茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの連続ツイート第1082回「第二外国語は、ラテン語」

脳科学者・茂木健一郎さんの11月2日の連続ツイート。 今日は、しばらく前に気づいたある視点。
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茂木健一郎 @kenichiromogi

連続ツイート第1082回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。今日は、しばらく前に気づいたある視点。

2013-11-02 06:44:46
茂木健一郎 @kenichiromogi

だら(1)高校のとき、ワグナーの楽劇が好きになったり、ニーチェの哲学に出会ったり、ゲーテを耽読したりしたので、第二外国語は自然にドイツ語になった。一時期、ドイツに留学しようかというくらい熱心にやったが、あることをきっかけに、何とはなしに離れていくこととはなった。

2013-11-02 06:45:51
茂木健一郎 @kenichiromogi

だら(2)それは、現代ドイツ社会の問題点、みたいな雑誌の記事を読んだ時のことである。ニーチェ、ワグナー、ゲーテとかそういうんじゃなくって、同時代のドイツの悩み、みたいなものに接した時、簡単に言えば、「それって、ローカルな問題じゃん!」みたいに思ってしまったのである。

2013-11-02 06:46:53
茂木健一郎 @kenichiromogi

だら(3)それで、Der Spiegelのようなドイツの代表的メディアを読んでいても、何とはなしにもの足りない。現代文明の熱い坩堝は、やはり英語圏にあるような気がする。そんな流れで、徐々に、英語単独主義、みたいな人生に流れていった。結局、リソースを英語に注ぎ込むことになる。

2013-11-02 06:48:24
茂木健一郎 @kenichiromogi

だら(4)時々、イタリア語や、フランス語や、中国語や、韓国語をやっている、という人に出会う。旅すると、現地の言語に魅せられる。その時は少し勉強してみるか、と思うが、やっぱり、「趣味」の世界だなあ、と考えてしまう。時間があればやってもいいけど、in my life、ない気がする。

2013-11-02 06:50:26
茂木健一郎 @kenichiromogi

だら(5)もっとも、英語がいくら重要だからといって、日本語と英語だけで回すというのも、多様性という視点から見て、いかがなものか、という思いは実はあった。もう一つくらい、言語に時々触れたい。「第二外国語」は何がいいかな、と探っているうちに、二週間前、突然答えがひらめいた。

2013-11-02 06:51:39
茂木健一郎 @kenichiromogi

だら(6)街を歩いていて、突然、「そうだ、ラテン語だ!」と思ったのである。ヨーロッパでは、ある時期まで重要な文献はラテン語で書かれた。ニュートンがプリンキピアを書いたのも、ラテン語だし、カトリック教会では、未だにラテン語が「公式」の言葉として使われている。

2013-11-02 06:53:29
茂木健一郎 @kenichiromogi

だら(7)現代の単一言語といっていい英語においても、ラテン語が使えると便利。フレーズとして文中に挟めるし、教養人としての証しでもある。何よりもいいのは、「死語」だということ。日常語として使っている人たちがいないから、もうこれ以上変化しないし、学んだ知識が陳腐化しない。

2013-11-02 06:55:03
茂木健一郎 @kenichiromogi

だら(8)ラテン語の位置づけは、東洋における「漢文」の位置づけに似ている。話される中国語自体は変化しても、数々の方言があっても、漢文は北極星のように動かないということを加藤徹さん(@katotoru1963)に、教えてもらった。動かないものを勉強するのは、たいへん気持ちがいい。

2013-11-02 06:56:59
茂木健一郎 @kenichiromogi

だら(9)だから、私の言語政策としては、プライマリーには日本語と英語で回していく、という方針に変わりがないが、多様性を担保するための、第二外国語としてのラテン語を少し交ぜていきたい。Ecce Homoとか、Carpe Diemとか、Magnum Opusとか言ってみたい。

2013-11-02 06:58:47
茂木健一郎 @kenichiromogi

以上、連続ツイート第1082回「第二外国語は、ラテン語」でした。

2013-11-02 06:59:11