モーサイダー！～Motorcycle Diary～Episode of Autumn VI～

IngaDo type-RR @mor_cy_dar

モーターサイクルダイアリー～Episode of Autumn VI～ #mor_cy_dar

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「あの……こんにちは」 「ん？……ああ、こんにちは」 　志智が声を掛けたとき、RVFのライダーはヘルメットをしたままで小河内湖の方角を眺めていた。 #mor_cy_dar

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　ライトスモークシールドの奥にある表情はうかがいしれない。しかし、僅かにのぞく首元には円熟の皺が刻まれていた。 #mor_cy_dar

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「……え」 「ほっほー。なんだ若いの」 　そして、RVFのライダーがヘルメットを脱いだとき、志智が目にしたのは白いものが混じった髪の毛だった。 #mor_cy_dar

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「どうしてジジイがバイクなんかに乗ってるんだという顔をしてるじゃないか、んん？」 　挑発するように言いながらも、RVFのライダーはニヤニヤと笑っている。 #mor_cy_dar

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　志智は思わず返す言葉を失う。つい今しがたまで至近距離で見ていた走りと、目の前の老人がまったく結びつかなかったからだ。 #mor_cy_dar

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「お前さんからすればジジイに見えるかもしれないが、私はこれでも50をちょいと過ぎたあたりさ。 　まだまだ10年以上働かないと年金も貰えん。はっはっはっ」 「そ、そうなんですか……あの、えっと。 　なんていうか、すいません。びっくりして」 #mor_cy_dar

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「そうかい？ 　土日の箱根や伊豆にいけば、まだまだ私みたいな『聞き分けのない乗り手』はいると思うがね」 「でも、あんなに飛ばしてる人はいないと思いますけど」 #mor_cy_dar

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「そりゃあ～お前さんがまだ出会ったことがないだけさ。 　若い若い。世界は広いぞぉ。ほほははははっ」 　老人はからからと笑いながら、胸元からタバコを取り出すと火をつけた。 　そして、一吹かしした後、志智の表情を気にするようにじっと見つめる。 #mor_cy_dar

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「今の人は、本当にタバコをやらんのだな」 「えっ」 「昔はバイク乗りといったら、とりあえずタバコでな。 　お前さんみたいに「どうでもいい」って顔はしなかったものさ」 「はあ……」 #mor_cy_dar

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「ああ、勘違いせんでくれ。 　別に悪く言うつもりはない。ただ、私くらいの年になると、自分の若い頃と自然に比較してしまうのさ」 　老人はRVFのシートにもたれかかりながら、上等な酒を味わうときと同じ表情で、紫煙をくゆらせる。 #mor_cy_dar

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　その仕草は志智に特別な感慨を与えるものではなかった。かっこいい、などとは微塵も思わないし、むしろ煙たいなと感じてしまうくらいだ。 #mor_cy_dar

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　ただ━━ （幸せそうな顔してるなあ……） 　どころか心を和ませる光景ではあった。 #mor_cy_dar

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「このバイク、RVFって言うんですね」 「そうとも。VFRならともかく、市販車でRVFといったらこいつだけだ。 　そっちは━━うん、VTだね。スパーダか。なかなか乙な車体に乗っとるな」 「そうなんですか？」 #mor_cy_dar

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「アイルトン・セナの休日用だ。 　いいバイクだよ」 「セナ……サッカー選手か何かですか？」 　志智の返答に、老人は手に持ったタバコをぽとりと地面へ落とした。 　そのまましばらく固まったあと、タバコを拾い上げて、携帯型の灰皿へ放り込む。 #mor_cy_dar

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「……い、いや、気にせんでくれ。 　もう10年近く前だ。お前さんくらいの年じゃ知らなくてもおかしくはない」 「あ、えっとすいません。 　今思い出しました。F1の人でしたっけ」 #mor_cy_dar

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「うん、そうだ……そんな程度のもんだ……お前さんみたいな若者にとってはな……」 「………………」 　志智にはその理由が分かりかねたが、表情から察するに老人は相当のショックを受けているようだった。 #mor_cy_dar

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「えっと、そのバイク。珍しいですよね」 「うん、確かに今となっては珍しいな。 　……安心しろ。お前さんが何を言い出しても、もう驚かんから」 #mor_cy_dar

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「驚かせるつもりはないんですけど、形も珍しいですよね。マフラーも反対側についてるんですね。 　このスイングアームって右側は壊れちゃったんですか？」 「………………」 　老人は火を付けようとしていた二本目のタバコを、地面へ落とす。 #mor_cy_dar

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「す、すいません！　また変なこと言ってますよね、俺」 「いや、いいんだ……知らないことを聞くのは罪じゃない。 　こいつはプロアームと言ってな。別に片側が壊れて欠けてしまったわけじゃなくて『こういうもの』なんだ」 「そうなんですか」 #mor_cy_dar

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　努めて冷静に説明しようとしているらしい老人に頷きかえしながら、志智はRVFのそばにしゃがみ込んで、そのリア周りをしげしげと眺める。 　プロアーム。片持ちスイングアームとも呼ばれるそれは、志智にとってやはり奇妙なものだった。 #mor_cy_dar

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（何のためにこんな形してるんだろう……） 　技術的なことは何一つわからない志智の目からみても、何ともバランスが悪そうに見える。 #mor_cy_dar

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（バイクって、片側だけに偏っているのはよくないんじゃなかったっけな……亞璃須（ありす）の奴も、マフラーとか軽くするとその分、バランスよくなるって言ってたし……） 　そんな志智の思考は老人に伝わっていたようで、視線の先に皺だらけの人差し指が突き出された。 #mor_cy_dar

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「ここを見てくれ」 「でかいボルトですね」 「うん。でも、こいつはここを外せば、ホイールごと引き抜けるんだ。 　タイヤを交換するとき、シンプルに済むというわけさ」 「そうなんですか」 #mor_cy_dar

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「普通はチェーンやブレーキキャリパーを外して……といろいろ面倒だからね。 　元々はレース用のテクノロジーなんだ。耐久レース……は知らないか」 「あ、それは知ってます。前に漫画で読みました」 #mor_cy_dar