【twitter小説】失くした右腕#1【ファンタジー】
街中を葬列が行く。クノーム市は元は鉱床都市で、地面は穴だらけだ。街中に高架があり、煉瓦でできた建物で地表は埋め尽くされている。煉瓦の狭い街並みをぬって、その葬式は大々的に行われた。クノーム市在住の偉大な画家、クレイシルムの葬式だ。 1
2013-10-12 14:44:07クレイシルムは高名な画家だった。彼は神の右腕を持つと言われ、彼の作品は信じられないほどの高値で売れた。彼のアトリエの近くに小さな画廊があるが、来客の途切れる日は無い。ところが彼は高齢であり、先日天寿を全うしたのだ。 2
2013-10-12 14:49:27黒装束の葬務執行人たちが列を作り香をたく。大きな棺はシンプルな黒い長方形で、蒸気車で曳かれていた。沿道には彼の死を悲しむ街のひとが喪服で集まり、一様に涙していた。その人混みの中、緑の機動スクーターを手押しで進むひとりの青年がいた。レックウィルだ。 3
2013-10-12 14:54:30彼も喪服のスーツ姿だった。だが、葬式に加わる様子はなく急いで通りを進む。黒いネクタイを止める白い髑髏のネクタイピン。黒い中折帽子。通りは複雑に入り組んでおり、この大通りを通らないと彼の目的地へ辿りつけないのだ。 4
2013-10-12 14:58:18ようやく通りを外れ、人混みを抜けた。彼は帽子の代わりに青いヘルメットを被り機動スクーターに乗るとエンジンをかけた。パププププという排気音を立てて、彼は街を駆けた。家の玄関にはどこもクノーム市の旗が半旗で掲げられている。クレイシルムは街を代表するような人物だった。 5
2013-10-12 15:02:18レックウィルもこの街の住人であり、もちろん彼の死は悲しい。だが、もっと大変な仕事が彼の事務所に舞い込んできたのだ。彼は朝一の電信で叩き起こされ、事務所へ出勤した。午後から葬式へ参加する優雅なプラン……もちろん葬儀で街の全員の仕事が休みになったはずだった。 6
2013-10-12 15:06:52街の裏通り、大きな大地の裂け目がある崖の真ん中にレックウィルの事務所はあった。事務所の所まで下り階段がしつらえてあり、崖の上の階段の入り口には小屋とゲートがあった。錆びたゲートには大きな看板がかかっている。『レックウィル霊障コンサルタント事務所』だ。 7
2013-10-12 15:11:04小屋の窓にはたくさんの紙が中から貼られていた。『精神と健康』『セリキラル精神交霊団認定』『無料相談受付中』『霊にお困りのあなたへ』『信頼と実績』『もしかして霊障? お気軽に』 そして小屋の中には……ひとりの小柄な女性がいる。 8
2013-10-12 15:15:17彼女はミレイリル。妙な事件からレックウィルの助手となったばかりだ。 「あ、レックウィル先生。おはようございます。何ですか、こんな日に仕事だなんて……」 ミレイリルは小屋の扉を開けて挨拶をする。彼女はレックウィルの電信で呼び出されたのだ。 9
2013-10-12 15:18:34狭い駐車スペースに機動スクーターを停めたレックウィルは気まずい表情で言った。 「亡くなったクレイシルムさんが……今朝亡霊になって出現したんだ」 10
2013-10-12 15:25:38「えっ、そんな、あんなに立派な方だったのに……」 「そういうこともあるさ」 レックウィルはミレイリルに目もくれず、急いで事務所に向かって階段を下りていってしまった。ミレイリルは特に何も言われていないのでどうするか迷っている。 11
2013-10-13 15:22:49彼女が崖の上でまごまごしていると、レックウィルが事務所からでて階段を上ってきた。黒いスーツに黒いネクタイの喪服仕様なのは変わらないが、指輪や首輪、杖など明らかに仕事用の装備になっている。そしてそのままスクーターに乗りエンジンをかける。 12
2013-10-13 15:28:53「あの、どこへ行くのですか?」 「クレイシルムさんの所さ。留守番頼むよ」 留守番と言ってもミレイリルはどうしていいか分からない。慌てているうちに、緑の機動スクーターにエンジンがかかり、飛ぶようにレックウィルは去っていった。 13
2013-10-13 15:33:53「わたしはまだ役立たずなんだなぁ……」 ミレイリルは落ち込んで小屋に戻った。彼女の仕事は、いつもこの小屋で完結する。来客が来たら、事務所にいるレックウィルに電信で連絡する。それくらいしか彼女にはできなかった。 14
2013-10-13 15:37:42クレイシルムの霊は、彼の家の近く散歩で訪れる森の小道にいた。彼は日課の散歩の途中この場所で倒れ、そのまま人目につかぬまま息を引き取ったのだ。森の道を機動スクーターが駆ける。道は舗装されておらず、レックウィルはガタガタと揺さぶられた。 16
2013-10-13 15:43:20鉱山のトンネルの出口になっている薄暗い曲がり角にクレイシルムの霊は座り込んでいた。辺りは古い鉱山で放棄されて久しく緑化が進んでいる。彼はほとんど白く半透明になっていたが、生前の紳士然とした服装などは変わらない。 17
2013-10-13 15:46:52スクーターを降り、レックウィルはゆっくりとクレイシルムの霊に近づいた。生前の思考と霊としての思考は変わる可能性がある。それがどんな紳士であっても警戒は必要だった。ただ、レックウィルには彼がかなり憔悴しきっているように見える。 18
2013-10-13 15:51:11「こんにちは、クレイシルムさん。どうかされました?」 クレイシルムはレックウィルに気づき、ゆっくりと彼に身体を向けた。レックウィルはそこで初めて彼の異常に気付く。クレイシルムの……右肩から先の腕が消えてしまっているのだ。 19
2013-10-13 15:57:08「私の大切な右腕が無くなってしまったのだ……どこに行ってしまったのだろう。これでは安心して死ねない……」 その装備からレックウィルが霊に詳しいと分かったのだろう。彼はすぐさま自分の未練について話し始めた。 20
2013-10-13 16:01:24彼には孫娘がおり、彼女のために画家生命をかけた作品を作っている途中だった。だが、運悪く亡くなってしまった。そこで、作業の続きをするために霊として復活したものの、作品を完成させるための……右腕が、何故か無くなってしまっていたのだという。 21
2013-10-13 16:03:48崖の上の小屋の中で、ミレイリルは本を読んで勉強をしていた。レックウィルの蔵書で、霊障に対する対処などが書いてある。霊と戦うことは稀である。大抵は、彼らの言い分を聞いてやって未練を断ち切らせ浄化させるのが目的だ。 22
2013-10-14 16:39:37ただ、専門用語が並んでいてミレイリルはくらくらしてきた。そうしている間に、レックウィルは帰ってきたようだ。緑の機動スクーターが遠くに見え、パププププという排気音が聞こえてくる。 「先生、おかえりなさーい」 23
2013-10-14 16:45:02