黒と白~斎藤一~
昨晩から兆しはあった。空気がきんと冷え、指も耳も悴んでいた。突き刺すような寒さは、夜が明けてみるとその存在を目に見えるように残していた。 ----雪だ。
2013-11-01 19:16:37「斎藤さんのお召し物はいつも黒ですが、お好きな色なんですか?」 悪気もなくただ思ったことを聞いたまでのことだろう。 雪村はその名の通り真っ白だ。邪推などせず、常に場を弁えてそっと佇んでいる。
2013-11-01 19:17:44だが決して存在感がないわけではなく、内面に持つ頑固なまでの意思が、その小さな体の中で熱く流動しているのだと俺は思う。
2013-11-01 19:18:02味噌汁に入れるための豆腐を寸分違わず同じ大きさに切ることに集中していた俺がそう答えると、雪村は一瞬手を止めて目を丸くさせてしまう。
2013-11-01 19:18:23それから、聞いてはいけなかったことだと判断したのか、ほんのり頬を染めてすみませんと謝ると、朝食を作る手を早めた。
2013-11-01 19:18:34食事当番に雪村が入っていると、段取りが捗り、気兼ねなく黙々と作っていくことができる。これが総司だった場合、無駄な私語、味付けへの不安、後片付けからの逃走など、別の問題がついてくる。料理に於いて信頼できるのは源さんと雪村だ。
2013-11-01 19:18:58京都の底冷える寒さも、火を使っている間は少し和らぐ。米の具合を何度も確認させているのは、足元を暖めてもらいたいからなのだが、普段言わないことに不審だと感じたのか、「このお米は何か問題でもあるんですか?」と聞かれる始末。
2013-11-01 19:19:31段取り以上の速さで朝食の準備を終えることができそうだ。 「雪村」 「はい。……っ」 ぐいと突き出された湯飲みを慌てて受け取り、目だけでこれは?と訊ねてくる。 「あ、良い香りがします。生姜湯ですね」
2013-11-01 19:19:56俺は少し頷くだけだ。雪村ならば生姜湯が体を温めるものだと知っているだろう。 「ありがとうございます。斎藤さんもご一緒にいかがですか」 礼を口にする時の雪村は、本当に嬉しそうな表情をする。それに釣られて、俺は口元が綻ぶのを感じた。
2013-11-01 19:20:10「ではそうしよう」 もう一杯の生姜湯を淹れ、二人で一息ついた後、今度は膳を運ぶ仕事が待っている。この段階になると、腹を空かせた左之あたりがやって来て、催促がてら膳を運ぶ手伝いをしてくれる。
2013-11-01 19:20:24❀˚˟.‧*✿˚˟.‧*❀˚˟.‧*✿˚˟.‧*❀˚˟.‧*✿˚˟.‧*❀˚˟.‧*
廊下から重みのある足音が二組聞こえてくる。 勝手場に姿を見せたのは、案の定左之と、新八だった。 「い~い匂いさせてんな。手伝ってやるよ」 「おはようございます、永倉さん、原田さん」 「おはよう、千鶴。今日は寒くなったなあ。朝食当番、ご苦労さん」
2013-11-02 17:17:23朝食の膳を覗き込んでいる新八、雪村への配慮を怠らない左之。 左之はついでのように俺と目を合わせて、軽く右手を上げて挨拶とし、俺もまた目線でそれに応える。
2013-11-02 17:18:25皆に膳が行き渡り、満足そうに食しているのを見るのは心地が良い。 そっと雪村に目をやると、同じように他の者を見ながら微笑んでいた。きっと同じ思いなのだろう。と、雪村と目が合う。 口角を上げ、ぱっと明るい顔をして見せる。 俺も殆どわからないくらいに頷き返す。
2013-11-02 17:19:19二人にしかわからない満足感の共有は、胸のあたりが妙に温かいような気がした。 「では、今日も一日、隊務に励んでくれ」 近藤さんの一言で解散となり、朝の稽古に入る者、巡察に出る者と、各々の持ち場に移動して行く。
2013-11-02 17:19:48自分の膳を持って勝手場に持って行こうとすると、戻って来た総司と廊下ですれ違う。 「一くん、さっき千鶴ちゃんと微笑み合ってたよね」 「微笑み合う……?」 「あれえ、無自覚なんだ?一くんもああいう顔をするんだなって、ちょっと意外だったんだけど」
2013-11-02 17:20:36総司は俺が微笑んでいたなどと言うが、そんなはずはない。 ただ、雪村との間に感じた達成感や満足感を、総司に覗き見られたと同時に、掠め取られたような気にもなる。
2013-11-02 17:21:08「あ、むっとしてる」 「していない」 総司にからかわれるのは心外だ。もともとこんな顔なのだ。 している、していないと繰り返していたら、遠目から土方さんの刺すような視線が俺たちを射抜いていた。
2013-11-02 17:21:48「一くん、鬼に睨まれてるよ」 「おまえも一緒だ」 「とりあえず、お膳運んで来たほうがいいんじゃない。片付かないって千鶴ちゃんが嘆いてるよ」 俺は手元に視線を落とし、内心慌てて勝手場へと運んだ。
2013-11-02 17:22:25「あ、斎藤さんまで持って来て下さったんですか。置いておいて下さったら、片付けますから。これから巡察に出られるんですよね」 総司め。なにが嘆いているだ。 「遅くなってすまん」
2013-11-02 17:23:15俺は素早く襷がけ、同じ形の器を重ねて桶ごとに移していく。 嵩張って重くなる上に、この雪の中、井戸水を使うのは酷なことだ。 雪村に制止される前に運んでしまわねば、必死になって、私がやるのでやらなくていいですと言い張るに決まっているのだ。
2013-11-02 17:23:39