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変脳コイル猫 @ROCKY_Eto
ボリース・チェルトークの"Rockets and People"(英訳版)でバイコヌール建設を調べ直しているけど、射場選定の条件として追跡管制ステーションの配置や、目標地点(カムチャトカ半島)との距離関係、第1段の落下場所などを挙げている。
変脳コイル猫 @ROCKY_Eto
しかし地球の自転を利用するため出来るだけ低緯度に設置するという条件は挙がっていなかった。当たり前の話で、彼等が選定していたのはICBMの試射場であり、衛星の打ち上げ場ではなかった。バイコヌール射場を建設した軍は、ここから衛星を打ち上げることになるなどとは考えてもいなかったろう。
変脳コイル猫 @ROCKY_Eto
もちろんコロリョーフは衛星打ち上げまで計画していただろうが、彼は射場の決定権を持ってはいなかったし、まだICBMの実験に成功していないうちに人工衛星計画など持ちだしたら、帰って彼に対する信頼を損ねることになっていただろう。
変脳コイル猫 @ROCKY_Eto
要するにバイコヌールが当時のソ連の中では低緯度にあるのは、単に南部に無人地帯が多かったと言った地理的条件によるものであった。
変脳コイル猫 @ROCKY_Eto
バイコヌール市内の歴史博物館で、ヴォスクレセーンスキィの業績がけっこう大きく取り上げられていたのに感心したが、彼はコロリョーフの代理として射場選定に関わっていたのだった。これもチェルトークの本で初めて知った。
変脳コイル猫 @ROCKY_Eto
自分の知識を自慢するわけじゃあるが、L・I・ヴォスクレセーンスキィの名前を見付けて、説明抜きで彼が何者なのか分かる日本人が何人いることか。(「ロシア宇宙開発史」を書かれた冨田信之先生ならば分かるだろうが)。思えば無駄知識を蓄えて来たものだ。

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