ナイス・クッキング・アット・ザ・ヤクザ・キッチン
狭いバーカウンターに座りながら、ジェイクは己の判断ミスを呪っていた。おそらく一杯数万円と思われるホット・サケを呷りながら、持ち合わせの装備を頭の中で再確認する。LAN直結型拳銃1挺、電磁ドスダガー1本、隠し味に各種グレネード少々。サイバネ置換された両手にすら汗が滲む気がする。 1
2013-11-10 22:43:10店内に客は彼ひとり。支払いを拒否した哀れなサラリマンは、先程ショウジ戸の奥に連れて行かれ、まだ帰って来ない。カウンター向こうのキッチンにはヤクザサングラスにスーツ姿の、屈強なヤクザが三人……手を後ろに組んで威圧的に立つ。まるで三つ子のように身体的特徴は同じ。 2
2013-11-10 22:51:22ウシミツアワーの時報が鳴る。「「「ラストオーダーの時間です」」」ヤクザが同期機械めいて喋った。(((噂のクローンヤクザか……ますますツイてないな、ラッキー・ジェイク!)))彼はニューロンの中で悪態をつく。一般市民は知らぬが、日本暗黒社会では既にクローン技術が実用化されている。 3
2013-11-10 22:58:45当然ながら、それを知るジェイクも表社会の人間ではない。身体の各所にサイバーギアが埋め込まれ、防弾サイバネ処理を施した上にフェイクスキンを貼られた胸郭は「SHOOT撃つ↑」と2カ国語で書かれた強化Tシャツで覆われ、装備を隠すのに最適な耐重金属酸性雨ダスターコートを羽織っている。 4
2013-11-10 23:05:46「テッパンヤキをください」「「「焼き方は?」」」「ミディアムレアでお願いします」ジェイクは流暢な日本語で返す。脳内に埋め込まれた言語変換UNIXによって、ほぼリアルタイムで英語から日本語への翻訳が可能だ。クローンヤクザたちは仏頂面のまま、カウンター前の大型鉄板で調理を始めた。 5
2013-11-10 23:08:49ジェイクは日本の生まれではない。最先端の違法生体LAN端子インプラント手術を受けるため、偽造ハンコを使い、キョート経由でネオサイタマに潜り込んだ不法入国者である。闇サイバネ医者の手術は実際素晴らしかった。だが不運なことに、支払い方法についてはいくつか行き違いがあった。 6
2013-11-10 23:15:39賞金首となった彼は、偽造素子もハンコも失ってしまったため、故郷へと戻るには、かなりのカネとコネを作る必要があった。だがジェイクは前向きに考えた。犯罪都市ネオサイタマで手術を受けただけでなく、非合法ビズをこなしつつ生還したとなれば、帰国時に経歴にハクがつくだろうと思ったからだ。 7
2013-11-10 23:25:20ラッキー・ジェイクはそれから1年間、ドブネズミめいて生き延び、ネオサイタマの生活に順応していった。快適とすら思え始めていた。だが今夜はとびきり不運だった。ブツメツの概念が彼にあったならば、今夜昔の女に会おうなどとは思わなかっただろう。彼は賞金稼ぎに襲撃され、モモコも死んだ。 8
2013-11-10 23:30:07腕利きのスラッシャーに追跡を受けながら、ジェイクは立体迷宮の如き超高層猥雑ネオン街を駆けた。「ツボ」「マロマ」「ノパン」「押す」……神秘的なカンバンの明滅に溶け入るようにして逃げ続けた彼は、念には念を入れ、このテッパンヤキ・バーに逃げ込んだのだ。それがそもそもの間違いだった。 9
2013-11-10 23:36:24「おいしいサケですね」ジェイクが言う。ヤクザたちは黙々とテッパンヤキを作る。どうやって彼らを殺すか、ジェイクは冷静にシミュレーションする。カウンターの三人は恐らくLAN直結拳銃で一気に撃ち殺せるだろう。問題は……あの男だ。彼は割り箸立てに手を伸ばす自然な動きで、左手を見る。 10
2013-11-10 23:43:36ホール奥にはジューウェアを着た用心棒らしき日本人がひとり。そのベルトは黒い。彼は高級革張りソファでサケを呑み、低俗なオスモウ中継を見ている。ジェイクはカラテの恐ろしさを知っている。ニンジャなどはくだらぬ幻想だったが、カラテマンは実在する脅威だ。ジェイクの額に汗粒が生まれる。 11
2013-11-10 23:50:41「アアーッ!さらにこれは大変だ……ズバリ・ナオミ!悪徳マネージャーのズバリ・ナオミが、西軍マネージャーのヨシコにネンゴロ行為だ!客席からは大変なブーイングだ!行司はシックスフィート・アンダーに警告するのに夢中で見えていない!」「クソ試合だ」カラテマンが吐き捨てるように言う。 12
2013-11-10 23:55:03「おい、サケ追加だ」男はキッチンに声をかける。「「「ハイヨロコンデー」」」クローンヤクザたちが反応した。願ってもいない好機到来だ。(((ヤクザがサケを運びにいく隙をついて仕掛ける……右から左へ……1、2、3、4…)))ジェイクが拳銃に手を伸ばしかけた、その時。「来客ドスエ」 13
2013-11-11 00:01:05ナムサン!追跡者か!?だが自動電子マイコ音声とともに扉を開けて現れたのは、黒スーツ姿の客三人。ジェイクは舌打ちし、僅かに浮かせた腰を再び椅子に沈める。ニューロンがチリチリし始めた。男たちはコートを脱ぎながら一列で歩き、全員同時にバーカウンターに座る。……まさか、この者達は! 14
2013-11-11 00:07:14隣に座った三人組は全員が同じ黒スーツにサングラス!……さらにその顔立ちまでも…おお、ナムアミダブツ!いまやそれは六つ子だ!(((……クローンヤクザ!ホーリーシット!)))ラッキー・ジェイクは歯噛みした。「「「サケを」」」しかもラストオーダーなど存在しないかのような注文態度! 15
2013-11-11 00:14:02重苦しいアトモスフィアが店内に満ちる。不味そうな合成肉テッパンヤキが焼き上がり、ジェイクの席に供された。彼はそれをナイフとフォークで切りながら、殺戮プランの練り直しを行う。これほどの修羅場は久方ぶりだ。(((虎の子のガスグレネードを使うか……温存しておきたかったが……))) 16
2013-11-11 00:22:05「美味しいお肉ですね。ノパン・サービスはありませんか?オイランは?」ジェイクが和やかに聞く。ノパンは闇世界の符丁であり非合法な性的サービスを指す。クローンヤクザは互いに顔を見合わせ、何も答えない。「テッパンヤキには付き物でしょ?さっきの客は奥でサービス中?」ジェイクが笑う。 17
2013-11-11 00:31:04「初めてなので、緊張してきました。ちょっとトイレへ。ああ、わかりますよ。あっちでしょ」ジェイクは脳内UNIXの機械翻訳能力に感謝しながら、「男性」と書かれた緑色ネオン光のドアへ向かう。慣れないホット・サケが回っているかのように、途中、少し足元をふらつかせて見せる。上出来だ。 18
2013-11-11 00:37:57薄汚い個室便所のドアが閉まる。クローンヤクザは顔を見合わせて頷き、その場でゆっくりと懐へ手を伸ばした。……チャカ・ガンのお出ましだ。全員が無表情のまま、トイレのドアに銃を向ける。ジェイクを出迎えるのはノパン・オイランではない。ブラックホールめいて無機質で黒い6つの銃口だ。 19
2013-11-11 00:45:21ジェイクは体を店内に向けたまま、便器の横で口笛を吹く。そして水を流しながら、ハンドヘルドUNIXにコマンドを送った。ピボッ。 20
2013-11-11 00:50:10KABOOOM!カウンター下に忍ばせておいた小型グレネードがIRCトリガによって起動!突如爆発!「「「「「「グワーッ!」」」」」」直後、無色の神経ガスが店内に拡散され、クローンヤクザの半分が卒倒!「「「ザッケンナコラー!」」」辛うじて残った3人がチャカ・ガンでトイレに射撃! 21
2013-11-11 00:56:07BLAM!BLAM!BLAM!弾丸がトイレの扉を撃ち抜く直前、ジェイクはそれを内側から蹴り開けて前方へとダイブ!ヤクザの銃弾が頭上を掠めていく!「死んでください!貴方!前後している!庶子!」口元を簡易ガスマスクで覆ったジェイクは、叫びながらLAN直結拳銃の論理トリガを引く! 22
2013-11-11 01:02:45BRATATATATA!LAN直結拳銃から恐るべき勢いで重金属弾が吐き出され、クローンヤクザ三人の頭部をあやまたず破壊!「グワーッ!」「アバーッ!」「ダッテメッグワーッ!」ワザマエ!その横では神経ガスで気絶したクローンヤクザ3人が鉄板で額を焼かれている。ナイスクッキング! 23
2013-11-11 01:07:33ジェイクはテーブルの下から素早く身を起こす。すでにクローンヤクザ6人は無力化。あとはレジから素子を奪い脱出するだけだ。しかし次の瞬間、店内を瞬時にスキャニングした彼のサイバネアイは、ある違和感に気付いた。……ジュー・ウェアの男である! 24
2013-11-11 01:16:57