山川健次郎の玄孫の方の八重の桜43話「鹿鳴館の華」の感想とそれにまつわる実話のツイート
大山さんと会津藩家老の山川家との縁談は大事件と言うか旧会津藩士たちを巻き込む大問題で山川家はしばらく家臣達からの糾弾にさらされるほどでした。 #八重の桜
2013-10-27 21:09:58山川家の兄弟で書き上げた「京都守護職始末」ですが、川崎尚之助の遺した戦記を引き継ぎ仕上げるって事にされるんですかね?…あーそーですか…(棒読み) #八重の桜
2013-10-27 21:20:18津田梅子は正面突破を試み、捨松や繁子がそれを資金面や社会的ポジションから支えたのだと思います。二人とも表にはでしゃばらなかったけど二人の支え無くして津田塾はありません。というか個人的にはあれは津田塾じゃなくて捨松塾と名付けても良いくらい。 #八重の桜
2013-10-27 21:44:30捨松について詳しく知りたい方は大山さんの連れ子の子孫の方が書いた「鹿鳴館の貴婦人」と言う評伝がありますよ。 #八重の桜
2013-10-27 21:55:59大山捨松は徳冨蘆花の小説「不如帰」の中で、意地の悪い継母として描かれていた。そのせいか多くの誹謗中傷の手紙などを受け取っている。実際には大山巌の連れ子達に「ママちゃん」と呼ばれ、慕われていたという。 #八重の桜
2013-10-27 20:22:30この平成の世でも私が山川家の末裔と知ると「あ~不如帰の…」と言う人がいて本当に迷惑千万です。 RT @nttcocomo: 大山捨松は徳冨蘆花の小説「不如帰」の中で意地の悪い継母として描かれていた。そのせいか多くの誹謗中傷の手紙などを受け取っている。実際には大山巌の連 #八重の桜
2013-10-27 22:15:21いくら脚色といえど。ああいう形でえがかれてしまうとファミリーストーリーがゆがんでしまうんではないかと心配です。@narulinjane 本当に大変だったんだから… #八重の桜
2013-10-27 21:00:45@olive_kirara あんな事で決められちゃたまらんですよ~まあドラマとしては面白かったですが(笑)
2013-10-27 22:50:46会津人に対する偏見と差別は秩父宮雍仁親王が雍仁親王妃勢津子を娶るまでかなり強かったらしい。 山縣有朋などは御成婚後も差別を止めなかった。 山縣が温厚な大正天皇に蛇蝎の如く嫌われたのも、政治的対立意外にこう言ったことも原因かもしれない #八重の桜
2013-10-27 20:57:29ちなみに秩父宮妃ご成婚の折、旧会津藩士の人々(っつーても子や孫世代ですが)は提灯行列したって祖父が言ってました・・ #八重の桜 >RT
2013-10-27 23:14:35まあ言いたい事は色々あるけど、ここまで山川家がフィーチャーされる歴史ドラマもなかったので良しとします。また改めて違う形で取り上げてくれると有難いですが。…BS歴史館とかね。 #八重の桜
2013-10-27 23:24:07ただ腕相撲中に上司相手にここぞとばかりに好き放題言っちゃってるぴろりんの熱さは良かったけどね(笑)もはや父親だわー( ̄▽ ̄) #八重の桜
2013-10-27 23:17:33@azumanomasurao 長男の大蔵と末娘の捨松は親子ほど年齢が離れていますし捨松が物心ついた頃には大蔵は家長ですのでまあ実質親ですよね。
2013-10-27 23:30:05皆さんお忘れではありませんか?梶原様が二葉さんを貰いに来た時母上の艶さんが薙刀勝負を挑んでいた事を。今回も薩摩なんぞに娘をやれるかぁ!と薙刀振り回す艶さんを二葉さんや操ちゃん常盤ちゃんが援護する演出でも良かったような。 #八重の桜
2013-10-27 23:40:55