榎本正樹さん(@enmt)による『雨のなまえ』レビュー

現代日本文学と情報文化を研究している榎本正樹さん(@enmt)による、『雨のなまえ』(窪美澄著 光文社)のレビューです。
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榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』01 今月の「物語を探しに」(「小説現代」13・12)は、窪美澄さんにご登場いただきました。窪さんの『雨のなまえ』は、五つの短編が収録された連作集です。窪さんには『ふがいない僕は空を見た』の刊行の次の年に初めてお会いしました。

2013-11-22 22:04:45
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』02 その後、僕が担当する授業にゲストでお越しいただいしたりしましたが、その後はツイッタでのやり取りで交流させていただいてきました。窪さんの小説は僕にとって、二〇一〇年代を代表する作品であり続けています。

2013-11-22 22:05:07
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』03 いまこの時代にこのような書き手が存在して、小説を書き続けている。そのこと自体が自分にとって大きな励ましとなる、窪さんはそのような作家の一人です。自分にとって重要な作家、読むべき作家は多くいますが、信用できる作家、必然の作家は限られます。

2013-11-22 22:05:33
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』04 窪さんは僕にとって信用できる作家の一人です。その信用の根拠を、ここで詳細に述べることはできません。くどくどと述べられることは、このツイートを読む人にとっても邪魔かもしれませんから。

2013-11-22 22:05:45
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』05 窪さんは「闘い続ける作家」です。その闘いの内実はもまた、ひと言では説明できません。あえて言えば、「現代人を束縛する社会システム的な何か」ということになるのでしょうが、それは答えになりません。

2013-11-22 22:06:09
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』06 そう、ひと言で説明できるのであれば、窪さんは小説を書かないと思います。僕には窪さんの小説の一作一作が、「決意表明」のように思えます。その「決意」の中身もまた、ひと言では説明できません。

2013-11-22 22:06:37
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』07 小説というのは「永遠の問いかけの運動」だと思います。窪さんは著作の一作一作で、読者の胸に突き刺さってくるような問いかけをします。『雨のなまえ』収録短編のどれもが、「問い」を含んでいます。

2013-11-22 22:06:56
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』08 小説を呼んで、「癒された」とか「ここに答えがあった」とかいう人がいますが、僕は基本的にそういう人を信用しません。小説は答えを提示するシステムではなく、問いを派生し続けるシステムなのです。そして、そのことを窪さんはよく了解されていると思います。

2013-11-22 22:07:44
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』09 今回、窪さんにインタビューさせていただいて心の残った言葉がいくつかあるのですが、その一つに、窪さんの若い友人の作家、朝井リョウくんから『雨のなまえ』を読んだ感想として伝えられた言葉があります。

2013-11-22 22:08:09
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』10 それは「ラストの一秒後に何が起きるかはわからない」という言葉です。小説家は物語を起承転結で考えるのでしょうか。そういう小説家もいるでしょう。でも窪さんの小説は、そして『雨のなまえ』は、ラストの落着のさせ方が、予定調和ではありません。

2013-11-22 22:08:39
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』11 読者にとってはすっきりしないラストに違和感をかんじる人もいるでしょう。ポジティブな希望をたたえたラストシーンを含んだ短編は、『雨のなまえ』にはひとつもありません。バッドエンドのようなラストに辟易する読者がいるかもしれません。

2013-11-22 22:09:08
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』12 「ラストの一秒後に何が起きるかはわからない」という認識は、朝井リョウくんや窪美澄さんのような、二〇一〇年代デビュー作家が共有する価値概念なのかもしれないとも思います。そしてそれは、3・11後を生きるわたしたちに共有されるべき同時的な気分なのかもしれません。

2013-11-22 22:09:32
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』13 窪さんにとって、(たぶん)世界はニュートラルなものとして認識されていると思われます。そこには善も悪もなく、ポジティブもネガティブもない。突然もたらされる天災は偶然であって、そこに恣意はない。

2013-11-22 22:09:56
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』14 デビュー以来、窪さんは「気象」の要素を重要視されてきました。窪さんがなぜ気象にこだわるのか。常に移ろいゆく気象もまた恣意なき偶然性のたまものであり、人間の内面や身体と、風景=世界=宇宙をつなぐ重要なファクターです。

2013-11-22 22:10:17
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』15 『雨のなまえ』は「気象小説」です。各短編の登場人物の内面が、その内面が投影される先の雨の情景に重ねられます。近代文学によって見いだされた内面と風景の関係が、この作家によって新たに更新されています。

2013-11-22 22:10:47
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』16 そのような考えを僕はもちますが、このことについて語ると一編の評論が書けてしまうので、単なる指摘に留めておきます。その代わりに、改めて「ラストの一秒後に何が起きるかはわからない」という言葉に戻りたいと思います。

2013-11-22 22:11:30
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』17 「ラストの一秒後に何が起きるかはわからない」という言葉は不安を呼び起こします。「ハッピーエンドによって閉じられた物語の一秒後にバッドエンドがもたらされるかもしれない」という印象を与えるからです。でも一方で、その逆もありえます。

2013-11-22 22:12:10
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』18 それがニュートラルということなのでしょう。世界はあまねく平等に、客観的な風景として、ニュートラルなものとして偏在している。その状況を引き写すかのように小説を書く。それが窪さんのスタイルなのでしょう。

2013-11-22 22:13:00
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』19 「ラストの一秒後に何が起きるかはわからない」という認識によって小説を書く窪さんのポリシーを僕は全面的に支持しますが、さらにその先(という言い方は正確ではないかもしれませんが)に想定できるものがあるとすればそれは何か? ということについて考えてしまいます。

2013-11-22 22:13:23
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』20 それはとてもむずかしい「問い」なのですが、そしてその問いに答えたことになるのかは判断できないのですが、あえて勇気をもって記すのであれば、「徴候を読みとる力」とはいえないでしょうか。

2013-11-22 22:13:49
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』21 窪さんのインタビューの中で大江健三郎さんの名前が出たのでそこからのつながりになりますが、大江さんが長江古義人という自己投影的な、分身的な主人公をつくりあげ、古義人に長江=choko=徴候を聞きとる役目を与えたことに、僕は意味を見いだしています。

2013-11-22 22:14:52
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』22 小説(家)には、時代の雰囲気や空気感や気分を表象し、それらを「徴候」として提示する役割が備わっていると確信します。僕は小説家の直感がその時代の「何か」を正確に掴んで、表現する瞬間に何度も立ちあってきました。

2013-11-22 22:16:00
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』23 最近だと、彩瀬まるさんの短編小説「明滅」が、まさに「徴候小説」として読みごたえがありました。「明滅」は「ラストの一秒後に起きるかもしれない何かを見極めようとする予見力」に満ちています。

2013-11-22 22:16:25
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』24 「ラストの一秒後に何が起きるかはわからない」認識と、「ラストの一秒後に起きるかもしれない何かを見極めようとする予見力」はどこかでつながっているように思います。そこに現代文学をとりまく表現の現在が凝縮されている、といってしまったら大げさでしょうか。

2013-11-22 22:16:50
榎本正樹 @enmt

『雨のなまえ』25 久々の連続ツイートになりました。改めて、窪さん、インタビューどうもありがとうございました。『雨のなまえ』を読み、インタビューさせていただくことで、作品内外のさまざまなことについて考える機会を与えてくださったことにも感謝します。(終)

2013-11-22 22:17:22