-09 21:56:56
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

批評空間に訳出されてるのは、ティエリードデューヴの著作の一部のまた一部なんだな。カンディンスキーと色彩、具象絵画から抽象への移行が重視されるのか。

2010-10-09 23:33:59
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「ゲーテより途方もなく厳密なシュヴルールは、しかし、ゲーテよりもはるかに明白に、美学的な領域においての冒険を敢行した。彼の美学は、表象、模倣、網膜的なレアリスムの美学である」ティエリードデューヴ『レディ・メイドと抽象』より

2010-10-09 23:46:57
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「化学的な物質にいたるまで主観化するゲーテのドイツ人にたちによる受容が、芸術の表現主義的なイデオロギーと、このイデオロギーがもたらす自然の全面的な主観化を強化するようになるのに対して、画家の美的決断にいたるまで客観化するシュヴルールのフランス人たちによる受容」前傾署より

2010-10-09 23:51:51
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「画家の美的決断にいたるまで客観化するシュヴルールのフラン人たちによる受容は、芸術の印象主義的、あるいは新印象主義的なイデオロギーに動機を与え、また、潜在的なものであれ明白なものであれこのイデオロギーが前提とする、実証主義に動機を与えた」前傾署より

2010-10-09 23:54:37
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「1912年には、照応(ルビ|コレスポンダンス)の象徴主義的な理論は使い尽くされてしまっていた。この理論が誰にも知れ渡ってしまっていたばかりでなく、それが「言語の創設者」の要求にとっては、途方もなく不安定なものでしかなかったからである」前傾署より

2010-10-10 00:02:54
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「この理論はあらゆる翻訳を可能にする。Aはランボーにとっては黒であるが、シェッフラーにとっては白であるというように。また、この理論は、あらゆる翻訳を許してしまい、そして、これらの翻訳をまったく私的で伝達力を欠いた個人言語であるどころか、すべて無意味なものとしてしまう」前傾署より

2010-10-10 00:06:07
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「象徴のあまりに主観的な、そして、文学的な、漸進的横滑りを止め、象徴を自然に、象徴が象徴としてもつ自然に、また同様に、象徴の自然というものの象徴に、釘付けにするような固定作用が、たしかにこの理論には欠けている」前傾署より

2010-10-10 00:09:29
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「ソシュールが、「聴覚映像」からなるものと、「心的映像」からなるものという、ふたつの不定形な塊の相関的な分割を言語とみなしたのと同様に、シュヴルールは色彩スペクトルを、生理学的な感覚の連続体と、心理学的な知覚の連続体との相関的な分割とみなした」前傾署より

2010-10-10 00:15:51
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「純粋色はひとつの名前である。より正確にいえば、純粋色は、曖昧さなしに、その名にあたいする色彩であり、また、そして、この色彩が、色環においてそれに隣接し、対立する色彩に対して持つ関係は、続」前傾書より

2010-10-10 00:22:38
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「承前)この色彩の名前が言語体系においてそれに隣接し、対立する色彩の名前に対して持つ関係と、同じである。」前傾書より

2010-10-10 00:23:57
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「純粋色は、純粋色の名において模倣と手を切るということである。純粋色は、もはや、カンディンスキーの回想においてのような表現力に富んだ象徴ではない。」前傾書より

2010-10-10 00:29:11
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「この回想では、純粋色はチューブからほとばしり、すでにその情動的な力能の全体と、そのあらゆる象徴的な含意をそなえていることになるのだけれども。」前傾書より

2010-10-10 00:29:58
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「絵画の放棄が戦略的なものであるとすれば、それは疑うよちもはないことだが、この戦略は、原理的には、マネによる明暗法の放棄、セザンヌによる遠近法の放棄、マレーヴィチによる形象化の放棄と異なるものではない。」前傾書より

2010-10-10 00:40:59
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「純粋色という争点は、影響というかたちでデュシャンの作品に現れる間はなかった。パリにおいて抑圧されたこの争点は、おそらくミュンヘンでデュシャンの意識に一挙に流れ込むのだが、」前傾書より

2010-10-10 00:48:13
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「それは、このとき、今後さらに検討せねばならない注目すべき短絡のひとつによって、抽象ではなくレディ・メイドを、形象化の放棄ではなく絵画の放棄を誘発するものであった」前傾書より

2010-10-10 00:48:32
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「奇妙な点は、そして、おそらくこの点に誤解があるようなのだが、ドローネーがメティエという概念にかわることなく執着している点」前傾書より

2010-10-10 00:55:43
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「「われわれは形態の領域、メティエの領域、にとどまるのであって、芸術に関して空疎な哲学的議論にふけることほさし控える」」前傾書より、ドローネーの主張。

2010-10-10 00:57:56
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

デュシャンのミュンヘン滞在期は、「青騎士」の創設、また、いわゆる抽象絵画への移行の表現といった点で、カンディンスキーの活動がミュンヘンの美術環境で前景化した時代でもあった。」「【訳者付記】」より。

2010-10-10 01:06:14
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「デリダは「撒種(デシミナシオン)と名付けられたものはエクリチュールの概念だ」と明記している。そしてそこで強調されるのは、今度はエクリチュールの「引用における抜き取りと接木の可能性」である。」東浩紀『存在論的、郵便的』第一章より。

2010-10-10 01:13:57
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「彼の主張によれば、パロール(声)はつねに現前的な主体、つまり今ここにある主体と結びついているが、エクリチュール(文字)には「自らのコンテクストとの断絶力」が宿っている。」東浩紀『存在論的、郵便的』第一章より。

2010-10-10 01:18:31
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「書かれた文字は話された声とは異なり、それを発した主体の不在、極端な場合死んだのちにおいても残り続ける、したがってエクリチュールはつねに、主体の統御を完全に離れたところで自由に引用され、解釈されうるだろう。」東浩紀『存在論的、郵便的』第一章より。

2010-10-10 01:20:32
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「そしてエクリチュールのこの断絶力(引用可能性)こそが、記号に「飽和不可能な」多様性、つまり、多義性(ポリセミー)と区別される撒種(デシミナシオン)を与える」東浩紀『存在論的、郵便的』第一章より。

2010-10-10 01:22:36
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「70年代のデリダは一般に、これら耳(パロール)の多様性と目(エクリチュール)の多様性とを、それぞれ「多義性(ポリセミー)」と「撒種(デシミナシオン)」と名付けている。」東浩紀『存在論的、郵便的』第一章より。

2010-10-10 01:27:26
n11個さん/永田希 4/17『積読こそが完全な読書術である』 @nnnnnnnnnnn

「その学は『ユリシーズ』にあらゆることを読み込むことができ、したがってそこに隠された意味をすべて明るみに出すことができる。しかしにもかかわらず彼の考えでは、その学は「war」の多様性そのものを翻訳することは決してできない。」東浩紀『存在論的、郵便的』第一章より。

2010-10-10 01:30:41
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